1月14日
成人の日です。
お昼のニュースでは、綺麗な振袖や、真新しいスーツに身を包んだ新成人たちが、同級生との再会を喜びながら記念撮影を楽しんでいる様子が映し出されていました。

西岩部屋からは、若佐竹が新成人を迎えました。
毎年成人の日は初場所期間中です。
新成人の集いに参加することはできません。



初場所2日目のこの日、若佐竹は力士として、身を引き締め、粛々と土俵に立ちました。
土俵こそが新成人となった若佐竹の晴れ舞台です。
とても立派な熱のこもった一戦でした。



夕方、親方が審判を終え、国技館から帰ってまいりました。
傍らには若佐竹。親方の付け人として随行しておりました。
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朝早くから暗い時間までお疲れ様でした。



力士一人一人が親方に挨拶をし、一旦大部屋へ戻ります。ちゃんこ場ではちゃんこの準備も整っています。

親方は、もう一度、若佐竹のみ自宅階へ上がってくるよう、指示を出しました。




もうすっかり夜になってしまいましたが、ささやかながら、やっと若佐竹の成人の日をお祝いできます。
改めまして、新成人おめでとうございます。

親方は、風呂敷を解き、小さな袋を若佐竹に手渡しました。
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この日のためにと、親方は、何ヶ月も前から故郷青森県弘前市の一級彫刻印章技能士の方にお願いし、用意していました。

「佐竹 風汰」と彫られた本象牙の実印です。
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「これから、人生の節目節目で必ず使う時が来る。」

これがあれば、大人の社会で信用を得られること、一生持っておけるものだということを説明し、鑑定證書とともに贈りました。
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そして、若佐竹の大好物の鰻重をとりました。
「部屋で作ったちゃんこと一緒に今日はこれも食べなさい。」
明治40年創業の浅草の味です。
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と、その時です。



力士たちが皆んなで上がってきました。
「佐竹さん、おめでとうございます!」

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若野口からシャンパン、若中谷からチーズが手渡されました。
場所中ですから足を伸ばさず、近くのお店で、皆んなでお金を出し合って購入したそうです。

弟弟子たちからの粋な計らいに、親方も若佐竹も目を丸くし驚いていました。

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これから先、自分の行動すべてに、『責任』があります。
苦しいことも辛いこともありますが、自分の力で生きていくのはなかなか楽しいものです。




親方が若佐竹を一番弟子とした理由、それは志望動機でした。
「お母さんに親孝行したい」
その一言に、親方は胸を打たれました。
こういう子は芯が強い。
簡単な理由では辞めない。
心根の優しい、芯の強さを持った若佐竹を西岩部屋の一番弟子として迎えたい。
この先どんどん下の子たちが入ってきても、しっかりとやってくれるだろう。

私も親方の想いを聞き、早く若佐竹とゆっくり話してみたいと思うようになりました。

そんな時、急遽親方と若佐竹と3人で会う機会がありました。まだ西岩部屋ができる前のことです。
忘れもしません。
2017年7月場所後の休暇の夜です。
まだ田子ノ浦部屋でお世話になっていた若佐竹から親方へ初めてのお願いでした。
携帯ショップに行きたいと言うのです。家族割のプランから自分は出て、これからは自分の携帯電話代は自分のお金で払いたいとの事でした。
まだ未成年のため、親方も保護者として付き添い、大阪の親御さんと連絡を取りながら手続きを進め、何時間も掛かりました。

若佐竹は、2017年3月に入門、それから5月、7月とまだ短期間ですので手元には数万円しかありません。
それでも、銀行口座を作り、携帯ショップで一生懸命店員さんの話を聞き、手続きを完了しました。


思えば、若佐竹はそのときからもう、自分は大人なんだから、力士として働いているのだから、と自律心を持ち自立していたように思います。



今日は成人の日。
無事に、ここまで大きく育ててくれたお母さんに、感謝の気持ちを伝える日です。
元気に土俵を務めている姿を見てもらうことが何よりの親孝行です。
きっとそれだけで十分です。

なぜなら、
お母様から場所前にメールを頂きました。
そこには、東京で初雪が降ったことを知り、きっと大阪よりも冷え込みが強いだろうということ、風邪をひいていないかそれだけが心配ですと書かれていました。




元気にしております。
鰻重も一粒残らず完食いたしました。

いつも一番弟子として部屋を守ってくれてありがとう。笑顔で千秋楽を迎えましょう。

1月13日
夜中に降った雨も上がりました。

若松永と若野口です。
力強い足どりで、仲良く二人並んで蔵前駅まで歩き、一駅先の両国駅へ向かいます。
若中谷は、11時頃の取組ですので、稽古をしてから国技館へ向かいます。


初日を終え、
若松永、若野口、若中谷、
三人揃ってとても良い相撲で白星発進です。
平成31年初場所は、お陰様で幸先の良い出だしとなりました。
有難うございます。

二日目は、
若藤岡、若小菅、若佐竹の取組がございます。
落ち着いて、とにかく落ち着いて、落ち着いて、頑張って欲しいと願います。


1月11日金曜日
初場所前々日

力士たちは休養日でした。
朝稽古はありません。

親方は審判部ですので、初場所前々日のこの日は、朝から、取組編成会議でした。
その後は審判部からとして、墨田区亀沢の野見宿禰神社での神事に参加させていただきました。

東京での本場所前々日には東京都墨田区の野見宿禰神社に日本相撲協会の幹部の方々、審判部や相撲茶屋関係者の方々が出席して、出雲大社教神官によって神事が執り行われます。
東京場所の前々日には、毎回必ず行われているそうです。

『相撲の神様として知られる野見宿禰を祀ったのがこの神社の起こりです。
石垣の石柱には、力士や相撲関係者の名前が刻まれており、本場所前には必ず相撲協会の神事が行われています。
境内には昭和27年(1953)に相撲協会によって建てられた歴代横綱があり、その1基には初代の明石志賀之助から46代朝潮太郎までの名前が、もう1基には47代柏戸剛以降の名前が刻まれています。』

(東京都寺社案内より引用)



野見宿禰神社の写真です。
これは2017年9月場所前に親方と訪れた時のものです。この頃は、まだ西岩部屋もなく、若佐竹と若野口を田子ノ浦部屋さんに預かっていただいておりました。
何も出来ませんが、せめて二人の本場所15日間の安全を祈願して、東京場所の時は足を運んでいました。
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1月12日土曜日
初日前日

力士たちは場所前最後の朝稽古です。
親方は朝稽古の途中で席を立ち、両国国技館へ。
土俵祭です。

土俵祭とは立行司が祭主となり、祝詞を奉上し、供物を捧げて場所中の安全と興行の成功、さらには国家の安泰、五穀豊穣を祈念するものです。
土俵の中央に穴を開け、塩、昆布、するめ、勝栗、洗米、かやの実などの縁起物が沈められます。
理事長、審判部の親方衆、三役以上の力士、全行司、溜会幹部らが出席して行われます。』
(日本相撲協会公式ホームページより引用)
土俵祭の様子を現場の方から頂戴いたしましたので、添付させていただきます。
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神聖な空気が画像からも伝わってまいります。


西岩部屋では朝稽古が終わる頃、
国技館では土俵祭が終わる頃、
空からふわりふわりと...
東京に初雪が降りました。


力士たちは朝稽古の汗を流し、身支度を整え、稽古場に一列に並びます。
親方も、土俵祭から帰宅後、一息つく間も無く、稽古場の上がり座敷の指定の座布団へ腰を下ろします。

午前11時半、触れ太鼓が回ってきてくださいました。

触れ太鼓とは
『物事を人々に広く知らせるために打つ太鼓。特に相撲で、初日の前日に、呼び出しが太鼓をたたきながら興行が始まることを町中に触れ回ること。また、その太鼓。』
(デジタル大辞泉より転載)

口上は決まっています。
中入り後の取組を順に呼び上げ、

最後に『ご油断では〜詰まりますぞぇ〜』とあります。

昔は席が決まっていませんでしたので、相撲を観たい人は早く行った人から前の席に座りました。
油断していては席が埋まってしまいますよという意味なんだそうです。




こうして、ここには書き記しきれませんが、力士たちの土俵の安全を祈願し、毎場所多くの方々がご準備してくださっています。





初場所前の最後のトレーニングの後、親方が力士たちに言いました。
「自分は引退が迫っていた頃、一場所、いや、一日も休めない、怪我をして休場したらもう終わり。だから腕の筋肉が切れて真っ青になっても、痛みで眠れなくても、テーピングで隠して土俵に立ち続けた。」
「引退が近づくと、なんとか一日でも長く相撲をとりたいと思うものなんだよ。」
「若いからまだわからないかも知れないけど、、、いずれそう思う日が来る。」
「命を懸けて土俵に立ちなさい。」

皆んな真剣な表情で固まっていました。




相撲の神様、
裏方さん、
近しい人たち、
皆んなが守ってくれています。
今場所も全力で頑張ってください。


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