人生相談の8回目です。


(質問)

私は31歳で無職です。
パニック障害と鬱、拒食症と5年以上戦っています。
私には夢がありました。今たくさんの時間があるのにそれに向かって努力したいのに出来ないやらない自分に悔しさや悲しさがこみ上げます。
また31歳で無職、貯金無しの自分が不安でたまりません。
病気の治る目処もたたず毎日何もできず横になってばかりで、最近はそんな生活につかれて早く消えてしまいたい気持ちばかりです。
もしよかったら何かアドバイスを頂けないでしょうか?暗い話ですみません


(僕の思うこと)


僕は、以前、こうツイートしました。

「10代で頑張れなかったら、20代で頑張ればいい。20代で頑張れなければ、30代で頑張ればいい。
何十代から頑張ってもいいのだ。そうすれば、行きたかった場所には行けないかもしれないが、行くべきところにはたどり着けるだろう」

あなたの夢が何なのかは分かりませんが、今の状態では夢に向かって頑張るという状況ではないように感じます。
夢を持つのは素晴らしいことですが、夢に近付いていないことに焦るあまり、自分をより一層追い込んでいるようにも思われます。

先ずは、パニック障害と鬱、拒食症を少しでも改善していくことが先決です。
それらを改善していくうちに、新しい夢が生まれるかもしれません。

夢とは、第一候補の夢ばかりではありません。
第二候補の夢でも、第三候補の夢でも実現すればいいのです。
むしろ、第一候補の夢を実現できる人の方が、圧倒的に少ないのです。
皆、第一候補の夢を叶えられなかった悔しさや悲しさを乗り越えて生きています。

第一候補の夢が叶わなくても,誇りを持って生きているのです。

そして、あなたの症状が改善できるのではないかと僕が思うのは、
5年間「戦っている」と表現されているからです。

「戦っている」、すごいことです。

しんどい時は、清潔であたたかな布団で横になる。
そのことに罪悪感を持たない。
しかし、気分が優れている時は、たった一つ何かをこなしてみるのです。

僕の経験で言えば「綺麗にすること」がとても有効でした。
自分の寝ている枕カバーを変えるのでもいい、ゴミをまとめるだけでもいい、
トイレだけでも掃除するのでもいい。

何でもいいから、どんなに小さなことでもいいから、何か一つを成し遂げるのです。

また、31歳で無職、貯金無しの不安と書かれていますが、仕事が無い、貯金が無いという不安は
50代だろうが、60代だろうが、多かれ少なかれ、一部の大金持ち以外、皆持っていますよ。

あなたは、全ての不安に答えを求めています。

僕の答えは、
「あきらめなさい、色々なことをあきらめなさい。」です。

心の病気になったことも、将来の不安も、第一候補の夢も、全部あきらめなさい。
あきらめて、見えてくることがあるはずです。

解答不能を答えにして、前に進むのです。

そうすれば、行きたかった場所には行けないかもしれないけれど、行くべきところにはたどり着けます。





人生相談の7回目です。


(質問)

私は今、高校3年の者です。
自分の考え方や気持ちのあり方について悩んでいます。

年齢を重ねるごとに、周囲に対しての嫉妬心や羨望が強くなっていきます。その感情を言動として表す事はないのですが、ずっと心の中でもやもやしていて霧が晴れない状態です。
生まれ育った環境、経済状況、容姿、才能…そんなもの比べてもキリがない事は頭ではわかっていますし、まず努力をしてみろとも自分に対して思います。

自分でも何故、他人に対してこんな感情を必要以上に抱いてしまうのかわかりません。本当に性格が歪んでいるなと思います。こんな自分とどのように向き合い、対処していけば良いでしょうか。

お忙しいとは思いますが、アドバイスをいただけると嬉しいです。


(僕の思うこと)



年を重ねるごとに、ねたみ、そねみ、やっかみの感情が育つのは、あなただけではありません。

なぜだと思いますか?

なぜなら、「若者は自分の可能性の大きさがどんどん目減りしていることを自覚し始めるからです」。

例えば、同じ世代の活躍するスポーツ選手や芸術家は、幼少の頃から環境に恵まれ
練習を欠かさず、才能を活かしきり、目標が定まり、まぶしい存在です。

それに比べて自分は、まだ何者でもない、そしてや、何者になれるのかさえも分からない。
嫉妬心や羨望が強くならない方が、おかしいぐらいです。
性格が歪んでなどいません。
順調な心の発達です。

子どもの頃は、何者にでもなれる可能性があった。
しかし、高校三年生から始めても、天賦の才能や子どもの頃から環境を与えられていた者には敵わない。
とても厳しい現実です。

しかし、それが何だというのでしょう。

18歳のあなたには、信じられないぐらい大きな、「あなたに向いた」可能性があるのです。

あなたが、何者になりたいのか、どういう人生を送りたいのか、目標がはっきりすれば、
自ずと他人に対する嫉妬心や羨望に収まりがついてきます。

しかし、全くなくなるわけではありません。
青年には青年の、中年には中年の、そして老人には老人のねたみ、そねみ、やっかみがあります。

そういう感情はだんだんと飼いならしていくのです。
上手く飼いならせた人が、人と自分を比べず、平穏な心で日常を送ることが出来るのです。

そして、あなたは、羨ましいという気持ちを言動に表すことはないと書かれていますが、
あの人が羨ましいと、素直に言えなかった感情こそが、負の感情に変わるのです。

あえて素直に、「いいなあ、羨ましいなあ、素敵だなあ、あんな風になれたらなあ」
と言ってみると、心が軽やかになりますよ。

だから、僕も素直に言います。「いいなあ、18才。何だってできる」と。

(小池一夫)





人生相談の6回目です。


(質問)

相談させていただきたいことがあり、コメント致します。
ここ数年、辛い事が続き、自分の人生を終わらせたいと思うときすらあります。
そんな時に、まだ大好きな人達と笑っていたい、一緒に楽しい時間を過ごしたいと思いとどまります。
けれど、生きる理由として周りの大切な人達を利用しているようで、
時々無性に嫌になるのです。
(そして、それでいいのだと誰かに肯定して欲しいのだとも思います)

先生の率直なご意見をお聞かせ願えないでしょうか



(僕の思うこと)


生まれる前は「無」です。自分が死んだ後も「無」です。
自分は、永遠のほんの一瞬を生きているだけです。

もっと正確に言えば、両親が性交渉をする瞬間まで此の世にいない「無」です。

どんなに辛いことがあっても、自分から無に戻ることはありません。


「生きがいとは、突き詰めれば、『人』です」。

あなたの言われるように、生きる理由は、まだ大好きな人達と笑っていたい、一緒に楽しい時間を過ごしたい
ということなのです。
生きるために、どんどん人を楽しみなさい。人を利用しなさい。

僕も、死んだ方が楽だな、というような地獄も経験しました。何度もありました。

しかし、80才になって出した結果は、「死ぬまで生きてやる」です。

僕を好きでいてくれる人のためにも長生きしたいし、
僕を嫌いでいる奴らのためにも、嫌がらせで長生きします。

人間の死因は、「老衰」がいちばんの幸せです。
そして、それは、ただの老衰ではありません。
死ぬ一瞬前まで、ハッピーでいることが、大切な人のためであり、敵に対する最大の復讐です。


生きなさい。
大事な人のためにも、あなたの敵のためにも。

死ぬ日は、一生で一回きりです。

そして、今日が、死ぬのに一番いい日という最良の日は、老衰で死ぬ日、一択です。

それ以外にありません。

最後に一言。

誰かが死にたいと思った時に、それを思い止めるような、利用されるような人間になることを忘れてはいけませんよ。

あなたが、そうしたように。

(小池一夫)




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