とにかく毎日なんか映画を思い出して書きたい、ミタメモ。


昨日はトイストーリーの
ボーのキャラクター変化について
少しだけ書いた。

純粋で美しく、はかないことが
魅力とされたキャラクターが
数年を経て
強くてカッコいいキャラクターに
変化していて

現代の観客が求めるキャラクターを
ピクサーはそういうふうに解釈してるのか、

と、その柔軟さに感心した。

なーんて、書いてると、

今の時代になにいってんのー
けっこうあたりまえっしょー

と思われるかもしれないけれど

娯楽作品のキャラクター造形って
意外と極度な保守性を
頑固に保ちがちだったりするのだ。

多くの人に好まれるキャラクターを、
と、意図することは、多くの場合
先進性と相反してしまう。

べつに娯楽作品は
ビンビンに最先端を走らなくっても
いいんだろうけど、
現代の、しかも若年層の水準よりも
遅れてしまうようでは

クールな作品にはなれない。

日本のアニメを見てよ……

かわいいとか、魅力があると設定される
女子キャラを見てよ……

設定を作る側が
「これが多くの人にとって魅力的だろう」
と考える人間像が、
古すぎるのでは!?
と、思うことがしばしば。
(全部じゃないです、もちろん!)

ほんとに?
ほんとにそれが、
物語の中心近くに位置する人間像として
魅力的だとおもってんの?

と、小一時間、問い詰めたくなることが
しばしば。
(だれを、というわけじゃないんです、
もちろん)


さて


そういった問題に
真正面から斬り込んだのが
この、
ズートピア
by ディズニー。


主人公は、小さなうさぎさん。

この架空の動物世界のなかでも
うさちゃんは小さくてかわいい存在で
あることが期待されている。
 
でも、
このうさちゃんは、
そんな範囲をはみ出した、
警察官になりたいんだよーッ!!

というわけで
まわりともめたり
自分自身の限界と戦ったりしながら
夢を追いかけるわけで


ちっちゃくてかわいくて純粋であることを
求められる世界で
そうでない自身を求めてしまった
ことがあるひとにとっては

共感必至のストーリー。

さらに、ライバルであり友達でもある
キツネさんの描き方がまた
慎重でいい。

キツネさんは当然のように、
うさちゃんは小さくてかわいいもんだって
思ってるから
うさちゃんとケンカするんだけど、

それはキツネさんが
バカだからとか
悪いキツネだからだとか
そういうわけじゃないんだよ、

偏見をもってしまっているのは
個人が悪いとは限らず、
その社会の中で
自然に持つようになった場合も多くて

そんなあらゆる偏見は
社会のどこにでもあって

だれでも持ってるかもしれなくて

だからこそ
みんながそれぞれ自分の偏見を
理解して踏み越えることで

キツネとウサギだっていい友達になれるよ!

としか。
いいようが。
ない。

えらい。ちゃんとしてる。


たいへんなはずなんだよね……
物語を作る側だってもちろん、
その、
偏見をもちがちな社会の一員なので

ある程度の客観性を保ちつつ
別の複数の、人格の
客観性を保てない状態を
かき分けていくのって。

そしてその対立で
あるひとつの
否定しようのない結論が見つかるよう
導いていくのって。


えらい。


あと、

男女の友情ってあるよね? ていう
ほんと、もう、基本みたいなとこを
認めてくれるのが嬉しい度★★★★★