水木しげる先生は「目に見えないものを信じなさい」と言ったが、
 僕もそう思う。

 世の中に存在しないものを創りだすクリエイターは、
 「目に見えないもの」を信じなければいけない。

 その点では、子どもたちは皆、「目に見えないもの」を信じ、
 存在しないものを創りだすクリエイターなのだ。

 大人は「目に見えないもの、そンなものは無い」と、はねつける。

 現代社会では、「目に見えないものは無い」と無理やり信じこむことが、
 子どもから大人への第一歩になっている。 

 でもやっぱり。
 子どもは、目に見えないものを感じる。
 大人に対して「どうして有ることが、
 わからないンだろう」と思っているに違いない。


 そんな子どもたちの願望に応えて、大ヒットしているのが、レベルファイブだ。


 このキャラクターを創ったレベルファイブというクリエイター集団は
 子どもが好きなものを研究し、欲しいものを熟知しているンだろう。

 だからこそ、目に見えないものを見えるようにするアイテムを生み出した。
 
そう。
 妖怪ウォッチだ。


 僕は前から、
 レベルファイブはキャラクターの創り方、動かし方、活かし方が
 抜群だなあと思っていた。
 聞けば、堀井雄司君とドラゴンクエストで一緒に仕事をしていたということなので、
 先日、僕は堀井君に紹介してもらい、

 レベルファイブの社長であり、
 最前線のクリエイターである日野晃博さんにお会いして、

 そのあたりのお話を伺ってきた。

  160120_k_0149

 対談を終えての感想。

 「僕も妖怪ウォッチが欲しい!」

 お店で売っているから買いに行けばいい?

 違うンだ。ケータ君が持っているような、

 本当に妖怪が見えようになる「妖怪ウォッチ」。 


 クリエイターは、自分自身がその手で「目に見えないもの」を描き出し、映し出す
 「妖怪ウォッチ」にならなければならないンだなァ。

 ってこと。

  僕はクリエイターにそのキッカケを囁くウィスパーでもいい。

 このレベルファイブの日野社長との対談の内容は、

 次のストレンジャーソレントに掲載しますので、

 しばらくお待ち下さい。


 面白いぜぇ!


(小池一夫)

 


人生相談の二回目です。

(質問)

私は、イライラしているときや疲れているとき、自分のことしか考えられなくなります。
なので、そういうときに街中で人にぶつかったりしても、謝らずにそのまま通り過ぎてしまいます。
そしてしばらくして、冷静になってから後悔するのです。
なぜあのとき「すみません」の一言が言えなかったのかと。
何も悪くないのに私のせいで嫌な気分にさせてしまった方々のことを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいで…。
どうやったら自分の感情(行動?)をコントロールできるでしょうか?稚拙な相談ですみません。


(僕の思うこと)

この方と同じような相談が、複数ありました。
感情のコントロールの対処法です。全然、稚拙な相談ではありません。

一言で言ってしまうと、人間の性格は一生変わりません。痛い目にあったり、反省や後悔をしたり、
損得勘定で対処法を学習するだけです。
しかし、それが悪いことだとは思いません。

気が短い性格に生まれてくるのも、のんびりやさんに生まれてくるのも運命です。
ただ、先天的な気質も、苦労して後天的に手に入れた気質もその人の性格だと思うです。

一度でも働いたことがある人になら分かると思うのですが、お客さんや受け手の「ありがとう」
の一言が、どれだけ嬉しいことか理解できると思います。
それを、「すみません」と自分が言われたときの自分に置き換えればいいのです。
人にぶつかったときに、すみませんの一言を言われたときの清々しさを想像するのです。

チッと思っていても、あえてすみませんと言うと、自分で決めるのです。
決意するのです。
それは、自分の感情に嘘を付くことです。
偽善です。しかし、偽善でいいのです。

「やらぬ善より、やる偽善」です。

僕の経験では、「偽善」が「善」に昇華した感情もあります。
沢山あります。

人にやさしくしていたら、他人にもやさしくされ、よって自分はもっとやさしくなれるのです。

ただし、自分がやさしくしたからと言って、相手がそれに答えてくれると思ってはいけません。
その人にも、やりきれないことや、やさしさに答えられないほど辛い状況にあるのかもしれませんから。
あなたの、以前の姿です。

感情をコントロールすること、それは「覚悟」です。

自分がイライラしていようが、疲れていようが、自分は人にやさしくあるのだという、偽善上等の覚悟です。

(小池一夫)







 人生相談の第一回目です。

(質問)

 お聞きしたい内容は「友人との距離感について」です。
 私は去年友人との人間関係でゴタゴタが続きました。
 色々な原因はあるのですが、その中のひとつである「距
離感」について考えていました。

 私はどうも、何でも話し合え助けあえるような距離感の
近いべったりとした熱い友情にどこか憧れを抱いている
ようで、相手に踏み込みすぎてしまったり、期待をして
しまうところがあるようです。
 『君子の交わりは淡きこと水の如し』という諺があるよ
うに、やはりほどほどの距離感が友情を長続きさせる秘
訣なのか…?と思う半面、どこか寂しさも感じている自
分がいます。

 小池さんは80年生きてこられて、友情というものはやは
りほどほどのさっぱりとした距離感が適切であると感じ
ますか?
 また、友人と付き合う際に気を付けていることやコツな
どがありましたら、ぜひ教えていただきたいです。


(僕の思うこと)

 まず、はっきりとさせておかないといけないのは「友情」と「愛情」の違いです。

 ご自分でも、

「私はどうも、何でも話し合え助けあえるような距離感の
近いべったりとした熱い友情にどこか憧れを抱いている
ようで、相手に踏み込みすぎてしまったり、期待をして
しまうところがあるようです。」

 と書かれていますが、その感情は、友人に求めるような「友情」ではなく、
 恋人や伴侶に感じる「愛情」です。幼い子どもが、母親に求める種類の感情だともいえます。
 そして、それが恋人や伴侶であったとしても、その関係はいずれ破たんします。
 
 人との関係は、近すぎて壊れるのです。

 僕は長く続く友人達とは、2,3年ぶりに会ったとしても、2,3日前に会ったかのようにふるまえます。

 そして、友人関係の一番大切なキーワードは、「敬意」です。

 お互い「敬意」を持っていれば、人と人の距離感は定まります。
 心の距離感だけでなく、実際どう接するべきなのかの態度の距離間も定まります。
 あなたは、その友人に、敬意を持っていますか?

 最後に、友人と付き合う際に気を付けていることやコツを教えてくださいとのことですが、


 「礼節を持って平等」

 です。どんなに親しくても礼節を忘れず、地位が違っても人としては上下関係のない平等な友人同士だということを忘れてはいけない。そう思っています。

 (小池一夫)

↑このページのトップへ