人生相談の6回目です。


(質問)

相談させていただきたいことがあり、コメント致します。
ここ数年、辛い事が続き、自分の人生を終わらせたいと思うときすらあります。
そんな時に、まだ大好きな人達と笑っていたい、一緒に楽しい時間を過ごしたいと思いとどまります。
けれど、生きる理由として周りの大切な人達を利用しているようで、
時々無性に嫌になるのです。
(そして、それでいいのだと誰かに肯定して欲しいのだとも思います)

先生の率直なご意見をお聞かせ願えないでしょうか



(僕の思うこと)


生まれる前は「無」です。自分が死んだ後も「無」です。
自分は、永遠のほんの一瞬を生きているだけです。

もっと正確に言えば、両親が性交渉をする瞬間まで此の世にいない「無」です。

どんなに辛いことがあっても、自分から無に戻ることはありません。


「生きがいとは、突き詰めれば、『人』です」。

あなたの言われるように、生きる理由は、まだ大好きな人達と笑っていたい、一緒に楽しい時間を過ごしたい
ということなのです。
生きるために、どんどん人を楽しみなさい。人を利用しなさい。

僕も、死んだ方が楽だな、というような地獄も経験しました。何度もありました。

しかし、80才になって出した結果は、「死ぬまで生きてやる」です。

僕を好きでいてくれる人のためにも長生きしたいし、
僕を嫌いでいる奴らのためにも、嫌がらせで長生きします。

人間の死因は、「老衰」がいちばんの幸せです。
そして、それは、ただの老衰ではありません。
死ぬ一瞬前まで、ハッピーでいることが、大切な人のためであり、敵に対する最大の復讐です。


生きなさい。
大事な人のためにも、あなたの敵のためにも。

死ぬ日は、一生で一回きりです。

そして、今日が、死ぬのに一番いい日という最良の日は、老衰で死ぬ日、一択です。

それ以外にありません。

最後に一言。

誰かが死にたいと思った時に、それを思い止めるような、利用されるような人間になることを忘れてはいけませんよ。

あなたが、そうしたように。

(小池一夫)