ミタメモ: うろ覚えでもよく知らなくてもたいした感想がなくっても、とにかく観た映画を挙げてなんか書くメモ。

この予告……。
怪獣の映像がかっこいいのは本当だけど、
こんな感性の映画じゃないから!

。。。。うーん。

モンスターバースシリーズ3作目。
前2作を観ていたので、今回も観られてよかった。

<以下ネタバレアルヨ>




怪獣の戦闘シーンにはいい画がたくさんあって、
劇場で観る価値はじゅうぶんに感じた。
モスラかっこいいぜ!

しかし物語にノれず、注意力を保てず、終盤のクライマックスに入るころには完全に萎えてしまった。

だれの何の話なのかの筋を通せていないし、
かといって、
複数のキャラクターでの目的のリレーもできていない。

感情移入可能なキャラクターはサブキャラばかりで、
メインの子供は良かったけれど途中ほとんど行動しない。
ACT3に入って、
あの毒親とリユナイトして「良かったね」ってみんな思えるの?

怪獣を科学でコントロールできるという設定にも反感を感じた。

オリジナルゴジラ第1作の
支持者である私にとって、

怪獣は災害だ。
災害は、自然の大きな営みだ。
人間は、科学の力で災害を止めよう、弱めよう、予測しようと試みてきたけれど、努力むなしく、その甚大な被害をこうむり続けている。

この諦念、そして大きな力への畏れ。

これが前提にあって、
それぞれ異なる人間がどう行動するかがぶつかりあい、
ドラマが生まれる。
それが「怪獣もの」の大きな魅力で、

モンスターバース前2作では、それが物語上で生かされていたから、
走り回る巨大な動物がこわい、というだけの映画から卒業できていて、
ハリウッドの怪獣ものって、進化したなあ、と、

勝手ながら感慨を抱いていたのに……。

この最新作では、それらのことに台詞でふれたり、
怪獣が植物再生につながることを見せることで
自然の力としての解釈を試みるものの、
ストーリーライン上では
すっかり昔にもどって、
怪獣(ゴジラ以外)を大きな動物として扱っている。

ついには、
ゴジラにほかの怪獣がかしずくなんて……。
うーん。ライオンキングか。ジャングル大帝か。
怪獣ってそういうもんなんか?

過去の核兵器の放射能から生まれたゴジラに、現在の核兵器で放射能を与えてよみがえらせるという行動に、皮肉や悲哀をまったく感じないメインキャラクターたちも、どうなのか。
ゴジラは放射線のかたまりだという設定を脚本上、明確に認めてしまっているのに、放射能の環境に対する脅威は時限爆弾程度にしか語られない。


こんな鈍感さは、いくら核兵器の所有を政治的に肯定するしかない米国の映画であっても、

古すぎやしないか。

核兵器をリュックで背負って捨てに行くついでにギャングと戦うアクション娯楽映画みたいな感性だ。
そのなかで、自己犠牲で亡くなる芹沢博士をドラマチックに語る感性も、やっぱり、古い。

だれか止めてよ。怪獣研究に必要な、世界の重要人物なのに! 

この古さ。
古い怪獣映画へのオマージュなのか?

その、古い怪獣映画の時代、

環境問題、そして核問題についての
一般の人々の感性は
日本はアメリカよりも
ずっと先を行っている面が
あったんじゃないかと私は思っていて

その全体にながれる、
核兵器に対する漠然とした不安感や

快適になっていく暮らしの一方で
自然環境が留まることなく悪化していくことへの
恐怖感などを

感じ取って、
この新作に生かしてほしかった。


わからない。
どうしてこうなった、このゴジラ。