月別アーカイブ / 2015年09月

昨日、一昨日のFacebookは、お月様祭りでしたね

私は、太陽よりもが好きなので、とても癒される時間でした。


さて、今日は企画展のお知らせです。
秋になり、いろんな施設で縄文がらみの企画展が準備されています。

そこで今日は、大阪府立弥生文化博物館にて開催される
「海を見つめた縄文人」
http://www.kanku-city.or.jp/yayoi/tokubetsu/index.html

 のご案内。

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富山県で発見された縄文時代に生きた人々の骨から、
日本海を舞台にした縄文人たちの姿を考えてみよう、というもの。

 会期がもう少し先になるので、どんな展示内容なのか 、
私もはっきりしたことがわからず、お伝えしづらいんですけどね

関西で開催される縄文展、それも、富山県の縄文人を題材にしている、
というのが、とても面白いなと非常にワクワクしております。

もちろん、会期中にお邪魔するつもりですから、
その模様はまたご覧いただこうと思っております。

縄文の専門家、また詳しい方はご存知だと思うのですが、
 正直、富山県と縄文ってあんまり結びつかないですよねー
だから余計に気になる!

縄文人たちは、海の民でもあり、山の民でもあったので、
その航海術を駆使した姿が垣間見えるのではないかと思っとります!

お近くの方は、ぜひとも足をお運び下さいね。
私も参ります

さ、今日は、昨日の予告通り、
「撮影可」
だった太郎氏の作品をアップ!

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あ、私の足が映り込んでる
それも、ばっかーんと開いちゃって、すいません

さて、
これは「坐ることを拒否する椅子」という作品。

こんな睨まれたら、すわれん
そして、この作品は、こんな設計図があるのですよ。

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驚きました。ちゃんと色合わせの図面があった。

で、こうやってみると、なんかかわいいですね、この図面。

こんな作品も。

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「プランター」

え?プランターなの?これ。

そして、最後。
昨日も上げましたが、こちら。

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おお、迫力があります。

そして、信楽焼の狸もインパクトありますw

触るな、近寄るな、ってことで、狸でガードしているのだと思いますが、
これ、なんとかならなかったのでしょうかね
もう、ぐっちゃぐちゃの雰囲気ですw
仕方ないけれど。

とまあ、撮影可の作品の一部をご紹介いたしました。

でね、皆さん、聞いて欲しかったのはこれからなんです

岡本太郎氏は、精神障害、知的障害をもった人たちが作り出した創作物に対しても、
非常に関心を寄せていたようです。

「一麦寮」

と呼ばれる施設で活動していた彼らの作品は、
今でいう

「アール・ブリュット」「アウトサイダー・アート」

と呼ばれるジャンルのもの。
芸術、美術の勉強をせずうみだされた型にはまらないアート、ということに、
なるのでしょうか。(定義はちゃんとあるようですが)

岡本太郎氏の縄文写真の展示後に、
一麦寮で活動している彼らの作品も、展示されていました。

これがね、凄まじく良いのです。
あまりにも良過ぎて、私、呼吸するのも忘れ、
興奮しすぎて気分が悪くなるほど、良かった!


なんというのでしょうか。
本当に、人の心を揺さぶるのです。
それも深い部分を。
そこには彼らの「思考」ではなく、「根源」しかないからではないか、
と思うのです。

頭で作られたアートではないからです。
どんなに奇抜で、センセーショナルなアートを作り出したとしても、
そこには、作り手の「思考」が反映されています。
もちろん、意図を持って作り出すから、アートなのですが。

そこのポイントとはまったく違う造形物が、
彼らの作品なのです。

この感じは、なんだ?なんだ?なんだ……。

そう、私のこの衝撃は

「土偶」

を見ている感覚と同じなのです。

土偶にも様々あります。
縄文人の意図が明らかに感じられるものもあれば、
まったくわからないものもあります。
そっちの方が多い訳ですが、
わからないからこそ、土偶に魅了される。
一麦寮の彼らの作品にもそういう部分があるように感じました。

一麦寮の、ある作家さんの作品に施された模様が、
土偶に丹念につけられた細かい模様と、
同じようなエネルギーを放っているのには、
心底驚きました。

とにかく見ていて飽きない!
異常なまでの執着と、根気、そして、エネルギーの放出を感じる作品たち。

縄文時代に作られた火焔土器なんかを見ていると、
私は同じものを感じます。

例えば、現代の作家さんが、火焔土器を真似て作ったものは、
そこまでのモノを私は感じません。
どんなに丹念に作っていても、やっぱり違うのです。
そこに染み付いたモノの違いなのかもしれません。

その、染み付いたモノを感じさせる一麦寮の作家さんたちの作品に、
岡本太郎氏が言葉を寄せるのは、納得でございました。

「土偶って何だろう」
「人って何だろう」
「縄文時代の人たちが見ていた景色は
 一体、どんなものだったのだろう」

そんなことを改めて考えさせられる企画展でございました。

縄文時代と岡本太郎。

興味をもたれた方は、書籍など読んでみてくださいね




 

本日、後輩に

「こんださん、もう少し、ブログの更新頻度を上げてください」

と言われました。
おっしゃる通りです
ごめんちゃい

さてさて。
タイトルを見て、

なんで岡本太郎なん?

と、お思いの方もいらっしゃるでしょう。

あ、行ってきたんだ、という方もいらっしゃると思います。

縄文好きの中では、知られた話になりますが、
岡本太郎は縄文土器の擁護者として有名です。

「戦後のある日、私は、身心がひっくりかえるような発見をしたのだ。
 偶然、上野の博物館に行った。考古学の資料だけ展示してある一隅に何ともいえない、
 不思議なモノがあった。(中略) 何だろう。ー縄文時代。
 それは紀元前何世紀というような先史時代の土器である。
 驚いた。こんな日本があったのか。いや、これこそが日本なんだ。
 身体中の血が熱くわきたち、燃えあがる。
 すると向こうも燃えあがっている。異様なぶつかりあい」


これは、『岡本太郎の本1 呪術誕生』(みすず書房 1998)
に納められている言葉です。

この言葉そのものに強大な熱量を感じます。

そして、太郎氏は、お父様である岡本一平氏のために、
土偶を模したお墓まで建ててしまうのですよ!

どんだけはまったんや、太郎さん!
 
これで少し、縄文と岡本太郎のつながりがわかっていただけたと思います。

で、その企画展に行ってきたわけです。

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太郎氏が製作した作品とともに、
氏が撮影した縄文土器の写真と、その本物が展示されていました。

でね、とても気になった事があったんです。

その展示のプレートなんですが、
例えば、「土面」に

「縄文土器 土面」

と、プレートが付いている。

私は、大混乱。
だって、明らかに「土面」なのにその前に「縄文土器」ってかいてある。

私が無知なだけなんでしょうかね?
その場にいたスタッフさんは

「縄文土器の中の土面という分類なんです」

って説明してくれる。

???

ってことは、土偶は、縄文土器の中の土偶って事なのでしょうか。

これ、まったく知らない人が見たら、そのまま覚えてしまいますよね。

この件に関して詳しい方がいらっしゃったら、ご教示いただけると、
大変ありがたいです。

展示を見ているのに、そこの解釈が気になって、
まったく集中できませんでしたw
 
と、いうことで、続きはまた。

次回は、撮影しても良かったブースの画像を上げますね。
あ、
せっかくだから、チラミセ、チラミセ。

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たぬきがーーーー!!w

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