イライラが止まりませんでした。ズボンのポケットの中から携帯電話の画面を少し出し、チラッと時計を見る。そして整形外科の待合席に座っている僕はまたイラつきました。

まだかよ・・・。

看護婦さんに「お待ち下さい」と言われてから既に30分が経過していました。一向に僕の診察の順番が回って来る気配がありません。その間も右足はずっと激痛。食いしばって歯はギシギシ。服は汗でダラダラ。〝待つ〟というのがこんなに苦しい難関だとは思いもしませんでした。理由は2つあります。1つは、終わりが分からないという事。「30分お待ち下さい」なら待てますが「お待ち下さい」だけで待つのは精神的な負担が大きくて気持ちがエグられます。そしてもう1つは、激痛と正面から向き合わなければいけないという事。こっちは正直かなりエグられます。家からここまで、階段や横断歩道など様々な難関がありましたがそれら全ては「病院に行こう」「ここを歩かなきゃ」という目的や動作があったので痛いながらも僅かに気を紛らせる事ができました。でも目的や動作が無い〝ただ待つ〟というのは気を紛らせる手段が無く、痛みのみを正面から受け止める時間が圧倒的に増えてしまうのでした。

痛ぇ!
痛ぇ!
痛ぇ!
痛ぇ!
痛ぇ!
足組んでも痛ぇ!
体勢変えても痛ぇ!
ジッとしても痛ぇ!
痛ぇ!
痛ぇ!
まだ1分しか経ってねぇ!!!

時計を見てはまたイラつく。ずっとこの繰り返しでした。目的も動作もありません。痛みと向き合って待つ。ただ待つ。周りには多くの患者さんがいるのに、自分1人しか存在していないような孤独感がありました。苦しい。本当に苦しい。

いつまで待つんだよ

心の中で何度も何度も叫んだ言葉でした。『5GAP久保田が人生で思う〝いつまで待つんだよ〟ランキング』の堂々第1位はこの場面であったと断言できるでしょう。

※病院へ行くにあたって、これを知っておいた方が絶対に良いと思うので書いておきます。
実際、病院での待ち時間はかなり長い場合が多いです。特に『初診+血液検査+尿検査』の組み合わせは待ち時間が長くなるのを覚悟した方がいいです。初診は、その病院に自分のカルテやデータが無いのでそれを作成する分だけ当然時間が掛かります。その上、予約患者さんの合間をみて初診患者さんを組み込むので当然順番も遅いです。血液・尿検査は分析項目にもよりますが結構長めです。個別に検査すれば15分前後で終わるみたいなんですが、大きい病院だとまとめて検査する為時間が掛かるらしいです。個人病院とかだと検査機器のある病院まで持って行く必要があるので、日を跨ぐくらい時間が掛かります。まぁ、いくら個別が早いと言っても1人ずつ検査してたらそっちの方が膨大な時間が掛かってしまうので結果的にまとめた方が早いみたいですよ。
さて、それで結果を先に言っちゃいますが、この15年前当時の僕の診察までの待ち時間はなんと1時間30分でした。メッチャ長いです。30分でイラついてましたが、そこから更に1時間も待たされるのです。地獄も地獄。今は検査機器の性能も上がったのか、1時間くらいで結果が出る感じです。(病院や検査内容によっても違いはありますので注意して下さいね)
ですので、今後大きい病院に行く場合〝検査結果待ちは1〜2時間掛かる〟という事を踏まえておいた方がいいかと思います。何故ならこれを知らずに病院に来て、長い待ち時間にイライラし、「何時間待たせるんだ!!!」「予約時間とっくに過ぎてんじゃねぇか!!!」とブチ切れている患者さんを非常によく見掛けるんです。特にオジサンが多いですね(笑)ちなみに僕もこの事を知る以前、受付や窓口でブチ切れた過去が1度あります。本当にお恥ずかしい話です。そうならない為にも時間には余裕を持って、診察前検査がある時なんかは予約時間より早めに病院に行きましょう。

右足は激痛。それをカバーし続けた左足も痛い。両太ももは鈍い筋肉痛。歯を食いしばり過ぎてこめかみも痛い。長時間席に座っているので背中と臀部にも痛み。熱と脂汗で全身ベトベト。この時既に1時間以上待ち続けた僕はもう精神を保つのがギリギリでした。全てが苦痛でしかない。助けてほしい。そして頭の中もボーッとして来て、妙な想像をしたのでした。〝右足を自分で引き千切って切断して、その切断面に隠れている謎の黒いモノを歯ブラシで掻き出している〟そんな自分の姿でした。深い意味も無ければ、フザケている訳でもなく、何も考えていないのに、ふとその想像が頭に浮かんで来た感じでした。

「・・・もう終わりでいいよ」

意味の分からない言葉をも呟きました。何が終わりなのか?待ち時間?痛み?自分?今となっては僕自身でも分かりません。ただその時、その瞬間に、僕はそう言ったの覚えています。ハッキリ覚えています。忘れる訳がありませんよ、

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

そう呟いた瞬間から記憶が無いのですから。

「・・・すか?起きれますか?」

聞こえて来たのは誰かの声でした。男性か女性かは分かりません。ただ声がしたのでした。目を開けると何だか変な感覚が身体を包んでいて、目線の先には天井がありました。

「久保田さん、大丈夫ですか?」

視界に看護婦さんが映り込みました。他にも数人の患者さんも見えます。そしてようやく自分が待合席の長いソファに横に寝かされているのに気付きました。

あれ?こんな(体勢)だったかな?

自分でも違和感を覚えました。状況は分からないですが僕は仰向けの状態から起き上がろうとしました。そして、自分でスッと起き上がれる余裕があるのに看護婦さんが僕を支えようとしてくれるのを見て、自分に何かが起こったのだと確信しました。

「何かあったんで・・・」

「ちょっと待ってね」

僕の質問を遮ると、看護婦さんは僕の目や頭の辺りをチェックし始めました。次に手や腕を軽く摩りながら、

「手足が痺れてるとか、吐き気とかありますか?」

と聞いて来ました。僕はその症状がない事を伝えると看護婦さんは続けて、

「どこか痛い所ありますか?」

と質問して来ました。僕は「朝から右足が痛いです」と伝えようと思いましたが、そんな状況ではないであろう空気感と看護婦さんの真剣な眼差しに、

「大丈夫です」

と返答したのでした。ひと通りチェックを終えた看護婦さんから、暫くソファに座って安静にしておく事、痛みや気分が悪くなったらすぐに伝える事を指導されました。

「頭は(床に)打ってなくて良かったですね。隣にいた患者さんに倒れ込んだみたいですから。あっ、あまり覚えてないですかね?この通路に車椅子に乗った患者さんが通ったんですね。で、車椅子のタイヤが久保田さんと接触したみたいなんです。確か右足痛めてましたよね?うん、じゃあ多分そこにかな。ここ(通路)ちょっと狭いですもんね。隣の患者さんがビックリしてました。久保田さん『うわぁぁぁぁ!!!』って叫んで倒れて来たみたいで。」

全く記憶にありませんでした。車椅子の患者さんなんか見えてもいません。「うわぁぁぁぁ!!!」と叫んだ事すら知りません。本当に起こった事なのか、にわかに信じられませんでした。そして看護婦さんが僕の元を離れていき自分1人になると、次第にすごく申し訳ないのと、恐ろしく恥ずかしい気持ちになりました。

・・・スゲェ迷惑掛けてる

そう思った僕は周りを見ましたが、車椅子の患者さんはどこにも見当たりませんでした。ならばと、隣に座っている患者さんにご迷惑をお掛けした反省の気持ちを込めて謝罪を伝えました。

「あの、本当にすみませんでした」

「・・・・え?」

全く違う人でした。既に別の患者さんが座っていたようでした。(こんちきしょー!変な奴だと思われただけじゃん!恥ずかしいったらありゃしねぇよ!)仕方なく僕はそのまま待合席にて指示通り安静にしていました。そして10分ほどすると、遂にこの瞬間が訪れたのでした。

「久保田賢治さん、診察室へどうぞ」

来た!!!!!

待ちに待った瞬間でした。このフレーズを聞く為に1時間30分待ったのです。僕は嬉しくて嬉しくて本当に嬉しくて仕方ありませんでした。〝ただ待つ〟の状態から、「診察室へ行こう」「この通路を歩く」という目的や動作が生まれました。いや、それだけではありません。「この痛みを治してもらえる」という希望も生まれたのです。僕は強い足取りで前へと進み、整形外科診察室のドアをノックして開けました。

「はい、こんにちは。どうぞ」

目の前にいた50代くらいの男性医師が僕を室内の椅子へと促してくれました。その医師は体格がよく、髪は若干白髪混じりのオールバックで、いかにも医者ですという風格がありました。

「久保田さんの診断結果が出ましたのでお伝えします」

医師の風格と診断結果という響きに僕の心臓は大きく鼓動しました。そしてこの医師が発した言葉は今でも忘れる事はなく、後々の僕の人生を暗に示していたのかもしれません。
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