いつかみた映画をひらすらあげていく、ミタメモ



コーダ からの
アカデミー賞ベストピクチャーつながり

町の主要産業だった会社がつぶれ
仕事も夫も失った熟年女性フェーンは、
残されたキャンピングカーで暮らし始める。
短期の仕事を探しながら移動し
独特のライフスタイルと人間関係を築く
いわゆる現代のノマドとしての日々は
フェーンにゆるやかな変化を与えていく。


手垢のついた中年女性像から
あらかじめ解放されている
フランシス・マクドーマンの存在感のすばらしさ。

彼女を囲んで
現実のノマド生活者が多く出演していることでも
話題になったこの作品。

冒頭のAmazon倉庫での仕事風景が
頭にこびりついている。

そこに描かれる現代のノマドたちは
わたしの暮らしと遠い所にいるようでありながら
実はすぐそこにいて
無言で関わりをもっている。

それは実は
ノマドかどうかに関わらず
人と人ってそうなんじゃないかと

とても現代的だと感じた記憶。



いつかみた映画をひたすらあげていきたい、ミタメモ〜


高校生のルビーは、家族でただひとりの健聴者。
漁を手伝い、手話と声の会話の通訳もして、家族と親密に暮らしてきた。
ところがある日、歌うことの楽しさに気付き、教師からも才能を認められ、自分だけの世界に踏み出して行く。
歌を聴けない家族との、距離の開きに戸惑いながら。


どのうちにも家族だけの言葉がある
上のポスターの、このコピー、いいですね〜

聴覚障害者そして漁師という
明確な特徴のある家族を扱うことで
かえってどこにでもある青春、そして
大人になる子供と家族の関係を
鮮やかに描くことに成功した物語。

リメイクなのね。

しかし邦題の「あいのうた」っていう付け足し
……なぜ。

「CODA」っていわれて、
なんのことだかピンとくるひとは
少ないかも、という懸念は、
日本に限らず英語圏でも同じな気がするけど

それでも敢えて、そのリスクを負いつつ
シンプルで意味深できらめくような
一語で通すのか

なんかイイカンジかつ平凡なひとことを
つけないと会議でOKが出ないだろう、
または
お客さんが来ないだろう、
と判断するかは

業界の性格とか
いままでの商習慣とか
マーケティングの性格の

なのかな

ねらってる観客層がちがうのかな
そうなんだろうな
ていうか
その観客層に対する解釈の
差なのかもしれない

都市部アートシアター系の女性客への
アピールということなのかな

CODAのままじゃ売れないよ、うちの国では。
て、そう考えるのかな

なめんなよ
そして
信じてくれよ観客を




いつかみた映画をひたすらあげていくだけのミタメモ。



若者グループを乗せた船が孤島に漂着。
彼らは先に難破していた船のなかへ迷い込み、
繁茂していたキノコ類を嫌悪する。
しかし食糧がなくなり、
仲間内の関係にひびが入りだすと
ひとり、またひとりと
そのキノコに手を出してしまう。


先日、米国の友人から

「アタック・オブ・マッシュルームピーポーって映画、勧められたんだけど知ってる!?」

ときかれたので、思い出した。

マタンゴだ……それ

30年以上前、
たぶん池袋文芸坐の怪獣映画特集でみて

口あんぐり状態になりながらも

日本の怪獣映画の懐深さを知った
思い出深い作品。

Wikipediaに、海外でもカルト的人気があると
書いてあるし

思えば海外でも有名な
ゴジラの本多猪四郎監督作品だし、

私からも安心してオススメしておいた
Matangoで検索すると、英語字幕つきで
ネット上にも落ちてた。

しかしその、友人が言っていた英語題名は
売りこみの場では隠すべき
ACT IIIの内容を言ってしまっているので
よくない。

けどピーポーってつくだけでおもしろいから
ぜんぜんいいです。

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