月別アーカイブ / 2012年06月

2012年6月のつぶやき

6月1日

バー通いが趣味である。街場のバーを10軒、ホテルのバーを3軒、ジャズバーが5軒ほど。これらの店を順繰りに、気が向いたら行く。カクテルを一杯ウィスキーを一杯。バーテンダーと世間話をして、一時間弱。年寄りなのでそれで充分。じゃあまたね、と1、2 ヵ月後に顔を出す。(小池一夫)

酒を飲ンで歩くと、少し心臓がドキドキする。生きてるなあ、と変なところで感心する。年寄りのドキドキなンて、そンなものである。(小池一夫)

6月2日

今日堀井雄二から「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド3D」が届いた。ありがとう。いよいよ次はドラクエ10だ。がンばれ堀井!がンばれドラクエ10! (小池一夫)

書けば書くほど書き方が分からなくなる事がある。今までも書いてきたし、これからも書いていく、なのに今何を書いても陳腐に思える、そンな時である。そういう時でも、一定以上の成果が残せるのがプロである。「書きたいから書く」が書く事の最大の動機だった気持ちを思い出す。それが一番の近道だ。

6月3日

読者も、作者が書かずにはいられなかった作品、生み出さずにはいられなかった作品には、ちゃンと敬意を表してくれる。物書きだけではなく、あらゆる職業に通じる真理だと思う。(小池一夫)

僕が何故「ン」を使うのか、その本当の秘密は墓場に持っていくつもり…。(小池一夫)

というか、今さら言えン。(小池一夫)

6月5日

年を重ねていくアイドルを「劣化」と言い、一線から外れた作家を「オワコン」と言い棄てる。そンな人間を僕は信用しない。言葉の選択力は、その人の人間力と正比例だ。使う言葉の軽い者は、実際中身も軽い。経験的に言っても。(小池一夫)

よく、恋人に求める条件として、容姿や年収を挙げるけれど、「日常、どンな言葉を使う人か」という事も条件に入れるべきだね。さりげなく使う言葉の中に、その人の人間性が一番表れやすいものだから。(小池一夫)

漫画の表現は「日常」と「非日常」で成り立っている。物語を推進させ、面白さの核となるのは、非日常の部分だが、それを支え際立たせるのは、日常の部分のリアリティだ。作家にとって、料理が作れるとか、楽器が弾ける、職を転々とした事から、本当に辛かった経験まで、創作に無駄な事は一つも無い。

6月6日

僕は、作品を創る時のイメージがある。作品を花に例えるなら、それは、草花ではなく、木に咲く花だ。自分という根幹はどっしりと根を張りながら年々育っていき、時期が来れば自ずと花(作品)は咲く。一年草の様に、一回咲いて終わりではない。(小池一夫)

そのイメージは、いつしか、作品を創る時だけのものではなく、そンな風に生きたいという、僕の願望になっている。時には想定外の暴風や、枝を伐られたり、幹を傷付けられたりと色々と起こるが、根をしっかり張ってさえいれば持ちこたえられる。大丈夫。(小池一夫)

6月7日

自分に才能がある、と作家が言ったら、その人には才能があるのだ。女性が、私は綺麗だと思えば、その人は美しいのだ。自信を失ってうなだれた者の頭上を運は通り過ぎて行く。特に若い人は、自信過剰ぐらいでよろし。年を重ねると、いやでも自分の分を知る事になるのだから。(小池一夫)

創作を長く続ける一番のコツは、「中二病をこじらせながらも、世界観を深めていく」事。小さくまとまらず。(小池一夫)

僕なンか、中二病をこじらせ続けて77才だ。漫画家の皆さン、先は長いよ…。(小池一夫)

6月8日

今日、どンなタイプの女性が好きですか?と訊ねられたのだが、まあ、大体のタイプが好きだ。しかし、唯一苦手なタイプがあり、それは「でも、だって」が口癖の人。同じ反論でも、人の話を聞いて「私はこう思う」という発信ならいい。「でも、だって」の人は、一々会話が途切れるし、話も弾まない。

「でも、だって」の人は、自分でも気が付かないうちにそれが習慣になっている。あー、勿体ないなあと思う。が!しかし!「でも、だって」を可愛らしく、さらっと言ってしまう女性達がいるのである!!男はつらいョ。(小池一夫)

僕は仏教徒であるが、盲信、盲従、思考停止、知的怠惰でない限り、あらゆる宗教を認める。無神論者を含め。(小池一夫)

6月10日

作品が売れない理由は、その作品が面白くないからである。それ以上でも、以下でもない。出版不況などという言い訳は口が裂けても言えない。それは、表現者の言う事ではなく、経営者の言である。優れた作品は必ず世に出るし、そして売れる。(小池一夫)

書き手がサボると、作品は目に見えて痩せていく。書き手が己を見失うと、作品は迷走する。かといって、書き手が充実していても、意外に評価は低かったりする。「創作」とは、いつまでたっても謎だね。(小池一夫)

表現者は、とにかく「評価=売れる」を経験しないと、もう、何を書いていいのか分からなくなる。己を完全に見失う。しかし、それは己の再発見のきっかけとなる。それにね、はっきり言ってしまえぼ、売れてから後も、自信喪失→己の再発見の繰り返し。何が重要かというと、リングから降りない事。

6月11日

偽善も善のうち、下品も品のうち、性愛も愛のうち、という事で、それらの事は世の常だ。それに、偽善が善に昇華し、下品の中から品性が生まれ、性愛から始まった関係が本物の愛に変わった例に幾度も遭遇した。人生は心がちぎれそうなぐらい辛い事が起きるけれど、やはりこの世は素晴らしい。

6月12日

自分に都合が良い人が「良い人」で、自分に都合が悪い人が「悪い人」。それは間違いである。弱い者は、都合の良い者ばかりで群れる。二流同士は、お互いを誉め合う。そこに進歩はない。進歩を望むのなら、都合の悪い「良い人」を受け入れ、仲間内で群れず、孤独を抱えてでも新しい道を選ぶべきだ。

読者の反応や期待に過度に応えようとすると、自分の作品が描けなくなる。プレッシャーで、迷いが出る。萎縮する。結果、作品はつまらなくなる。決して「自分の作品を読ンで貰う」基本姿勢を崩さない。TVドラマ等で、視聴者の反応を見て脚本を変えるというが、それはもう表現者としての仕事ではない。

6月14日

人生の一番最期に食べる飯、最期の性交、最期に吐く一息。誰にでも等しくいつかは訪れる。人生の途中で自ら断絶する事はない。生きる、生き続ける。今、自分が負けていると思っても、それは人生の幾度の勝負の一つの黒星に過ぎない。次、次、次。次の勝負に備えよ。(小池一夫)

自分の翼は、日頃からつくろっておく事。いざという時、いつでも羽ばたけるように。追い風がいつ吹いても大丈夫なように。(小池一夫)

6月16日

精神論で漫画は描けない。漫画論を語っている暇があるなら、まず手を動かす。自分の世界を表現出来るだけの技術がなければ話にならない。しかし、技術的に上手くまとまってはいても、観念の欠けた漫画は読めたものではない。「心」と「技術」は、鶏と卵。得意な方をアクセルにして、作品を深化させる。

6月17日

昨晩、仕事が終わり、小腹が空いたので、近所のイタリアンに行ったところ、お見合い合コンなるものが開かれており(総勢13名)、食事しながらなンとなく見ていたら、男は男、女は女同士で話ておる。たまりかねた男性が「席シャッフルね!」と言ったら、女王蜂みたいに、一人の女性に男達が集中し>

もう僕は食事どころではないのだが、その後も、女王蜂がトイレに立った隙に彼女の席に座る女性、あきらめたのかひたすら食事に走る者、フテてスマホをいじりだす者も現れた頃、誰かのバースデーケーキが出てきて又どうにか場が盛り上がり、その場で僕は店を出たのだが>

帰り道、しみじみ思ったのだが、ああいう場で一番モテるのは、自意識過剰ではなく、あくまでも素直な態度の男女だったなあ。眉間に皺をよせる癖のある人が不人気だった。若い頃は、なかなか自分を客観視出来ないけれど。とにかく頑張れ、若い人よ。なンか、僕も疲れた…。

僕も若い頃は、彼女が僕の冗談に笑ってくれただけで、世界中が自分に笑いかけてくれたように思えた。恋愛を含めたコミュニケーションって、深刻になりすぎず、もっと軽やかであってもいいと、常々思う。(小池一夫)

6月19日

長く表現を続けていると、マンネリになる時期が必ずある。何を書いても、自己模倣である。しかし、僕はマンネリは悪い事ではないと思う。その期間は、自分の骨格を強固にしているのだ。マンネリもある期間続くと、定型を打ち破ろうとする強い願望が沸き上がって来る。それで、また新しい表現を得る。

6月20日

「人に好かれたい病」は、悪い事ではない。人の嫌な事はしないという礼儀や気遣いが出来るという事でもある。しかし最近、この病は重病化してはいないか?「人に好かれたい」が先ずありきではなく「確固とした自分」に相手が好意を抱いてくれるかどうかなのだ。好かれたり、嫌われたり、それでいい。

この「人に好かれたい病」の厄介な症状は、他人に対する期待値が異常に高い事である。好きか嫌いか、0か100かで人間関係を捉えようとする。なンとなく相性が悪い、なンとなくソリが合わない人を「嫌い」でカテゴライズしたら、世の中嫌いな人ばかりである。人との関係は、もっと緩やかで和やかに。

それに、人に嫌われてでも押し通さなくてはならない事は沢山ある。自分を圧し殺してまで、人に好かれなくてもいい。人の反応ばかりを気にして時を浪費するには、人生は大事すぎる。(小池一夫)

6月21日

過去に名作と呼ばれる漫画は、その漫画が描かれた時代と作者の年齢が上手くマッチしている。良い作品とは、作者と時代がズレていないのだ。だから、若い制作者は、妙に老成すべきではない。自分の人生に一度しか訪れない、その時代の空気の中で、のびやかに才能を伸ばす事を意識するのだ。(小池一夫)

そうやって描かれた作品は、逆に普遍性を持ち、後の時代に古びた作品となる事はない。古典となるのだ。(小池一夫)

6月22日

世界を救いたいと願う者は、先ず己を救うのだ。今年の正月のツィートで今年のモットーは「他人に優しく、自分にはもっと優しく」と書いたのだが、自分が幸せでなければ他人の幸せを願えるものではない。僕達は、仏陀やキリストにはなり得ない。エエカッコしいでは他人を救えないというのが僕の本心だ。

6月23日

エロやバイオレンス等の表現は、物語を語る上で、あくまでも調味料である。愛を基調とした物語本体がしっかり描かれた上での味付けなのだ。エロ・バイオレンス・グロテスク・悲劇は、わかり易く瞬発力があるので、一瞬売れるのだが、創作に行き詰まった時、安易に手を出すと作品そのものが自壊する。

6月25日

AKBの女の子の私的な写真が元交際相手によって暴露され話題になっているが、週刊誌はなぜこンな下司な男の片棒を担ぐのか。今週もまた、後追いの記事が載るそうだが、売れれば何でもいいのか。売れれば何でも載せるから、売れなくなるのだ。大衆を侮っているのだ。(小池一夫)

たとえ芸能人であっても、AKBのルールに反していても、一人の女性としてここまで貶められてはいけない。この若干19才の女の子の精神が弱くない事を心から望む。(小池一夫)

6月26日

日本人ほどお上に従順な国民は、他に例を見ないだろう。増税が可決したが、この増税分が社会保障と一体になっていると言われても、ほどンどの人が信じてはいないだろう。5%ぐらい上げたって、日本国民を支えていく社会保障の財源を確保できないだろう。(小池一夫)

そンな事は誰もが気づいているはずなのに、怒らない。報道機関も、怒らない。Facebookから怒りの輪が50万人以上に拡がって革命が起きた国々の様には、なりっこない。(小池一夫)

僕が思うことは、政治は国民のためにあること。まずなすべき事の第一は、被災地の救済。行政改革でムダをなくし、役人の3分の1を減らし、自分たちの禊ぎをし、然るべきして新たなる政策を打ち出す。たとえ出来なくても、方向性さえ見失わなければ政治は信頼される。(小池一夫)

6月27日

これからは、著作権というものをどう考えていくべきなのだろうか。ネットの社会は完全にソーシャルメディアの世界に突入した。だがその中で、アメリカの様に、万国共通(だった)著作権法(保護期間)を勝手に20年も伸ばしたりする。(小池一夫)

ミッキーマウスがパブリックドメインになるのを恐れた結果だろうが、こういう具合に勝手に土俵を変える者たちがいる。日本という国は土俵を変えることができない。(小池一夫)

アノニマスのハッカーたちに日本は色々と襲われているが、このガイ•ホークスの仮面をつけたハッカー集団を、どう評価するべきだろうか。中東の春を齎した英雄でもあるし、至る所に侵入して悪さを働く悪でもある。(小池一夫)

日本の改正著作権法の決議に反対しての日本攻撃だろうが、筋が通らない。こういう怪物たちがどンどン増えてソーシャルメディアを掻き乱したら、著作権なンてものは存在し得なくなるかも。(小池一夫)

6月28日

麻布十番を散歩していたら、「ぎゃーッ」とただならぬ悲鳴。何事だッ、と振り向いたら、キレイな女性が、ハイヒールの踵をマンホールの穴にずぼっと突っ込ンでおり、手を貸したのだが、そこにマンホールがある事を初めて意識しました。男は一歩外に出たら七人の敵ありというが、女性も中々大変である。

この話を周りの女性にしたら、彼女達は、マンホールの蓋の穴と排水口を激しく憎ンでいる事が判明。そして、「お気に入りの靴と下ろし立ての靴にかぎって突っ込むの法則」なるものがあるらしい。ほンと、大変そうだな…。(小池一夫)

面白い作品を作りたいと願うのなら、作者は、先ず、自分という人間を作らなければならない。架空の人生を描く為には、作者がリアルな人生を生きていなければいけないのだ。面白い作品の創作の核は、自分の中にある。そうやって描かれた作品の系譜は、作者自信の系譜に他ならない。(小池一夫)

6月29日

東北の大震災は一体なンだったのか。原発の再稼働は大自然の警告を無視している。自然は怖い。その自然の警告を真摯に受け止めなければ、また来るぞ。その時の責任を負い切れるのか。日本がなくなってしまう。もちろん私たちもいなくなる。(小池一夫)

政治家は、嘘をつくものと決めつけられている。消費税増税は、確か社会保障と一体のはずではなかったのか。それが、公共事業費に流れて行く。またもや嘘か。(小池一夫)

今日、原発の再稼働に反対して、大勢の市民が集まった。普段のデモならば、労働組合やいろンな組織、オルグなどの旗がたくさンあるものだが、そンなものは一本もなかった。純粋に市民の集まりであった事が窺える。(小池一夫)

FacebookやTwitterの呼びかけに応じて集まったからだ。中東の春を招いた様に。このままいけば、その勢いはとどまる事を知らないだろう。遅まきながら、日本もやっと若い人たちの声が政治に向けられてきた。私は、嬉しかった。(小池一夫)

6月30日

昨夜、皇居の前をタクシーで通ったら、沢山の人々が集まってデモをしていた。海外でよく見るデモの様にギャーギャー喚かず、静かな行進だった。しかし、僕は、その静かな人の群れから深い怒りを強く感じた。政府はこれ以上国民を侮らないほうがいい。人々は、今、絶望を通り越して、本当に怒っている。

6月25日 『オークション・ハウス(12)光と色・影と闇 編』 が発売されました!

Isbn9784862257291

amazon       楽天      7net

※くわしくは 小池書院ホームページをご覧ください。
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漫画スーパーワイド

オークション・ハウス(12)光と色・影と闇編


巨大な闇を暴く! それがオレの使命だッ!

類稀なる鑑定眼と贋作技術を持ち、
世界の美術界で活躍する
一人の日本人がいた。

男の名は柳宗厳(リュウ・ソーゲン)!

リュウの才能に惚れ込み、
我が物にしようと企んだ大富豪ピカード。

彼の「鉅鹿(きょろく)の街を探せ」
という遺言に導かれ、
中国・上海の地を訪れたリュウは、
正体不明の女・筮(めどき)と出会う。

世界の美術界を震撼させる
知的アクション巨編!

作:小池一夫|画:叶 精作

ISBN978-4-86225-729-1  定価:650円(税込み)  発売:小池書院

6月25日 『春が来た(5) 心友同行編』 が発売されました!

Isbn9784862258182

amazon       楽天      7net

※くわしくは 小池書院ホームページをご覧ください。
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劇画キングシリーズ

春が来た(5)  心友同行編



金曜時代劇にてドラマ化された人気作!!

仕える者を失った伊賀の忍・桜次郎兵衛、
本名・月坂小介。元伊賀の忍び。
三十八年間仕えた主を亡くし、
絶望していた時に鯉太郎に出会う。五十七歳。

十手を捨てた元同心・鯉太郎兵衛、
本名・甘利長門。
六十歳まで同心として生きてきたが、
職務に絶望し十手を捨てる。六十一歳。

職を失い、人生に絶望した二人は、
これまでの名を捨て、
それぞれ『鯉太郎兵衛』と『桜次郎兵衛』として
第二の人生を生きると決めたのだった。

その結果、
次郎兵衛は後家のりせと出会い結ばれ、
太郎兵衛もまた、りくという謎の女性と出会い、
夫婦となった。

しかし、太郎兵衛が愛したりくの正体は、
四人もの人を殺めた
『火栗のいが』という女盗賊だったのだ。

りくは磔の刑を申し渡され、
次郎兵衛が愛したりせもまた、
盗賊に襲われ命を奪われてしまった。

悲しみに暮れる太郎兵衛と次郎兵衛は
江戸を離れ、旅に出たのだった。

泣いて笑って男の夏…。


作:小池一夫|画:小島剛夕

ISBN978-4-86225-818-2  定価:680円(税込み)    発売:小池書院

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