こんばんはぁ。河野紳之介です。
お久しぶりですね、ブログの更新も。最近はテレビ東京さんのドラマ「あのコの夢を見たんです。」だったり
&GAMES FESで外での活動が多かった河野紳之介です。同様に、これはコロナ渦と言うこともありますが男子アイドル部としてステージに立つ活動が以前に比べ殆どない状態です。


そんな僕が25日の青春高校のオンライン公演で久しぶりにアイドルとして皆さんの目に映るわけですが、その前にブログで公演にかける思いみたいなものを綴り、青春高校3年C組と男子アイドル部バトラーズが少しでも多くの人の目に留まれば良いなと思った次第です。


元々歌やダンスに自信があるわけでもない僕はアイドルをかっこいいと思うことはあれど自分がなりたいとは思ったこともない青年でした。当時はそれよりもお芝居をすることが楽しくて目指す先は俳優でした。そんな中1年半ほど前、初めてドラマの出演が決まりやる気満々で撮影に臨んだのですが、ここで事件が起きます。


同じドラマに出ていた永瀬廉くんがとてつもなくかっこよかったんですね。 今までにも沢山かっこいい人は見てきたつもりだけど全く比べ物にならないどころか比べることすら失礼だと感じる程に顔はもちろんオーラから何から全てに衝撃を受けました。


そこからライブ映像や歌番組など片っ端から永瀬くんを見てはアイドルってすげぇかっこいいまじやべぇ!!ってどハマりしてました笑


時同じくして僕にも変化が起きます。青春高校にはユニットが幾つかあるのですが、その中の企画ユニットというものに属していた河野が、というか企画ユニット自体が男子アイドル部に生まれ変わりその日から男子アイドル部の河野紳之介になりました。


今までそこまで興味を持ってこなかったアイドルというジャンルに永瀬くんがきっかけでどハマりし、そのタイミングで男子アイドル所属になった事、僕はもうこれを運命だと感じましたね。これはアイドルを死ぬ気で極めろということなのか!と笑



当たり前のことですが幼少期からアイドルになるために生きてきた方達と、ついこの間アイドルになった僕の差は圧倒的に大きく、じゃあ今の自分にできることはなんだと考えた結果、がむしゃらに本気でやる事しかありませんでした。
なんだそんな事誰にでも言えるぞと思われるかもしれませんが本当にそれしかなかった。他の誰よりも全力で歌って誰よりも全力で踊って認めてもらうしかねぇんだと。



その思いでひたすら全力投球でアイドルをやってきて豊洲PITでのサマーライブやガールズアワード、毎週の公演や1stシングルのリリースイベントで歌って踊ってしている内に気がつきました。
バラエティに出ている時、ドラマやコントなどでお芝居をしている時、その他どんな瞬間よりもアイドルとして歌って踊りながらステージ上にいる瞬間が自分が生きてる1番楽しい時間だと。



それから少しずつアイドルという物の本質に近づけていた気がしていた頃にコロナの波があっという間に広がりそれまでのステージに立てていた環境が180度変わりました。ライブもできない公演もできない2ndシングルのリリイベすらできない。ほんとうに何もできない。
この期間は本当にしんどかったです。自分がアイドルなんだということを言い聞かせないと忘れてしまいそうなくらいに。



しばらくしてお客さんを入れないオンラインでの公演が出来ることになり青春高校の第1回オンライン公演で久しぶりにステージに立ちました。緊張したぁ笑
超緊張したけど超楽しくてやっぱ良いなと。
集客的には成功とはいえない第1回のオンライン公演ですが、僕にとってはアイドルの楽しさ、頑張り続ける意義を再確認できる良い公演でした。



それからまたしばらくして今回、10月25日(日)に第二回のオンライン公演が開催されます。たぎってます。めちゃくちゃにたぎってます。第一回以来溜まっていた欲求を全てぶつける勢いで練習してます。


ただまだ全然足りない。圧倒的に足りない、踊り足りない。もっともっと疲れすぎて帰れないほどに踊りたい。その日家に帰ってきてまだ余力が残っているとイライラします。それくらい毎日全力で踊ってます。毎日一緒にやってるダンボからも同じものを感じます。


今回はダンスアンドボーカルとのコラボなど見所は沢山ありますが個人的には今溜まってる河野紳之介のアイドルやりたい欲ステージに立ちたい欲を出し切るのが目標です。それを是非見にきて欲しい。
ここまで読んでこんなことを言っている河野紳之介のアイドル姿は如何程かと興味を持ってくれた方はこのブログの最後に載せるURLからオンライン公演のチケットを買って欲しい。そこで確かめて欲しい。河野紳之介を。男子アイドル部バトラーズを。青春高校3年C組を。



はい!!めちゃめちゃにハードル上げました。あと3日間、あえて自分でハードルを高くし自分に圧をかけるのが河野紳之介です。頑張るぞ〜。それでは!お楽しみに!!僕も沢山の人に見てもらえると信じてワクワクしながら寝ます!


おやすみ〜。



チケット購入はこちら↓
ちなみに3部あるので内訳を書くと、

1部は女子アイドル部のみ
2部は女子アイドル部以外の男子アイドル部、ダンス&ボーカル部、軽音部の3部活
3部は全員集合となります。
僕が出るのは2部と3部、3部はダンスボーカルとコラボします。是非!!


こんばんはぁ。河野紳之介です。今月の初め、ありがたいことに沢山の方々に21歳の誕生日を祝ってもらいました。皆さん本当にありがとうございます。そこから今日まで、TwitterやInstagramなどSNSの更新が止まってしまい皆さんに何の情報も届けられず申し訳ございませんでした。
その理由について書こうと思うのですが少し暗いと言うか人の生死に関わる話になるので苦手な方は閉じてください。
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僕には55歳の父親がいました。正確には今年の12月で56歳。そんな僕の父親が7月6日、病院で亡くなりました。3月の上旬だったかなぁ、ちょうどドラマの撮影がコロナで延期になりますってなったタイミングで母親から父が多臓器疾患で入院することになったと聞いてとりあえず広島へ向かいました。その時点でお医者さんからは「余命数ヶ月とかの話ではない。何週間もつかです。」と言われていたらしく僕は母からそれを聞きました。


本来であれば病院に交代で泊まり込み頻繁にお見舞いへ行ったりするような状態でも、新型コロナウイルス感染防止対策で病院へは限られた場合しか入る事ができず、結局2ヶ月ほど広島にいたけど病院へ行って父親に会えたのは数回でした。


日が経って、父親が入院していた大きな病院から転院することになりその際に一時帰宅の許可が出て、その時は姉も広島に帰っていたので何年ぶりだろう、5年ぶりくらいに家族6人が全員揃う瞬間がありました。
まだ何とか時間をかければ立ち上がり歩くことができた父親を支えながら車に乗せて帰りましたが、父親がコンビニで僕と一緒にお酒を飲みながらタバコが吸いたいと。酒を飲みすぎて肝臓を壊した人間が、呼吸するのもしんどそうな人間が何を言ってるんだと僕も含め家族は驚きました。怒りとか呆れも通り越して凄いなこの人は、とさえ思いました(笑)



それでもいつ何が最後になるかわからないから本人がしたいと言うのならとコンビニへ行きました。入院する前、もっと言えば僕や姉が小学生の頃くらいからよくそこのコンビニのベンチに座ってタバコを吸っていた父親、ほんとにこの場所が好きだったんだろうなと思います。


この他にも家に帰ったら海を見に行きたいとか色々とやりたい事を考えていたらしい父親ですがコンビニでのお酒とタバコのせいか(確実にそう)体調が悪化し家に帰ってきても結局寝ているだけでまたすぐ店員先の病院へと向かうことになりました。ほら言わんこっちゃない(笑)


転院した先の病院は元いた病院よりも厳しくて、完全に面会ができなくなりました。自分でトイレにも行けなくなりオムツやなんやかんや必要な届け物を持って行く時も受付で看護師さんに渡すだけ。直接顔を合わせて会話できるのはこれが最後になるだろうなと自分でもわかってました。


そうこうしてるうちに2ヶ月が経ち、その間青春高校の収録はリモートで行われていたりドラマも延期になったりだったので広島にいれましたがグッズの撮影やなんやかんやとあったので一旦ここで東京へ帰ります。最初に書いたように本来なら数週間の命だった父親がギリギリながらも2ヶ月生きてます。生命力がすごい。



父の日にメールしたり携帯でのやり取りが続いて東京へ帰って10日ほどした時、母親から電話がかかってきました。急激に弱ってきていよいよもう数日かもしれんからこれから帰ってこれないかと。ちょうど2ndシングルのレコーディングがあったのでそれを早めにずらしてもらってまた広島へ向かいました。



この時には本当にあと数日とかの状態だったので病院側も特別お見舞いへ行くことを許可してくれました。広島へ帰った6月30日に僕と母親で行きました。まだ意識はあり、話すことも辛うじてできる状態でした。東京のコロナは大丈夫か、ドラマの撮影は終わったか、など沢山話しました。


本人は僕や他の兄弟が来ると沢山話したいのだけどやっぱりその分疲れてしまうから、と次に僕が病院へ行ったのは7月2日、誕生日でした。その日は母と妹と弟と僕と4人で行き、妹の受験がもう直ぐなことや弟がどんどん身長伸びてきてること、僕が無事に21歳になれたことなどを話して帰りました。僕が21歳になったよと言うと父は僕に「ごめんな、こんなんで何もしてやれなくて。」と言いました。とんでもない、僕は21歳になることができた報告をメール越しじゃなく直接本人に伝えることができただけで満足でした。
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その日に撮った写真。父はもうだいぶ弱っていましたが意識はありました。



その4日後、もう完全に意識は無く個室へ移ることになったので母と僕で病院に泊まろうかとなった日です。3日に広島に来ていた姉が仕事で帰ることになり、お見舞いに来た妹と弟を車で家まで母が送ってる間にドラマなどでよく見る脈拍や血圧を出す機会の数字がどんどん下がっていきました。母親が戻ってきてすぐ、先生が言うに多分朝は迎えられないだろうからと妹と弟も呼び戻すことになりましたが、その日がちょうど大雨。バスや電車も動いておらずタクシーすら捕まらず家で待機させることしかできませんでした。結局、朝を迎えられないどころかそれから30分も経たない内に父親は静かに眠るように亡くなりました。生まれて初めて見る人間の死、それが父親。とても辛かったです。それから色々とやる事があり病室で葬儀屋の車を待つ間に父親の体を病院の人が綺麗にしてくれました。



父親を安置室に寝かせて妹と弟を迎えに行き、そのあと姉が来ました。棺桶もまだないので布団の上にいる父親を見ると本当に寝ているようでしたが触ると冷たく硬く、あぁもうほんとに生きてないんだなと実感させられました。



そこから火葬までの数日間、親族が来てくれたり色々とあったのですが柄にもなく動転していたのかその時のことを僕はあまり思い出せません。
ただ、棺桶に入れる最後の別れのお手紙を葬儀屋の方が用意してくれて、僕も書きました。これほど字が汚いことを後悔した瞬間はないですがこの字も僕らしいと笑ってくれるんじゃないかなと思います。
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僕は父親と一緒にお酒を飲む事ができた、けど妹はまだ18歳、弟に至っては12歳小学6年生です。そんな2人を残して天国へ行く父親の無念、10代で父親を亡くす2人の悲しみ、どちらも僕にはまだわからない。いつか僕が結婚して子供が生まれて、父親になった時わかるのかなと思います。

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東京に戻る前日の夜、初めの方に書いたコンビニにある灰皿付きのベンチで僕も1本吸ってきました。広島に来て20数年、父親が好きだった場所、見てきた景色を忘れないように。


55年間ガラケーを貫いたのに死ぬ間際スマホに変えてみたいと言った父、とても退院できる状態ではないのに退院して働くつもりでタウンワークが欲しいと言う父、また酒が飲みたいタバコが吸いたいと言う父、肉体は消えて骨だけになっても全部紛れもなく河野紳之介の父親としてそこに存在していました。手紙にも書いたけど一旦、お別れです、21年間ありがとうまたね。




長くなりましたがこれで終わりです。
この事は公にしないつもりでしたが、ここ最近SNSの更新を止めていたり、2ndシングルのイベント期間中にも関わらず配信が出来なかったりなど皆さんに何か不安を与えてしまっている自覚があったため何故なのかしっかりと説明する責任があると考え、気持ちの整理がつき、自分の言葉で伝えられる今のタイミングでこのブログというまとめる事ができ、伝えたいことをしっかりと伝えることのできる形でお伝えさせていただきました。


天国にいる父親、そして今までより大変になったであろう母親含めた家族へ向けて僕ができる事はアイドルとしてなのかタレントとしてなのか俳優としてなのか、何にせよ河野紳之介の役割を全うする事だと思うのでこれからも今まで同様楽しみながら全力で生きていくつもりです引き続きよろしくお願いいたします。


河野紳之介

こんばんはぁ。河野紳之介です。
最近めっきり暑くなったね、、夏だ。汗をかくので暑いのは嫌いです。北の方へ移住したい。
 

相変わらずの外出自粛っぷりな毎日ですが今日は久しぶりに外へ出まして、と言うのも青春高校3年C組の2ndシングル「好きです」のカップリングに入る男子アイドル部の新曲をレコーディングしてきました。とても良い感じな曲だから早く聞いてほしいんだなぁ。お楽しみに。

他の部活の新曲も楽しみですがそんな2ndシングルは7月29日発売です。こちら⏬


また早く会えるようになると良いねぇ。
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最近ハマってる性別変えれるやつ。お金持ちの屋敷に仕える最強お手伝いさんっぽい。ばいば〜い!
紳之介


ついった
いんすた

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