いつかみた映画をひたすら挙げ続けたい、ミタメモ。

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脚本クラスの友達が、
自分の物語づくりをがんばっている。

彼女は絵画やインスタレーションなど
視覚的な芸術の専門家だからか
言葉で物語を構成していくタイプの
ほかの生徒や先生とは
思考のプロセスがちがうらしい。

完成映画を見せるならいいけど、
教室で、作りかけの物語を
ワークショップするには
そうした言語化脳の人々に対して
伝えたいことが伝わらないという
苦労が多いみたいだ。

かく言う私もどちらかといえば
言葉で物語と格闘するほうなので

友の理解者になりたくても
なかなか完璧とはいかない。

それでも彼女の物語で
私が心を掴まれるのは

知識や芸術を求めた主人公が
出会いや葛藤の果てに
映画の最後のほうで

飛ぶ、

ってとこなのだ。

心の中の葛藤の果てに

その解決の形として

人が

飛ぶ!


実は若い頃、わたしにも
飛ぶ話ばかり書いていた時期が
あったのだけれど

仕事も含めて書く物語の数を
私なりに重ねるうちに
同じモチーフばかり使うわけにも
いかなくなるし

自然にその欲求を
忘れていたように思う。

それをいま、中年も中年、
てか老年初期? くらいの歳になって
出会った友達
(彼女も若くはないはず)
に思い出させてもらったという

嬉しい出来事なのですが

そういえばその感覚、

この映画、
バードマン
でも
あったなあと

久しぶりに思い出した。


理屈でいって、
人は空を飛ぶもんじゃないし

物語の中で、
人が飛ぶための物理的な理屈が
積み重ねられているとは
思えないし、

いや、ほんとに飛んだの? 
それもわかんないかも
嬉しい結末でもないのかも
もしかしたら悲劇かも
喜劇だとしても皮肉かも


でもさ、
ここまで悩んで、迷走して、
そしたらしまいにゃ、


人はこんなふうに
飛ぶんだよ そだろ?


とやりきれる力のある
物語を作るなんて、


夢だなあ。
こんなの。


ジブリ映画も、やっぱ飛んでほしいしな。


この監督、役所広司や菊池凛子が出てる、4組の人々の悲劇をよどみなく語っていくBABELも撮っていて、物語を一本の映画にまとめ上げる構成力がもの凄いのだと思うのだった。