やっとの思いで辿り着いたのに看護婦さんから聞かされたまさかの事実。病院というハッピーワードを聞いてテンションが上がっていましたが、その流れで診療科目まで確認する頭脳と余裕と茶目っ気は持ち合わせていませんでした。一瞬、畑のおば、いや、おじさんが頭に浮かんで若干イラっとしたのも事実です。でも決して誰も悪くない。悪いのは自分です。確かに骨折は内科では診療外ですよね。ですよね、ですけど、

「・・・何とかなりませんか?」

正直な気持ちを言いました。無理なのは分かりますけど診てもらう事は出来ないだろうか?いや、診なくてもいい、痛みだけ無くしてもらえないだろうか?そんなバカ素人のバカ思考から出てきた言葉でした。しかし看護婦さんの返答を聞くまでもなく無言で口を噤むその表情だけで何の手立ても無い事は伝わってきました。

「イダァ・・うぅ・・ゔぅ・・」

状況は不調なのに痛みだけは相変わらずの絶好調でした。足首から下は切断されたままで、交差点からはかなり激しく動いたせいか足首の血管がドクンドクンと脈打つたびにパァンと足が張り裂けそうな強い痛みを感じていました。病院の玄関で寝そべって悶えるそんな僕を見て看護婦さんが言ってきました。

「◯◯総合病院はご存知ですか?」

知るはずがない。ここへ来たのさえも偶然なんですから。それはなんか大きそうな病院だという事がニュアンスで分かった程度でした。でもそんな大きな建物を近所で見掛けた事はありません。看護婦さんは続けます。

「そこなら診てもらえると思うんです。◯◯駅の方にあるんですが」

それは当時僕が住んでいた最寄駅から1つ隣の急行電車も止まるやや大きな駅の名でした。病院が教えてくれた病院。これは間違いない。そこに行けば総合病院がある。そこに行けば診てもらえる。そこに行けば痛みが治る。そこに行けば希望がある。

ムリだよ・・・。

僕の気持ちは折れていました。確実に折れていました。何故ならば、家からここまで来るのに1時間半以上が掛かっています。たった徒歩6分の距離を1時間半以上も。そしてここから最寄駅までが更に徒歩7分。信号1つに商店街と通行人のオマケ付き。それで終わりではありません。駅と電車という超難関も待っています。改札や階段に多くの乗客、そして降りる駅は急行電車も止まる程の大きな駅。まだまだ問題はあります。僕はその総合病院がどこにあるのかも知りません。人に尋ねながら距離も分からず探し回る。それら全てを、それら全ての難関を、この激痛の中で行わなくてはいけないのです。とてもじゃないけど出来ません。無理です。無理なんです。無理無理無理無理。

「今タクシー呼びましたからね!」

看護婦さんの声でした。確かにその手がありました。徒歩で行かずにタクシーで行けばいい。歩く痛みも少ないし、電車も乗らなくていいし、病院の目の前まで行ける。全て解決。寝そべって悶絶している僕を見兼ねた看護婦さんがそうしてくれたのでした。でもそれは果たして、助けてあげたいという善意の気持ちなのでしょうか?勿論僕は善意だと今でも強く信じています。そうであって欲しいと。「おい!人の善意を何だと思っているんだ?」「助けてあげたい気持ちに決まってるじゃないか!何疑ってるんだ?」そう思う人も居るでしょう。でも善意とは双方の気持ちが一致して初めて善意になるんだと思います。一方通行な善意は何故か少し腑に落ちない感じがしちゃうんです。駅前で迷子になってる人に「目の前が駅ですよ」と教えてあげる、これは善意ではない感じ。雪山で凍えてる人に「何か食べなね」と千円札をあげる、これは善意ではない感じ。これからボケようとしている人にさりげ無く振ってあげる、これは善意です。嬉しいです。助かりました。ありがとうございます。あれ?寄り道しました。失礼しました。ちょっと回りグドイ説明になりましたが、看護婦さんがタクシーを呼んでくれたのは善意なんでしょうが、善意ではないです。僕としては複雑な感情でしたから。「ありがとうございます」の前に僕が思った感情というのは、

・・・お金あるか?

この1点です。家を出る時に財布は持って出ましたが中身は確認していません。そしてパッと前日の記憶を辿ると多分2千円は無かったはず。その頼りない金額で隣駅の見知らぬ病院へ行く。不安でしかありません。だから家を出ようと決めた時からタクシーという選択肢は既にありませんでした。それと同様に救急車という選択肢もありませんでした。それは今でこそ救急車が無料というのは知っていますが(救急車を呼んで搬送されるのは無料。そこで受けた治療に関しては有料。大きい病院とかは特定療養費として別で数千円くらい必要な場合も)、当時の21歳のクソガキ久保田はそんな事も全く知らず、救急車を呼ぶだけで高額な費用が必要だと思っていましたし、何より救急車を呼ぶ事自体が怖くてやってはいけない事の様に思っていました。ですから、救急車を呼ぼうなんて思わなかったんですよね。

※ちなみに救急車の出動費用は1回につき4万5千円程で全て税金で賄われてるそうです。そして救急車で搬送された凡そ半数が救急車を必要としない軽症のケースだという現実もあります。中にはタクシー代わりに救急車を利用する非常識な人もいるらしいんですよね。それらは税金の無駄使いでもありますし、本当に救急車を必要な人が使用できなくなる恐れもあります。ですから救急車を有料化すべきとの意見もあるので、今後は有料化する流れになるかもしれませんね。

病院の玄関口で痛みに耐えながら横になっていると表の通りにタクシーが停車しました。それと同時に看護婦さんが2人掛かりで僕の身体を両側から持ち上げたのでした。

「イダーーッ!!!」

持ち上げられた揺れで右足に激痛が起こり僕はまた絶叫。しかし看護婦さんは気にもせず無言でそのまま僕を運び始めました。流石です。そんな事では全く動じないその姿勢が逆に患者には安心感を与えるんでしょうか。そして僕をタクシーの後部座席へと乗せてくれました。いや、あの感じは〝詰め込んだ〟という方が正しい表現かもしれません。詰め込まれたタクシーの中で僕は崩れた体勢を整えました。

「◯◯総合病院へ行って下さい」

僕ではありません。看護婦さんが告げてくれたのです。すると後部座席のドアは閉まりタクシーはすぐさま出発をしました。僕も車内で「ふぅ〜」と一息付いて、すぐさま確認をしました。不安な事は山ほどありましたが、今1番手前にある不安はこれしかありません。

・・・1200円。

開いた財布の中にある本当に本当に頼りない額。それを見た瞬間、僕の心臓がまたグッと締め付けられました。

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