纐纈です。

一日中作詞、作曲をした後のビールは最高。

個人的にはいいのができたんじゃないか、と想っています。はやく聴いてもらいてぇや。
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こないだ、嬉しい声を聴きました。

「リハロ、最初に聴いた時は何とも想わなかったんですけど、こないだ久しぶりに聴いて泣いちゃいました。」

と、20歳の彼女。詳しく話を聴いてみると、

一人暮らしをはじめ、久しぶりにこの間実家に帰った。

母が、料理を準備してくれたり、何かと気にかけてくれようとした。
けれど、「自分のことは、自分でできるから!」と突っぱねてしまった。

そこで、すれ違いが起きてからのリハロが、とても沁みてくれたらしい。

その話を聴いて、俺はどちらの気持ちもわかるなぁ、と想った。


母親が10歳で亡くなってから、俺にとってはおばあちゃんがずーっと母親代わりだった。

勝手に部屋を掃除したり
ノックもなしに部屋に入ってきたり
勝手に前髪切られたりw
靴、服を買ってきたり

「頼んでもないのに、何してんだよ!」と、当時の俺はそんな想いでいっぱいでした。実際、理不尽な想いを感情のままにぶつけたりもした。

唯一家族の中で怒鳴り声で怒ったことがあるのは、今になって想えばおばあちゃんだけだった。

ひとつ屋根の下で暮らしてた時は、一刻もはやく離れて暮らしたい、と想ったもんです。

そして、大学進学と共に上京。
悠々自適に一人暮らしを満喫する当時の俺。

そんなおばあちゃん、ガンを患い、大学を卒業するくらいかな?入院した。

他界する直前に、ベッドで

「悠輔のことをお願いします、とくみちゃん(母)から言われたからな。」

とうわ言のように言っていた。

その時になって初めて、本当にひどいことを言ってごめんなさい、という後悔の念と、

色々と心配してくれて本当にありがとう。という心からの感謝の想いが溢れた。


親、家族は、子供のために何かしてあげることがきっと幸せなんだということ、

子供は、それをうざったいと感じる時があること。


でもね、人はいつか必ず死ぬからね。


その有り難みが身にしみたなら、しっかりと言葉にして返そうね。ありがとう、って。



これからも、俺は家族のテーマについて、じっくり書いていきたいと想ってます。