今日は初めての版元さんにお邪魔したのですが、
ずらっと居並ぶ男性陣に、
たじろぐ私…… 。
ですが、始まってみれば、
もう、笑って笑って、何をしに行ったのか忘れるぐらい、
笑った打ち合わせでした

さて、どうなることやらw

ってことで、今日は、久しぶりの更新となりましたが(苦笑)
3月にお邪魔した長野県北相木村の話をしたいと思います。

ほら、北相木村と言えば、この人。
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巨大石棒がこれほどまで似合う男がいただろうか(いや、いない)
学芸員の藤森さん。

こんなお茶目なことしてますが、
とても熱量がある学芸員さんなのですよ!

今回は、藤森さんに案内をしていただきながら、
博物館を見学して参りました。

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りっぱな博物館だわー。

ってことで、この博物館は何を展示しているかと言いますと。
縄文時代早期の遺跡である栃原岩陰遺跡から見つかった品々。

ずーーーっと、藤森さんに
「見にきて」
と言われていたのに、行かなかった私。
でもさ、
今回、激しく反省したね、猛省だよ猛省

このあたりが、自分の甘さなのですが(苦笑)
縄文時代と言えば、せめて前期ぐらいからじゃないと、
よくわからんと思っていたのですよねー

土偶だって前期までの土偶って、みんな顔がない
素人には、わかりにくい、感情移入しにくい

(専門家の先生には、ここまでが大事だとアドバイスをいただきました!
 勉強になります、今福さん)

でもね、ほんと、今回ビックリしたのよ、私。
私と同じように、
海に憧れた山の縄文人がいたのよ、長野に!
(私は海なし県の岐阜出身。異常に海への憧れがある)

ってことで、では、本題。
まずは、どんな遺跡か見ていただこうかな。

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これが、栃原岩陰遺跡。
あれ?ちいちゃくない?これ、雨とか吹き込むじゃん?
雪深い山だけど、これで大丈夫?

などと思うのですが、
藤森さんの話によれば、ひさしのようになっているおかげで、
大丈夫なのだとか。
そもそも「岩陰」ってのは「浅い洞窟」ってことみたい。

ほー、そうなのか。

で、この穴の暮らしはどんな感じだったかというと、
こんな感じ。

博物館の中には、こんな人たちがいます。

IMG_1963.JPG

お父さんの頭上に見えるのが、
さっき見ていただいたひさしの部分ね。
ここ、奥行きがない。
「あれ?めっちゃ、ちっちぇ!」
ってのが、正直なところ。

この人たち、若干、ギャートルズ系の毛皮着てるから、
現在考えられている感じとは、ちょっとだけ違うけれど、
それでも、なかなかリアルな感じだよね
お父さんの上半身、見てくれる?
細くない?ねえ、細くない?
実は、骨太なイメージがある縄文人と言っても、
その人の活動量によって、骨の太さも変わってくるの。
野山を歩いたり作業をするから、
下半身は筋肉がついて少し太くなるけれど、
上半身はこんな感じみたい。


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はい、お母さんね。
みなさん、ちょっと目を凝らしてみて下さいよ。
なんか、ちょっと、顔の幅が狭い?
狭いどころか、とんがってない?
縄文人って、ほら、もっとごつごつして、
頬骨とかも出てるはずだし……。

「藤森さん、なんか、この人、弥生人ぽくないですか?」

「あ、こんださん、気がつきましたか」

と言って案内してもらったのがこちら。
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この真ん中の頭蓋骨が、この女性。
なんとまあ、細いこと!

本当に縄文人なのかと疑いたくなりますが、
ここの人たちは、国立科学博物館の研究者が見ていて、
縄文人に間違いないそう。

「個体差ってことみたいです」
と藤森さんは言っていたけれど、それでも、これはビックリした

この遺跡からは子どもちゃんを含め、人骨が12体分、出ています。
そして人骨だけでなく、動物の骨やらなんやらも、
そりゃあどっさり出ていて、
早い時期の縄文人たちの暮らしを知る、

とても貴重な遺跡なんだとか。


早期ってことはよ、およそ1万年前とか、それくらい前の時期だもんね。
どんな会話してたんだろうねー。



ってことで、次回に続く!