月別アーカイブ / 2018年05月

年始に買ったまま、使わずほったらかしになっているスケジュール帳を見つけた。部屋の片隅。

スケジュールをなんとなく頭で把握して31年生きてきたが最近うまくいってない。
もしかしたらちゃんとしたら埋る日取りもあるのかもと思ってスケジュール帳をつけることにした。

すると、おもってるより暇な部分や、意外と真っ黒になる部分があって可視化するのは大事だとおもった。




みえる。みる。みられる。みえてしまう。




最近、お芝居の稽古を眺めている時間がある。僕もそのお芝居で役割があるので眺めているという表現も変なのだけれど。

お芝居の稽古はみていて面白い。

ライブや舞台が創られていく様を可視化している。

その場で生の形で創るライブも勿論いいけど、じわりじわりと精度を上げていく稽古もみていて勉強になる。

ネタもそうでなくてはならないなとおもった。そのためには自分のことを自分自身に可視化してみせなきゃならない。
メンタル的な意味でもそれはそう。




六月になるね。

憂鬱な雨の季節。

濡れたくないし、見たくないけれど雨の降る音は好きだ。僕が家にいるときだけならふっていいよ。

きっと聞き入れてなんてくれない。




チャラデのホームページ用に簡単なライブレポートを二つ書いた。近々アップされるかと思う。
チャラデ主催ライブのライブレポート。動画なんかもハイライトしていきたい。

書く機会が増えていてありがたい。精度を上げていく必要があるね。

昨日の夜。麻婆豆腐と焼きそばを作った。
あっさり目に作った。割りと上手に作れた。
自炊すると今何を食べたいのかとか自分の感覚がわかるし、スーパーで季節を感じられる。金銭感覚も整うね。



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麻婆豆腐の写真をとりわすれたので、比較的麻婆豆腐の写真みたいなもんだと思うのでチャラデ演劇の時の写真。

未来がみえないなら今をみる。過去をみる。そこから未来がみえるはず。地続き。

何だかんだで5月が終わろうとしている。

大阪より東京の夜は5月でも肌寒い。
去年も思ったなぁと感慨深く思うということは僕は去年すでに、東京にいるのだということ。


今。5/23になった。
日が跨いだ。
日は跨ぐのだから足があるのだ。気持ち悪いね。扁平足。


色々やることがありがたい。あるんです。
細々と作業をしている。本当に要領が悪い。
気紛れに気晴らしにブログを書くことにしたけれども、色々書く作業の気晴らしになるのかな?なるんだなこれが。


楽しいことの準備をたくさんする。そういう仕事。文化祭前日をずっとしてる。文化祭当日と文化祭前日とが混ざった暮らしのなかにいるのだから退屈なんてないのだ。


たくさんの人や行動が混ざりあっていくのを体感している。素晴らしく凄まじいそれはなにかいつか起きる出来事のためのものでしょう。


さて。ライブスケジュール告知を見事に東京に来てからというものしてなかった。どうかしてる。

食べ物やさんでいうメニューみたいなものなのに、ライブスケジュールすら出してなかった。

これでチケット売れないよーなんて言えるわけがない。

チケット売れないのでライブスケジュール明日出します。


PS.四月に散髪して髪型めちゃめちゃ短くなったのは夏に向けてとかではなく単なる失敗です。

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僕は芸人である。

いつからだろう。

養成所に入ったのは18の頃。卒業が19。

いつから芸人をしていると言葉にできたのだろうか。



初めてbaseよしもとの一番下のオーディションを合格したのは三年目の春だから21か22。主催ライブを初めたのもその頃。

でもその頃の意識はプロになるための修業をしていると言うものでプロだという意識などもとてもなかった。




初めて単独ライブをしたのが6年目だから、25か26。
芸人活動を辞めるかどうか、悩んでる時に後の恩人に声をかけられて単独ライブをやることにした。


『今5月かー。8月くらいかな?このスケジュール帳のさ。好きなところ丸しろよ。単独やりや。手伝ったるから。』


あんな格好いい先輩を今だかつて、僕はみたことがない。頭が上がらない。


ということはその日が僕の意識としては前後なのだろうか。ハッキリと覚えている。その単独に向かう3ヶ月という時間。




さて。僕は小劇場でのお笑いライブを沢山出たり観てきた。そこから売れていく人を沢山観た。

どんな会場。どんなライブからでも天井を叩ける。それがお笑いの素晴らしいところ。



ある日。全てをひっくり返せる。



はてさて、気がつけば劇場運営をしている。
運営をしていると言わずに、スタッフをしてますぐらいの言い方をしてきた。

だけれども少しばかり覚悟を決めなきゃと思って運営などという言葉を口にするようにし始めた。



僕は大阪で何者にもなれなかった。オーディションでも結果がでなかったし、人気者にもなれなかった。
ネタを真面目に作ることだけが救いになっていた。それだけが芸人である証明だったから。

そんな記憶がある。28とかの時だろうか。



なんば千日前に白鯨という場所がある。小さなライブbar。
たくさんネタを作らせてくれた。どんなにお客様が少ないときでも『たなしゅうさんはライブやってください。ネタを作ったほうが良い』と言ってくれた。次の会場予約をさせてくれた。


中山女子短期大学と『俺とお前とファントムメナス』というネタ五本ずつやるライブをしていた。

中山はそのライブでできたネタで決勝に行った。たった10人のお客様の前で卸したネタで天井を叩いてくれた。僕はいけなかったけれど、肌で感じさせてもらった。どこからでもいけるのだと。



話がそれた。

なんば白鯨と、僕が運営に携わっているチャラデは共通点がある。

現役の芸人が運営しているということ。

だからこそ理解してくれるし、居心地の良い場所にしなければならない。僕のなかで白鯨は何かしらのモデルになっている。


自分のためは当たり前にあるけれど、周りに返す時期にもなってきている。30歳。


何者でもなく何者にもなれず、ライブとネタしか作らずにやって来たからこそ持つものが僅かでも板の上に立つ人や、それらを楽しみにしている人達のためになるならば。

間違いながら、まだまだ迷惑をかけながらやっていこうと思う。


そのために具体的にやろうとしているのが平日15時からのライブ。模索。

阿佐ヶ谷で15時なんてのは初めは集客はきびしいだろう。それでもよい。大振りしてよい場所こそ必要なのだ。

何者でもなく何者にもなれないかもしれない奴に居場所を。そいつが天井を叩いてくれたら。これ以上、劇場として嬉しい事はない。

もちろん。僕もそう。それを狙う。

劇場で働く。土を耕す。
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全くもってシラフ。

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