月別アーカイブ / 2017年10月

先日、ある骨董の会に足を運びました。
と、常連みたいに言ってますが、
私は覗くだけなのです
その会に、お仕事でお世話になった方が偶然いらっしゃっていて、
少し立ち話を。

話をするたびに思うのですが、その方の肩の力の抜けようには、
本当に学ぶ所が多いなあと感心してしまいます。
遥か歳下の私の話を丁寧に、そして熱心に聞いて下さるその姿に、
自分が同じ年齢になった時、
この方と同じような姿勢で人と接しているだろうか。
そんな事を思うのです。
素晴らしいキャリアを重ねていらっしゃるのは、
常に傲り高ぶらず、軽やかな心持ちで人と接してこられたからではないか。
そんな事を思わずにはいられません。
そういう心ある人とお仕事が出来た事、本当にありがたいなと、
改めて思った台風の日曜日でした

その前日、私は何をしていたかというと……。

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行ってましたよ!山梨へ

生憎のお天気でしたが、無事に開幕。
ブースの写真が撮れていないのですが

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こんなブースがあったり、土偶を作るブースがあったり。

ステージでは、

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国の特別史跡になった千葉県の加曽利貝塚のキャラクター、
「かそりーぬ」と、
南アルプス市の土偶キャラクター、
「子宝の女神 ラヴィ」
のステージがあったり

晴れてたら良かったのにねー

と、そんな雨が降りしきる中でも頑張っていらっしゃったのが、
この面々。
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左から、県立考古博物館の一之瀬さん、
南アルプス市の保阪さん、釈迦堂遺跡博物館の一瀬さん、
北杜市考古資料館の村松さん、韮崎市の閏間さん。
これは、私とのトークセッションの打ち合わせ風景なのだけれど、
皆さんが館が違うにも関わらず、
本当にチームワークが良くて、和気あいあい

とはいえ、お互い切磋琢磨しながら、
地元の文化財をいかにPRし、そして次の世代に守り伝えていくかを、
日々考えているのです

今回は、皆さんパネルをご準備下さっていたのですが、
飛び道具を用意していたのは、南アルプス市の保阪さん。

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本物持ってきちゃってるし

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この頭の部分は空洞になっていて、
これ、猫に見える土偶「黒駒土偶」や、
鋳物師屋遺跡出土のラヴィちゃんと同じ頭の作りをしている。

土偶が土器を抱えている、という、
まあ、めっちゃレアな逸品。
それもこの地域特有の、
肩パット付き(に、私には見える)の肩から伸びる、
細長ーい腕でね

いろんな解釈が出来るけれど、
とにかく珍しいのは言うまでもないよね
横から見るとこんな感じ。
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このさあ、首の伸びかたっていうのかな。
おかしくない?wもう、ビックリだよ。

そして、この
背中のラインもなかなかエロティックな感じがする
そり具合と良い、ウエストの括れ具合と良い

こういうのを見るたびに、

「縄文人、頭おかしいんじゃないか」

って思うw。正直に言っちゃうけれど。
頭の中で描いたイメージを、ちゃんと立体的に造形できる彼らの技量。
そして、その発想力。
もう、同じ人間とは本当に思えないよ。
凄すぎる


で、私のリクエストで持ってきていただいたパネルがこちら。
土偶の出土状況。

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これは、北杜市諏訪原遺跡から見つかった土偶。
愛称「ちびーなす」(これ、ドッキーのヤミラちゃんが命名)

か、かわいすぎる

「あ、どうも。おはようございます

ぐらいの雰囲気で、土の中に横たわってるよ

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これは金生遺跡から見つかった中空土偶の出土の様子。
ちょっと凄まじい感じがするよ。
石棒や土器がごちゃっとある中に、ほとんど完全形で横たわる、
中空の土偶。
ちなみに、この遺跡で見つかった233点の土偶のうち、
中空はこの子だけとか。

もう、意味ありげだよなかったらおかしいよ

そんなパネルを出しながら、
各館の方々と土偶についてあれこれと、
お話をさせていただきました

終わった後、ボランティアのおばちゃまに

「あなたの話よかったわー。
 わかりやすくて」

と言っていただけた事がとても嬉しかったですわ

台風が迫り来る中でのイベント開催となりました。
準備されてきた皆さんの事を思うと、
残念だったなと思わずにはいられませんが
それでも楽しい会にして下さった皆さん、
本当にありがとうございました

あ、最後にこの写真を。

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ダンディな縄文人さん!

素敵な方でしたw


 

★お知らせです★

朝日カルチャーセンターの名古屋教室さんで、
「土偶界へようこそ」と題して、講座を開催致します。

https://www.asahiculture.jp/nagoya/course/1a702582-84db-de1e-2145-5969df58567d

月に一度、縄文時代に思いを馳せるのも、
悪くないんじゃないかな?
どちらかといえば、そういう時間があると、
日々の些末なことから解放されるかもしれないよ!
(いや、そんなたいそうな事はけしてありません

まだまだご参加できますので、
「お!なんだか面白そう!」
と思われた方は、お申し込み頂ければ幸いです!

奮ってご参加くださいませねー


 

ある打ち合わせにお邪魔すると、
拙著とともに、
土偶ごとに書き込みが出来るような資料を、
自作して下さってました。
そこにはたくさんのラインが引かれていて、
先方の本気度がずばーーーーんっと伝わってきました
恐縮するとともに、背筋が伸びました

「こんださん、この先長期でどこかに行かれることとかないですか?」
「まったくありません」

どんなお仕事かは、また後日 

さて、今日は
「 横浜に稲作がやってきた!?」
の後編をお送りします。

いやー、土器ってほんと、凄いよね。
ってことで、今回、綺麗だなー、いいなーと思った土器を、
ちょっと見てもらおうかな
(っていうか、やっぱり土器の見方も感覚的に、
「この土器いいな」って感じでしか見られないんだよ。
 それは、土偶を見る時と変わらない )

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この壺の綺麗さには舌を巻いたよ。
でもって、弥生土器のイメージも変えてくれた
だって、立体的な装飾過剰はないけれど
細かい模様を
「けっこう、頑張って入れまっせーーーー」
ぐらいの勢いで入れている。
なんか、縄文土器にある、一種狂気なぐらいのしつこさが、
この壺にはあるような気がしたの。

繰り返し、繰り返し、びっしりと模様を入れる。
なかなか弥生土器、やりますなー。
これは、
縄文時代好きな人にも、
気に入ってもらえるんじゃなかろうか。


あ、「壺」って書いたんだけれど、
弥生時代になると「壺」と「甕」が出てくる。
壺は、食料を貯蔵したり、儀式に使われたと考えられるもの。
甕は、煮炊きする「鍋」のようなもの。
これは、かなりざっくりした説明になるけれど、
どうやら、縄文時代とは少し違う表現をするみたい。
初めて聞いたとき、驚いた!壺ってなんやねん

で、次の壺を見てもらおうかな。
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これもなかなか良いぞ!
波形を描いてみたり、三角の模様を描いてみたり、
いろんな模様を組み合わせて、かなり素敵なデザインを作ってる。
ただ、気になるのは、さっきの壺より、
模様が施された部分が減ってきている、ってこと。
どうした?弥生人。

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あれれ?なんか線も緩くなってきたし、
模様も粗い感じになってきたぞ。

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この下半身にでぶっぷとした感じが良いね。
でも、なんだか、やっぱり少し模様が……。

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あれーうっすーい。
どうしちゃった?頸の部分と少し胴に模様があるだけになっちゃってる。
確かにベンガラで赤く塗ったけどさ。
もう、細かく模様を入れるのは、飽きちゃったのかね

とまあ、若干順番が前後している画像もあるかもですが、
縄文時代好きからすると、
「これなら受け入れられる」という土器から、
だんだん模様を施した部分が減って行き、
ついには、こんなにあっさりした壺になって行くようです。


これは、この地域の、そしてこの時代の話であって、
もしかしたら、他の地域では違うかもしれないね

でもさ、あれかね?
弥生人、装飾することに意味を見出さなくなったのかね?
それとも、生活に追われて、それどころじゃなくなったのかね?
ほら、やっぱり、心に余裕がないと、
じっくり土器に向き合えないって昔から言うじゃん?

(誰が言った?w)

なんだか、彼らの心の有り様を勝手に想像してしまうわー

さ、では、次に。
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これ、何だと思う?
ぱっと見、縄文かとおもうよね?
それがさ、違うんだよ

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もうさ、面倒なら、縄文施すの、
止めたら良いやんw
なんでそこまで縄目に拘るのかなー。
で、面倒だからって、

「お!なんかさ、オオバコ使ったら、
 結構縄文に近い模様が出来るんじゃね?
 (コロコロ土器に転がす)
 うわーーー!出来たわ、縄文。
 ならさ、もう、これでいいんじゃない?」

なんていう会話があったかどうかは知りませんが
もう、恐れ入ったよ。
関東弥生人の縄文好きw。

ただ、これ、面白いことに、
オオバコの花って、4月から9月が時期なのだそうで、
その時期のオオバコを使っているということは、
その壺が、どの時期に作られたのかが判明するってことになる
つまり、この疑似縄文が付けられた壺は、
4月から9月に作られた可能性があるってことだよね。
こ、これは面白い。
使った植物で、土器制作の時期がわかるなんて

で、もうひとつ。
浪形早季子さんによれば、

「オオバコは古くから薬草として使用されたり、
 若芽は食用としても知られている植物であり、
 このようなオオバコの持つ特徴が、人々がこの植物を手に取り、
 それを土器の施文にも活用するきっかけになった可能性も考えられる」
                        (図録より抜粋)


つまり、身近な植物を使って縄文を施したってこと。

もう少し私なりに考えると、このオオバコの薬効を考えて、
オオバコの模様を施した壺に入れた食料を食べると、
元気になる、という風に、彼らが考えていた。
なんてことが、あったとしたら、どうかな?
これは、私の妄想ね

横浜での出土例は多くないみたいだけれど、
これは面白い話だなって思ったよ

この展示を見るだけでも、行ってよかったって思った

で、横浜に稲作がやってきた話にはまったく触れなかったけれど
このパネルを見て貰おうかな。
これ、面白いと思った。

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イネ、アワ、キビ、雑穀がどんなタイミングで作られだしたのか、
そして、その割合はどうだったのか、っていう表。

西日本は、イネ、強いなー。
それに対して、東日本の状況よ
そもそもイネが作られるのは遅いし、
どっちかっていうと、他の穀物好きだったのか、
土地利用の考え方なのか、環境なのか、
アワとかキビが多いみたいね

こうやってみると、東日本にイネがやってくるのは、
西に比べて本当に遅いし、また、比率も、
西に比べると少ないみたい。


昨日も書いたけれど、
弥生時代=稲作
って言うのは、ちょっと乱暴な言い方かもしれないね。
特に、弥生時代の初め頃なんて、
本当に混沌としていたみたいだし。

「弥生時代」そして「弥生文化」をどう考えるのか、
そのへんについても、図録で解説されているから、
足を運ばれた方は、買われるといいと思いますよ。

さ、展示の最後は、これ!
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偶然見つけられた上台遺跡出土の人面付の壺。
赤く塗られた痕もあって、かなりの優品だよ。
左耳と鼻が取れてたらしいけれど、
今じゃ、このとおり。
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これ、元々個人所有だったの。
正面からみた頭の部分に、少し違う色をした箇所があるんだけれど、
それはさ、この持ち主が、違う土器をくっ付けたらしい。
不憫に思ったのかもしれないね
だから、この色が違う部分は、
発見者とこの壺のやり取りの証なんだよ。
(と、少しロマンチックに妄想し過ぎか、私w)

冒頭にいた、中屋敷の土偶形容器は、入墨装飾があったりと、
かなり土偶色が強いけれど、
この壺になると、人はついているけれど、
縄文のニオイはなくなる。
もっとすっきりした雰囲気になってるなーって思う。
これが、時間の流れなのかもね。

あ、これ、本当に最後!
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学芸員の橋口さんw

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色々教えて下さった、高橋さんw

今、館に行くと、もれなくこの人形たちの、
顔ハメが出来ますw

っていうか、こんな学芸員さんがいたら、楽しいわ。
ちなみに、高橋さんが着けてる「鼻眼鏡」。
自前だってさw

ってことで、長くなりましたが、
これにて、
「横浜に稲作がやってきた!?」
終了となります!

ぜひとも足をお運びくださいませねー









 

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