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この坑の話ではありません

ちょっと縄文時代の暮らしに関して考えておりました。

いったい、どういう社会だったのか。
それに関してどれだけ考えても明確な答えはないわけですが、
ひとつ私が思っているのは、

「ひとの嫌がることをするやつは、結局生き延びられない」

って環境だったのではないかと思っています。 

今でもそうですが、
縄文時代のように、食べることと生きることがより密接だった環境で、
自分だけたくさん食べようと、人が持っている食料を横取りしても、
その場は心も体も満たされるかもしれませんが、
結局は、相手に対して行った「意地悪」だけが周囲の記憶に残って、
横取りしたその人は、もっと苦しくなった時に、
他からの援助が貰えなくて、
生き延びることができなくなったのではないか。

人だから、いろんな感情はあります。
当たり前です。

「あいつはいつも皆にちやほやされて、羨ましい」
「あいつはいつもお腹一杯、皆から食べ物を分けてもらえて羨ましい」
「いっそのこと、その食料を腐らせちゃうのもいいかもな。
 そしたらあいつ、きっと困るに違いない」
「そしたら皆がこっちに食料を分けてくれるんじゃないかな」


竪穴住居の中で焚火に当たりながら、こんな独りよがりなことを考える人も
中にはいたかもしれません。

でも、それを行動に移してしまっては、
結局自分の首を絞めるだけだと、彼らは分かっていたんじゃないかなって。

小競り合いはあったはず。
嫌いなやつもいたはず。
でも、相手を痛めつけても、そこには何も生まれないことを、
彼らは知っていたんじゃないかと思います。

ま、これは、私の希望的観測ですけれどね

気持ちよく皆で狩りに行き、仕留めた一頭の肉を分け合う。
誰が一番上だとか、そんな小さなことに拘らず、
おおらかに、厳しい時代を生き抜いた人たちだったら、いいのになって
狩りの腕を競い合うなら良いですけれどね

そんなことをちょっと考えたりしています