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12月2日に行われた

歴博国際シンポジウム
『再考!縄文と弥生』
歴博がめざす日本先史文化の再構築


に参加してきました。
400名の方々が参加されたとの事。
いやー、すごいなー。
会場を見ると、おじさまとおばさまがぎっしり。
残念ながら、若手(っていくつだ?w)の姿はほぼ見当たらず。

ですが、400名もの方が熱心に聞き入ったシンポジウムになりました。

その前編と言いますか、
これは、当日いただいた図録からお話を少し出来ればと思っています。

今回のシンポジウムは、2019年に歴博がリニューアルオープンを目指している、
先史、古代ブースに関連して行われました。
展示を作り上げる準備の中で、
歴博がどのようにして、先史、そして古代を構築しようとしているのか。
その一端をご紹介する、というもの。

いただいた図録の開催趣旨に藤尾慎一郎氏がこう書いていました。

「本シンポジウムは、土器型式にもとづく相対年代からAMSー炭素14年代測定をもとにした数値年代へ転換しつつある縄文・弥生研究によって導き出される年代・文化像が、今後、どのようなものになっていくのかという点について、現時点における見通しについて議論することを目的としています」

と、始まるわけですが、今の研究者の方々の中にある、
土器型式による年代測定に対して、
絶対的かつ妄信的とも言える状況には、驚く事が多々あります。
先日も、「ぼくたちは土器を見れば10年刻みで年代がわかる」
といったような趣旨の話を聞いて「まじですか!」と思ったのです。

私のような、遺跡を掘っていない人間からすると、
「いやさ、科学的な分析の方が正しいってことはないのかね?」
と思う訳ですが、この分析は分析でそれに頼りすぎるのも、
ちょっと偏りがあるというのです。

確かに、そうかも。
詳しくは、分析を請け負う人たちに、取材に行こうと思っておりますが、
科学的な事実が、本当に正しいとは限らないですよね。

よく聞くのは「AMS」は少し古めの年代に結果が出てくる、というもの。
そこに対する現場の抵抗は、とても強いなと、
いろんな先生方のお話をお聞きしながら思うのですが。

それを受けるかのように、藤尾さんはこう続けています。

「AMS-炭素14年代測定によって明らかになった土器の出現年代の4千年遡上、水田稲作開始年代の5百年遡上は、縄文長期編年、弥生長期編年という時間的枠組みを新たに用意しました。特に弥生時代においては、土器型式の数が変わらないにもかかわらず、存続期間が700年から1200年に倍増したことにより、弥生中期後半より前の土器型式の残存期間が大幅に伸びることになりました」

以前、そんな事も知らない私は、日大の浜田先生とお話する際、
「先生、弥生って600年間続いたんですよね」
などと小学生の時に習った知識でもって、遺跡に立ちながら話をすると
「いや、こんださん、それ、古いよ。
 今は最低でも1000年間はあると考えられているから」
と笑われたのですが、それ、たぶん、この話だったのですね。

確か、ニュースにもなりましたね。
「弥生時代の開始時期が500年遡った」

私たちは、そのニュースを
「ふうん、そうなんや、たいへんなこっちゃね」
ぐらいで聞いている訳ですが、
現場の研究者の方々に取っては、大問題!

「えーーーーー、そんなこと言ったら、オレの研究、整合性が取れなくなるやん」

という方もいらっしゃったかもしれません。

といことで、藤尾先生は続けます。

「その結果、これまで同時に存在した住居や墓を前提とする集落論や墓制論、人口推移の分野に大幅な見直しを迫ることになりました。こうした弥生長期編年に対応した新しい集落論や墓制論の見直しが求められているのと同時に、これまで水田稲作を行う地域はすべて弥生文化であるという考え方が、大きな岐路に立たされていることも事実です。たとえば「イネと鉄」の時代といわれてきた弥生時代は、その前半の約600年間、石器だけの世界であることもわかりましたが、その期間を弥生文化と認定してよいのかという議論が十分に行われているとは言えません。また生業における水田稲作の位置づけや、農耕社会の成立の有無、広域祭祀の有無など、利根川を境に北と南ではまったくことなっているにもかかわらず、水田稲作を行っているという経済的な共通性だけで同じ弥生文化と認め、農耕社会の成立の有無や広域祭祀の有無は地域性であると考える研究者が多いのも事実です」

小学生の時に習った弥生時代は、水田稲作と鉄器の登場がメインポイントでした。
その知識で生きてきたわけですが、
「弥生時代」といっても、
その前半600年間は、鉄器を使わず、その前から使い続けていた
石器を使って生活していたということ。

ってことはですよ、藤尾先生がおっしゃるように、
「弥生文化と言って良いのか?」
ってことになりますよね?
もしくは、弥生文化の定義を変えるか。


思うに、これ、学問なので研究者そして一般の人がわかりやすく認識するために、
定義というか、「この時代はこうなのよね」という、
コンセンサスをとる必要があるんだと思いますが、
その言葉に集約するほうが、無理があるんじゃね?
って思うことが多いんです。

これは、縄文時代の話です。
土偶にしても、時代の様子にしても、
「こうだからこう」
と、考え方の枠が出来てしまっていることに、なんとなく座りがわりーなーと、
思うのです。

学問とはそういうものなのだ!

と言われてしまえば、それまでなのですが。

こうして、縄文時代、弥生時代が長くなることによって起こる、
時代観が揺らいでいる。
そしてその揺さぶりをかけているのが、歴博なのかもしれません。

良いとか悪いとかの話ではなく、
あっているとか間違っているとかの話でもなく、
固まった時代観を、もう一回、考えてみない?
という提言なのではないか。

そんな風に思った次第です。

次回は、特に私が気になった発表について取り上げたいと思います。