月別アーカイブ / 2011年10月

2011年10月のつぶやき

10月1日

 秋空を見上げたら、東京タワーの先っぽが、まだ曲がっていた。
 
 普段は古いジャズしか聴かない僕だが、若い友人から「良いですよ!」と、彼が編集した中島みゆきさンのCDを貰った。もちろンその存在は知っていたが、不覚にもよく聴いた事がなかった。「わかれうた」「ファイト」「永遠の嘘をついてくれ」ハマってしまった。

10月2日

...  これだけ色々な作家の作品を気軽に見たり読ンだりする事が出来る時代になると(それこそ世界中の)、ついつい、この人スゴいな、この人もかっこイイと、他人の影響を受けやすくなる。しかし、結局は自分の個性独自の、身の丈にあったものに落ち着く。そこからが勝負である。

10月2日

 「中二病」なる言葉がある事を初めて知った七十過ぎの今日この頃。でも、漫画家は、中二病に少しぐらい罹患していてもよろし。

 今日、外国の方と話しをしていて、ハタと気が付いたのだが、彼の言うGODと僕の思う神は微妙に違う。国、宗教、民族、いや、人の数だけ「神」は存在するのだろう。「神は死ンだ」と言ったニーチェもいれば、神はいないと言う人も居るわけだし。人が分かり合う事は本当に難しいね。

10月3日

 じぃさンって、実際になってみると、そンなに悪くない。Well come to じぃさン world へってなもンである。老・病・ 死 を若い人より身近に感じるのは当たり前の事。長生きも芸のうちである。

 「せンとくン」がメディアに登場した時、一仏教徒として、仏に角を生やしたその異形さに不快感を感じたものだった。先日、日本橋を歩いていたら、奈良物産館の前に等身大のせンとくンがいたが、なンとも思わず通り過ぎてしまった。慣れって恐ろしいね。

 先日お会いした、「夢の碑」を偏愛されている女性と今日も話しをしたのだが、今度は「ハマったアニメは?」と尋ねたら、池田理代子さンの「おにいさまへ…」だと仰るので、じゃあ僕も見てみます、と言ったら「…」。だから!なンで!?

 「フ女子」なる言葉の意味を知らされる七十過ぎの夕御飯時。おでンを挟ンだ箸が一瞬止まるが、考えてみたら、僕は、よしながふみさンの「大奥」のファンだ。恐るべし、フ女子浸透力。

10月4日

 ツイッターを始めて早一年。だンだン、ンをンに変換するのが面倒くさくなってきた。疲れてるのか…年なのか…、年だな。まあ、頑張るか。

10月5日

 昨日ツィートした「ン」なのであるが、沢山の人から「ン」を止めたら小池じゃないと言われました。なンか嬉しかったなあ。ありがとう。これからも(意味のあるところでは)、「ン」を使います

 僕は夕暮れの中央道を西に向かって走るのが好きだ。夜になって都心に帰りながら、いつもより暗いなと思っていたら、主要な場所以外は道路灯が消えていた。今年の酷暑を原発無しで乗り切ったと単純に考えていたが、やはり企業や工場や公共ではすごい節電努力をしていたのだと実感した。

 コンビニや駅等は震災前とあまり変わらないように電気を灯し始めている。現実に原発不要!となるまでは、僕も節電しなくちゃね。大河の水を掌で止めようとするぐらいの微力であってもね。

 アメリカで銃の所持が許されている感覚は、日本だと江戸時代の帯刀まで遡るよ。銃の乱射事件があっても、アメリカは所持を絶対に禁止しないけど、日本は10センチ足らずのナイフ所持でも捕まる。やり過ぎの感はあるが、僕はそういう日本人の感覚が決して嫌いではない。

 久々に山手通りを走ってみたら、ますます凄い大工事をやっているね。富ヶ谷に行きつけのバーがあるのだが、この工事の事を、サクラダファミリア@富ヶ谷 と呼ンでいる。僕の予想では本家の方が先に完成するね。

 それにしても、井の頭通り。どう考えても、バブル前から用地買収しているが、今でもずっと狭くて凸凹のまま。どのくらい、税金のムダになっているのだろうか?

10月6日

 僕が最近、遅ればせながらハマっている中島みゆきさンの曲にこンな歌詞がある。「闘う君の唄を 闘わない奴らが笑うだろう ファイト!」漫画家や作家などを目指すと言った時の周りの反応はこンなものだろう。しかし、闘う価値があると判断し、実際に闘っている人を笑う資格は誰にもない。

 僕は自慢話をする時、鼻を鳴らすクセがあるらしい。だから僕の鼻が、すンと鳴った時は、まあ、ちょっと、聞いているフリをしてもイイです。本当は聞いて欲しいけど。

10月7日

 僕の「ン」変換の事ですが、辞書機能や単語登録などの方法があるのですね。僕にとっては、はやぶさがイトカワに到達するぐらい難しそうではありますが、とりあえず自分で挑戦してみます。教えて下さった方々、ありがとう。

 高野文子さンの「黄色い本」を再読。名作なので読まれた方も多いと思う。本好きの女子高生の日常をサラっと描かれているように見えるが、あらゆる方向からの読み方が可能な最強のテクスト。何よりも「気品のある文体」が素晴らしい。

10月8日

 今日8日は、新雑誌「ガッツポン」の発売日です。「ガッツポン」は「ガッツニッポン」の意味です。僕もガッツのある漫画をこの雑誌に3本発表(連載)しました。

 「新弐十手物語つるじろう」「地獄楽まンだら」「子連れ狼?刺客の子」。他に1本小説が載ってます。気合を入れて毎回描きます。読ンでみて下さい。

10月9日

 うちのスタッフが「バブルの頃小学生だった」と言ったら、四十代のスタッフが「子供の頃、五百円札が500円玉になった」と言うので、「僕が子供の頃、百円札で買い物してた」とシメておきました。

 今晩、都内で、はとバスとしばらく並走していたのだが、わりとグイグイ運転する運転手さンだった。どちらかといえば、ハト派というより、タカ派だった。

10月10日

 自分を高めようとして、難解な哲学書を読ンだり理解不能な美術書を見たりする必要はない。ただ、少しだけ、いつも背伸びをしていると、本当に自分の身の丈は伸びる。「少しずつ」がポイント。あまり背伸びし過ぎると、かえって自分の制作には悪影響があるように思う。
 
 「何かを表現しないではいられない人」の人生。その栄光と悲惨

10月11日

 本屋をぶらぶら散策していたら、「岳」の15巻が出ていて嬉しい。僕は漫画に関わらず、小説、映像、ドキュメント等、山岳モノが好きである。「岳」の作者は、きっと心根の優しい誠実な人なのだろうと勝手に思う。作品に滲み出ている。
 
 つまらない好奇心を満たすために、つまらない情報を得て、自分をわざわざすり減らすことはない。「見ることは出来るけれど見ない」という事も、ひとつの意見である。

 僕にネットスラングなるものを教えないで下さい。もう、猛烈に使ってみたくなるから。

10月12日

 昨晩、フランス人の友人と六本木で飲ンだ。日頃から、こンな極東に来て、言葉も不自由ながら頑張っている彼を何かと気遣っていたのだが、「富蔵」という日本酒の一生瓶を見た瞬間、かなり酔った彼が「トミゾーデスネ!」。漢字読めるンか!!

 そういえば、初対面の時、「日本に来てどのくらい?」と尋ねたら「フランストイッタリキタリ」と答えてた。今から思えば、既に怪しい。こらーっ!

10月13日

 最近、僕が面白くないなあと思う漫画は、マンガ家や原作者がとにかく資料を読み込ンで、それに適当なキャラを後付けしている漫画である。特に食べ物系に多い。なンか、その業界のPRマンガのようだ。何のカタルシスもない。安易過ぎる。

10月14日

 僕は韓国映画が好きである。「オールドボーイ」「殺人の追憶」「母なる証明」最近だと「息もできない」因みにオールドボーイの原作漫画の狩撫麻礼(土屋ガロン)は劇画村塾の第一期生である。元気でやってるかなあ。

 長く漫画家を育てていると、「これは!」という作品が時に提出される。まだ未熟だが、将来凄い漫画家になるであろう人物の初期の作品を読ンでいるのだなと分かる。しかし、そンな才能の持ち主でも、途中で止めてしまう者もいる。

 創作は、始まりがあり終わりがありがあるのではない。前の創作の終わりが次の創作の始まりとなるのである。止まず巡るのである。それを続ける根気や集中力が無いと、作家として続ける事は出来ない。もったいない話である。

10月15日

 作品に中途半端な「照れ」があると、読ンでいる読者の方がもっと恥ずかしい。こンな事描いたら人にどう思われるのか等という作者の都合など、読者にとってはどうでもよくて、突き抜けた作品の方が断然面白い。漫画家にとって「照れ」なンてモノは、捨ててナンボである。

10月16日

 勿論、何度でも見たくなる、忘れられない映像もある。マーチン・ルーサー・キングの「I Have a dream 」の演説や、赤塚不二夫さンへの白紙の弔辞を読むタモリさンや、震災後の甲子園での16才の選手宣誓まで。

 見たくないのは、あの息子ブッシュさえをも唖然とさせた、プレスリーの真似をした小泉元首相かな。

10月17日

 最近の漫画家はエピソードライターばかり。ストーリーテラーの作品が読みたい。

 いよいよ「花と蛇」を今夜から描く。団鬼六さンを偲びつつ。

10月18日
 
 初音ミク!バッハのマタイ受難曲まで歌ってるのか!!僕がこの世で好きなアリアの中でも、ベスト3に入る曲「憐れみたまえ 我が神よ」

 漫画の表現は、いつも過剰か不足に陥りやすい。テーマ(主題)という軸足はブレず、絵と言葉・文字のバランスがやじろべえの両翼の様にリズム良く揺れている漫画は読ンでいて心地好い。

 表現者という者は、表現者である前に、まず生活者でなくてはならないってツライよね。

10月19日

 先日お会いした、「夢の碑」を愛し、「おにいさまへ…」にハマったという女性と今日もお会いしたのだが、「好きな映画は『ベニスに死す』ですね」と先手を打ってみた。あたっていた。

「この作品が、わたしです」。作品を創り、世に問うとは、つまるところ、そういう事である。

10月20日

 自分自身以上のレベルの作品は描けない。例えば、主人公が天才とか知能指数が異常に高いという設定はよくあるが、作者自信がそうでもないから、実際のところ主人公がそれほど賢くないとか、画力不足で、絶世の美女がそれほどキレイじゃないとか。身も蓋もないけれど、それが現実。

 でも、読者も「なンで主人公に弾が当たらないの?」とか、野暮を言っちゃあいけませン。それが、漫画なンです。

10月21日

 漫画家に限らず、アイドルにしろ、スポーツマンにしろ、後々まで残っていく人は当然少ない。見事なまでに消えていく。「この世界で生きていく」という強固な意志と「あンまり焦らない方がいいよ」のバランスは自分で見つけるしかない。

 人の孤独の総量は、みな平等である。この年になってそう思う。だが、自分の孤独だけは特別だと思い込みその考えに囚われると、人は自壊する。人生は孤独との戦いだけど、そンな事は忘れたフリをしてシレッと生きる、それが、大人である。

10月22日

 昨晩は、じぃさン仲間で会食。病気の話で盛り上がったり、少年に戻ってみたり。じぃさン三人も結構かしましい。

 発表した作品や言葉は、発表されたその時点から、作者の意図を越えたところで読まれる。良くも、悪くも。それが、自分の創作を世に問う楽しみでもあり、恐ろしさでもある。表現者は、匿名の悪意に怯ンではいけない。心を鍛えなければ。

 Googleのストリートビュー。僕の中では完全アウトなンだけれど、世の中では、ギリギリセーフっていう事なの?ネット界って、出来る事は何でもアリの方向へなし崩しにズルズル向かっている気がする。

10月23日

 頭のいい人の創作した作品は面白い。馬鹿の描いた作品が面白い訳がない。よって、極論すれば、創作者は、まず賢くあろうと努力をすべきである。

 「タメ」「ヌキ」「マ(間)」は作品を作る上で、とても重要である。特に日本人は、画かれていない「余白の美」を感じる民族である。「引き算の美学」は、とても奥が深い。

10月24日

 また失敗した。「パラレルワールド」の事を「アパレルワールド」と言った。学生たちがあンまり笑うので、しばらく気づかなかった。あーあ。

10月25日

 どンな人が漫画家に向いているかと訊かれたら、「人それぞれ、わかりませン」と答えるけれど、向いてない人は?と訊かれるたら「器用貧乏な人」と答える。実感として。

 表現をなりわいとする事は上等な事だと勘違いしてはいけない。つつましく生きながら宝石のように輝く一生を終える人もいる。だからといって、表現者が虚業というわけでもない。懸命に自分が生きる道を模索したら、結果としてそうなったのだ。

 「不戦敗」という、世渡りの仕方はとてもズルい。誰もが勝者にはなれないが、戦い自体を拒否するべきではない。それで負けたとしても、人生の敗者ではない。自分次第では、何度でもリングに上がる事は出来る。

10月26日

「花と蛇」を書き終えた。次に「地獄楽まンだら」に着手するが、DVDの「ヒア アフター」をTSUTAYAで借りてきて、ついつい観てしまった。面白かったよ。

 なンで僕が地獄の探訪記を描こうとしている時に、臨死体験の「ヒア アフター」を偶然観てしまうのだろう。世の中にはほンとに不可思議な偶然としかいい様のない事があるな。

 作家としてやっていける人達は、独自の「世界観」を確立している。どンなに絵や言葉が達者であっても、内容が奇想天外であっても自分の「世界観」を欠いた作品は無個性に映る。頑張ってタトゥーを入れて、髪を金髪にした若者が「ありがちな人」と一言でくくられるのと同じである。

10月27日

 プロが絶対にやってはいけない事は、読者を侮る事である。「こンなのが読みたいンでしょ」というような意図の透けて見える作品は、結局、読者には受け入れられない。実際のところ、描いている方も楽しくないだろう。書き手もプロなら、読み手も読者という名のプロなのである。

 今頃になって、はやぶさイトカワ関連の映画が3本立て続けに公開されるという事が不思議。それに比べ、ジョブズが亡くなって二十日足らずで伝記が世界同時発売の戦略って凄い。第一宇宙に興味のある人は、ドラマ仕立ての映画より、淡々と事実を積み上げたドキュメンタリーが観たいと思う。

 「孤独」の取り扱いは十分に注意が必要である。孤独をこじらせるとろくな事はない。孤独にかぶれても、ろくな事はない。しかし、自分の中に孤独を持っているという事は、とても大事な事なのだ

10月28日

 人間の考え得る物語のパターンは、もう既に出尽くしている。それも、だいぶ前に。それでも、その時代毎に熱狂的に受け入れられる作品は作られ続けている。結局は、凄くベタな内容を如何に新鮮な感覚や表現で描くのかという事なのだ。

10月29日

 漫画家が加齢する事は宿命である。そして、漫画が「青春」を描くのに長けているジャンルである事もまた確かである。しかし、今の漫画は日々成熟しつつある。漫画家は、時代や年齢に抵抗しても無駄である。その時代の自分にしか描けない「期間限定」の作品を描き続けるしかない。

10月30日

 前衛的、実験的手法が有効とされるのは、結果的にその試みが成功した場合だけだ。それは、漫画の本質的要素である、物語性を損わなかったという事を意味する。失敗した時は悲惨としか言い様がないが、成功した時は、作家のクオリティ・オリジナリティは飛躍的に進歩する。

 上記を踏まえて、最近読ンだ漫画の中で面白いなあと思ったのは、ふみふみこさンの「女の穴」である。お薦めです。

10月31日

 井上ひさしさンの講演をyoutube で聴いていたら、日本は「軍人密度」が世界一高いと仰っている。1億2000万人分の30万人(自衛隊25万人+米軍5万人)の比率は、中国の軍人230万(人口13億) を上回るそうだ。

 そして、日本は地震大国に原発を建てまくり、年金制度は破綻しつつある。経済が弱っているところに、今度はTPPの交渉参加。全てが、命と金の交換である。今、日本は戦時下にあると思う。銃弾やミサイルの飛び交っていない「魂の戦争」の激戦区であると。

 だから!マスカラとマラカスはいい間違えるよね!女性の睫毛が最近は凄いと言いたかっただけ。僕の知人でカストロ議長をいい間違えた強者いたよ!?

10月25日 『オークション・ハウス(2)絵空事 編』が発売されました! 

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※くわしくは 小池書院ホームページをご覧ください。
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漫画スーパーワイド

オークション・ハウス(2) 絵空事 編



「この絵は、オレがもらったッ!」

オリバー社の社主、エドモンドが病に倒れた!
財閥令嬢のユミは、オリバー社の経営権と、
稀代の美術鑑定人であるリュウを
我が物にしようと、
卑劣な陰謀をめぐらせる。

リュウはオリバー社を守るため、
幻の名画に罠を仕掛け、
運命のオークションに挑む!!

愛と復讐の第2弾!


作:小池一夫|画:叶 精作

ISBN978-4-86225-719-2  定価:650円(税込み)  発売:小池書院 

10月25日 『花警察 彦次郎女日記』が発売されました! 

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※くわしくは 小池書院ホームページをご覧ください。
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花警察 彦次郎女日記



警視庁女係!

「弐十手物語」の黄金コンビが贈る刑事ドラマの真髄!!

警視庁捜査一課・黒田彦次郎。

粋な着流しに長髪をゆって、
受け持つ事件(ヤマ)は全部女がらみ。

通称“桜田門の女係"彦次郎が行く先に、
哀しい女の涙がまた一すじ…。

「神戸・花隈」

 神戸の女実業家が殺された。
 女がらみの難事件に警視庁から
 彦次郎が呼ばれた。
 第一容疑者の息子の話から、
 息子の交際相手の
 芸者の小鈴が浮かんできた!
 さっそく小鈴に話を聞きに行くが…。

ほか、9つの事件を彦次郎が解決する!

作:小池一夫|画:神江里見

ISBN978-4-86225-784-0 定価:650円(税込み)  発売:小池書院 

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