月別アーカイブ / 2017年11月


オトループ纐纈です。

9/9〜10/24
45日間の挑戦の果てに、207%という大達成した

クラウドファンディング。

皆様のおかげで、新曲【36】

納得する音を創り上げることが出来ました。

無事に入稿も終えて、あとはCDが出来上がるのを待ち、年内には支援者さんの元にお届けできる予定です。楽しみにしていて欲しい。

そして、MVも現在製作快調に進んでおり、近々公開になります。

この歌を、当たり前だけど沢山の人に届けたい。いや、届けなくちゃいけない。

やっと新たなスタートラインに立った気分です。
まず、ここまで来れたのは、

応援してくれる皆、そして支えてくれてる仲間達のおかげです。本当にありがとう。

しっかり頑張っていきます。見届けてくださいね。


今日はひとつ報告を。

【36】という新曲。

俺の想い入れがすごくあって、

【36-林檎の唄-】

というサブタイトルをつけさせてもらいました。

俺にとって、母が亡くなった36歳に追いつく、ということは、言葉にできない程に様々、感慨深いものです。

制作前段階では、その気持ちを歌に閉じ込めよう、という気持ちでスタートしました。

しかし何曲も曲を書き、歌詞を紡いでいくうちに、

『母の死によって、学べたことが沢山ある』ということに気付いていきました。

今生きているこの瞬間を大切にすること
だったり、

最後まで勝負を捨てない強さ
だったり、

想いを形にして残しておくことの尊さ

であったり、

亡くなったのは20年以上前になりますが、
今の自分の中には、そうやって母親が残してくれた、教えてくれたことが、ずっと生きていて、

「纐纈悠輔」という人間の必要不可欠な一部分になっています。



母親が最後まで愛していた言葉。

『明日もし世界が終わるとしても 私は林檎の木を植えるだろう』

父はその想いを汲み取り、日記のタイトルを

「林檎の木」にしました。



結びの、父から母へ向けた手紙にはこう綴られています。

『君のその見事な闘いの記憶を、息子の中に残してやることが、自分のできる最後の教育だと想っています。』


絶望、失望と闘いながらも、一日一日、希望を捨てず

種を蒔くように生きていた母。

生前、日々俺にかけてくれた愛情は、

「これからも真っ直ぐに育っていって欲しい」

という願いの種だったのだと想います。

時は経ち、

その愛情は、心に根を張って、沢山の実をつけました。

別れから教わったことが、俺にとってかけがえのない贈り物なんです。


36歳。もうすぐ同い歳になり、追い抜いていくこと
残してくれたものが、ずっと生き続けていること。


その想いを繋げたくて、

【36 -林檎の唄-】

にすることにしました。

もう明後日になりますが、

12/2 渋谷CRAWLのオトループワンマンライブにて、初披露させて頂きます。

チケットは12/1 23:59まで受付中です。

ひとりでも多くの人に見に来て欲しい。

待っています。


オトループ纐纈です。

渋谷に向かっております。

今日は、渋谷DESEOにて、オトループLive。

Liveマネジメントで、お世話になっている江口氏のバースデイイベント。

トリ、21:40〜の出演。ぶちかますぞー。

2011年の加入以来、ベース・ふっきーが今日でメンバー歴丸6年を迎えました。

いままで何回スタジオ入って、何回Liveしただろうか。
それ以上に、何回飲んだだろうか。笑

泣いても、笑っても
今日を含め、メンバーとして一緒にLiveができるのは残り3回。

いろんなこと想うのは当たり前だけど、

ほら、俺たちはオトループじゃない?

12/2渋谷CLUB CRAWLでのワンマンライブは、ただただ来てくれたお客さんに、『最高だった!』って全員に言わせちゃうLiveに絶対にしますから。

お願いします。見に来て欲しいんだ。

2012年『交換日記』からはじまって、
この5年間の集大成となる作品

『36』

も、納得いく仕上がりとなりました。12/2初公開。心を込めて届けさせてもらいます。

_var_mobile_Media_DCIM_111APPLE_IMG_1420.JPG

正直なところを言えば、

今までのオトループの、最高動員数は、代官山UNIT公演の

【163名】

あと、10日。

この記録を、何とかこの3人で塗り替えたい。

オトループを応援してくれてる皆さん

12/2 この日ばかりはLive是非とも見に来てください。お願いします。

チケットは、

■e+での購入はこちら
■取り置き予約はこちら

全力で待ってます!!

_var_mobile_Media_DCIM_107APPLE_IMG_7436.JPG

am.7:00

最寄駅を出発。

11/5 本日は、いよいよ【36】レコーディング当日です。

30半ばになってまた改めて感じるけどさ、

時間が過ぎるのって本当速いよなあ。
それだけ前のめりで生きてる、って前向きに捉えておきますねw

レコーディングというものが俺は大好きなので、今日はドキドキしながらも、ひたすらに楽しみです。

この機会をくれた、クラウドファンディング支援者の皆様に、感謝を。ありがとうございます!

さあ、魂を閉じ込めよう。


ここ数日ふと、思い出してた。
ギター始めた時の話。

13歳。

クリスマスプレゼントに、コンパクトCDプレイヤーが欲しかった俺は、親父にねだってみた。

すると、

『ギターの方がいいんじゃないか?。』

と、親父。

その時は特に興味もなかったので、しばし考えることにした。

CDプレイヤーは、約10,000円
ギターは、約40,000円

。。。ギターにしよう!!

単純だった俺は即決笑

それで初めて手にしたギターは、TAKAMINEのエレアコ。(今でも実家に飾ってある)

弾き始めてみると、その魅了にまんまと取り憑かれ、ハマりにハマってしまった。

アンプというものをまだ見たことがなかったので、親父の部屋のオーディオのマイク端子に接続して弾きまくっていた。

中学時代、考えてたのは、ギターのことと、女の子にモテたいってその二つだけだった気がしますw

意外とそれまでは、勉強するのが好きだったんだけれども、ギターと出会ってから絵に描いたように成績は急落。

いやーそれで何度も親父にしばかれたな。

中学三年の三者面談で、進路の話を担任の先生にした時、
『プロギタリストになりたいんです!』って大真面目に答えたら、
『それはやめといた方がいい』と一蹴されたのも良い思い出。

そんなこんなで、その後の俺の人生を大きく変えたギターと出会った。

後で親父と話してた時、こんなことを聴いた。

『くみちゃん(母)が居なくなって、きっと寂しいやろうと想ってな、ギターがいいんじゃないか?と想った訳よ。』



『いや、でもこんな成績悪くなるんだったら、買い与えなきゃよかった!』

とも言ってたけどw

あの時親父が言ってくれてなかったら、きっと全く違った人生を歩んでいたと想います。

そんな親父が優しさで出会わせてくれたギターを覚えて、歌を書き、表現することができるようになった。

そして幾年。

こうしてまた母親のことを想い、歌を書き。しかもそれがたくさんの人が聴いて、自分の事に置き換えて考えるきっかけになってくれている。

母親と、
親父と

それぞれの想いが、ひとつに繋がったような

不思議とそんな気がします。


相変わらずの放蕩息子でごめん。

でも2人のおかげで、今の俺があります。



↑このページのトップへ