自分語りほど下らない物はないと言う。聞いていられないと。でもどうだろうか。僕は他人様の身の上話や生い立ちを聞くのが好きだ。

初対面の方と話をする。抱いたイメージとのギャップ。なぜその話題を最初に選んだのか。語るのか語らないのか。多少なら騙られても面白い。

一人でコントをしている。設定とオチと話自体をこだわっている様に思う。最近は表情だとか動きかたとか。声のトーンも気を付けなきゃと今更思うようになった。漫才師になりたくて養成所に入ったはずなのに。勿論相方はいない。自分が何者なのかを分解して理解しないとコントを書けない様に思えてきた。

人に話すことで自分の気持ちをまとめていく。まとまっていく。相槌と珈琲があればなおよい。言葉が詰まったときに促してくれて進むこともある。

今の自分は何で出来ているのだろう。何に影響されて、何に憧れて、何をずっと恐れているのだろうか。誰に会いたいのだろう。誰とも話したくないのだろうか。そんなことを思い出す為にいくらか時々、文章にしていきたいと思う。人様に発信する必要性があるのかもわからないけれど、人の成り立ちというか愚痴というかに興味関心をお持ちの方はどうかお付き合い願いたい。


文章を書くのは好きだ。読むのも好きだ。母方のお爺さんが幼稚園とか小学校低学年の時に浜松から大阪に月に一度出てきてご飯に連れてってくれた。その度に本を二冊買ってくれる。次に会う時に内容を話すみたいなルールが何となくあったように思う。海賊ポケットという児童書が好きだった。ズッコケ三人組も好きだった。漫画より先に児童書だったかもしれない。漫画はらんま1/2が一番最初かもしれない。

余談だがお爺さんには晩年フランス人の彼女がいたらしい。お爺さんは大往生でしたけれど、そのフランス人の彼女さんはいまどこで何をしているのだろう。どんな話をどこでしていたのだろう。浜松の鰻を一緒に食べに行ったのだろうか。鰻食べてないなぁ。

根拠なく罪悪感を抱え、根拠なく誰かに従おうとする。考えることがこわい。言って伝えて本心を拒絶されるぐらいならば抱え込んでおいて目を瞑ろう。なにも言わない方が得だと。そんなことで良いわけがない。どの感情も必要だからある筈なのに特定の感情を悪だと判定してしまうなら疲れているのかもしれない。ましてや人の感じ方や感情や感想まで想うままでないと納得できないのであれば。

自ら自由に放ち、相手様にも自由に受け止められてこそでしょう。ままごとになるよ。それでも時折綺麗に重なるから良いのではないか。意図的に人工的に重なる事は健全でしょうか。それよりは互いに自由でバラバラな方が余程、表情筋は伸びるのではないか。振り子のように思考が嗜好が揺れている。

大好きな鶏ガラスープのラーメン屋。煮卵や鶏ハムが乗ったラーメン。後輩に教えてもらったラーメン屋。感動するほど透き通った味。家から少し離れているけれどわざわざ寄り道してまでここ半年ツキイチ程度通っていた。自粛期間。散歩。テイクアウト。店の前にテーブルを出して。親子丼。期待。五百円。帰宅。ラーメン程の感動する味ではなかった。親子丼としてはかなり美味しいのに。自分は邪悪だなとおもった。あんなにお肉が入っていたのに。出汁を吸った玉葱が美味しかったのに。ゴミを処理せずに机に投げ出して寝た。

何かを発言する時に誰かの顔がちらついて、少し躊躇う。どうしても、言いたい程の言葉が最近はない。あろうことか誰に向けて放つわけでもない言葉、例えばノートのメモすら素直ではない。


世の中が大きく変化しているけれども、そんなことよりもというぐらいに頭の中が纏まらない。停滞していた頃よりは回りだしただけマシかと思われる。


養成所の頃の仲間とオンライン飲み。四年ぶりとのこと。大きく変化する部分と変わらない温度。蓄えた髭。三時間程で四年分の空白はそれなりに埋る。友人がいることを思い出す。

一年前の今頃は入院していたのだと気がつく。荒川。部屋のエアコンが効いていないから、エアコンの効いた談話室に行っていた。少し早いお祭りをしていた。使いきらなかった回数券はまだ持っている。

オンラインでのオーディション用にコントを二本撮った。声も出ていないし、間もおかしい。取り直し。何が良いのかよくわからなくなっていく。送る。オーディション自体が後程なくなったとの連絡。

人の代わりに反省文を書く人。人の代わりに自己紹介する人。過去ばかり観て今をなくす。

次の単独ややりたい大雑把な方向性が決まる。やんわり素材を集める。

マスクが街に落ちている。

コンビニで買い物をして「ありがとうございました」「ありがとう」程度の会話でも少し人間を取り戻す。

そもそも果たして一度でも思い通りに期待通りの未来がきたことがあっただろうか。期待通りでない今はそれほど失敗だろうか。それなりに今日もご飯は美味しく感じる。望みを持ち、そうなればよい。そうならなくてもそれなりに良い。そう思う。

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