当り外れの多いショービズで「何か際立ったことをして、頭ひとつ出る」ことの難儀って名状しがたいものがあるんですよね。

 10代20代の私というのは、大した個性も売りも無い中で、半ばコンプレックスを抱えて生きてきました。そんななかで唯一、不幸にも「見た目に分からない障害」という社会を生き抜くうえで武器にもならないものを得てしまい、手足が無いとか自己肯定感の高そうな「見た目に分かりやすい障害者」の"やらかし"をdisることで彼らと自分を相対化し、世間に声を上げてのしあがってきました。有難いことに生活できるくらいにはなりましたが、当然のことながら、障害とは私を形成する一部でしかなく、それをアイデンティティとして生きていくつもりはありません。

 ちょうど私もそんな一栄一落の文化人界隈の片隅での生き残りをかけて次のフェーズを模索していたところ、年始にタイミングよく好条件のタレント事務所からのお誘いがありました。とりあえず穴があくほど契約書を読み、契約を交わしましたという近況報告であります。


 これまであまりおおっぴらには公表してこなかったと思うんですけど、いわゆる芸能事務所への所属は今回が初めてではありません。

 二十歳そこそこで上京し、 何か面白いことはないかと雑誌の読者モデルをやってみたり、作編曲を学びiTunesからはオリジナルの楽曲を配信し、バンドでボーカルをやり、絵の個展なんかもしましたね。ライターとしてはオフライン・オンライン問わず多くの媒体で記事を書かせて頂いたりもしました。収入としては微々たる小遣い稼ぎ程度でしたが、まあ好き放題やってきたわけです。

 ただマルチに手を出してきた各々については、いずれも私なりにやり切った、一定の結果を出した、手を抜かなかった、という自負があります。中途半端を嫌う性分です。

 そんな私の活動の一端をどこかで見て下さってか、今までも定期的にプロダクションからお声がかかるということはありました。特に28のときに自著を出版してからは大手の事務所からのスカウトもあり、何事も経験ということで一時的に契約を結んでいました。

 有名な歌手やタレント、モデルを何人も抱えた大手のプロダクション。そこで働くマネージャーと名乗る人が低姿勢でささやきかける口説き文句。それは芸能界という未知の世界に正面から堂々と入れる通行手形のようなものに感じました。普段から全くTVを見ない私でさえも見聞きする著名人と廊下ですれ違い、「小林さんは売れるよ」などと丁寧に迎え入れられ、その扉の向こう側に飛び込んでみさえすれば、刺激的な未来が待ち受けているのかも――。そんなことをマジで考えていた頃もありました。

 所属が前向きになってくると、売り出し会議というのが始まります。事務所内の広い会議室に目の肥えたスタッフが集められ、ホワイトボードへ私の肩書や実績、プロデュースするに当たってのキャッチ―なコピーみたいなものを書き出し「ああだこうだ」をやるわけですね。込み入ったプライベートも根掘り葉掘り聞かれるので、ヒトがパッケージ化されて商品になっていくというのはこういうことなのだねえ、と背中モゾモゾ君モードで渋谷区の一等地にある事務所を出入りしていました。

 そんな貴重な時間を割き、手間暇かけて頂いていたプロダクションも、けっきょく退所することにしたのには幾つか訳がありまして。


 そもそも、私はセルフマネジメント・セルフプロデュースが好きなのです。

 自分で0から企画し、商品を作り、慎重かつ大胆にスケジュールを組み、自分で売り込み営業も行い、依頼があったら先方とも自分で電話やメールでやりとりし、最後まで計画をやり遂げる。もちろんケツでセルフ反省会をきっちりやる、という「お一人さまPCDAサイクル」で結果を出す一連のそれに、強いやりがいを感じてきた人間なのであります。

 こうしたソロプレイを10年近くやっていると、自分のプライドやエゴといった拘りも産まれてしまいます。せっかく誰が相手でも自信を持って対峙できるコミュ力や交渉術をスキルとして育んできたのに発揮できないのは惜しいですし、意識高い自由な仕事スタイルが崩れてしまうことにも抵抗を感じるようになっていました。自分1人でやってのけてしまえるのにギャラの「中抜き」もバカにはならない、と自惚れながら考えていました。

 また仕事上、個人を始め学校だったりNPOだったりという現在の私が抱えている多くのリストは、それなりに四苦八苦して増やし、信頼関係も丁寧に深めてきたものであります。47都道府県、誰がどこにいて、あそこには確かこういった事情があって…… というのは大体、私の頭に入ってしまっています。そこへ間にマネージャーや芸能事務所が入ると先方が構えてしまい、仕事を依頼し辛くなる、といった事情も多少ありました。


 私も対価を頂くからにはなるべく先方のニーズに応えたいですし、肉声にせよメールにせよ直接交渉の中で発生する温度感や信頼感みたいなものに非常に価値を感じるので、やはり間に誰かが入るのは我慢ならないといった頑固さもありました。

 その上、大したカネにはならなくても個人的には善意で引き受けたい案件というのが沢山ありました。馴染みの得意先を始め、思い入れが強い人たちからの依頼、社会正義に資する案件などは、特に。そうはいってもビジネスですから、ホイホイ自己判断で引き受けてしまうようでは事務所にとってメリットがないどころか迷惑をかけてしまいます。

 あとはブランディングとメンタルの問題です。

 外からはキラッキラに日本全国を講演などで飛び回っているように見えてもプライベートでは「見えない障害」を抱える当事者として過剰なストレスを感じることは多々ありますし、私も普段の生活は飾らない方なので、見てくれが無精髭に眼鏡で鼻毛チラッ…とクッソ地味だったりするわけですね。既に今回契約を結んだ事務所の公式HPにはキメッキメの写真が並んでいてアレですけど。。。

 世間から期待される「自分」と自分の中から見ている「自分」の乖離、そのズレに気持ち悪さを感じることというのは今までもしょっちゅうで、しかも自分のちょっと売れたその「名前」には、経済的にすがる者も現れ、身内親戚であれ、所属する団体の職員であれ、その生活が自分の、それも自分でない「名前」の行動に左右されがちという中で、本来の自分を維持しつつ周囲の期待にも応えようとするというメンタル的な心労というのは、理解されがたいものがあります。当然、実力不足のまま名前だけが大きくなることとはすなわち、その実力不足も大きく注目されがちであるという懸念もありました。


 無名な私たちの社会における無名性の居心地の良さというのは、おそらく失ってみて初めて実感できる類のものではないでしょうか――。


 そういった慎重さもあって、身の丈に合った「お一人さま」を今後も細々とやっていこう哉、と考えていた年始、新興の小さなタレント事務所「Co-Co Life☆女子部タレント事業部」さんからお声がかかったというわけです。屋号からして軽い感じがして躊躇ったんですけれど。
 スタッフの中には上京時からよく知る10年近い付き合いのおエラ方もいて、自分なりに考えはしましたが、私自身も三十路に突入し、自分のプライドやエゴといった拘りを捨てて相手に自分を委ねることも駒を進める上で悪くはないんじゃないかとの想いが芽生えるようになりました。

 自分で自分を分かることほど難しいことはありません。
 人は自分では分からない様々な部分を持っています。だから自分はこうだと自分自身を決めつけないで、相手に任せてみる。そのとき自分以上の自分が引き出されることもあるのだということを、18歳以降「見えない障害を抱えて生きる」中でアイデンティティを拗らせながら何度か経験したことが私にもありました。
 その最たる例が、25のときの「小林くん、本を出版してみては」という提案一つだったようにも思います。筆をとって何とか自著を世に出してからの反響は大きなものでしたし、自分の可能性の扉を大きく開いたように思うわけですね。


 つまるところ、今回の事務所への所属は準備が整い「タイミング」がきた、と受け取りました。
 これまでは自己選択と自己実現の連続でしたが、今は信頼できる人の手を借り、"流れ"に身を任せてみたい、という気持ちでいます。

 "流れ"に身を任せるというのは時に激流に流されたり波に呑まれたり岩に激突して大けがを負うこともあるでしょう。そういう浮き沈みの激しい中でも「等身大」の自分を自分の言葉として、その発信の場がマスメディアなのかSNSやブログなのかは分かりませんが、しっかりと自分の価値観や人生の振り返りや、反省、失敗、後悔、その場その場の現状認識みたいなものも小林春彦という「等身大」の"コンテンツ"として立たせることができたら良いな、と希望を持ちつつ頑張っていきたいと思っています。
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  お仕事のご依頼に関しましては事務所の方に直接投げて頂いても構わないですし、これまで通り小林までSNSとかメールや電話で連絡下さっても構わないです。優しいマネージャーさんへと上手に引き継ぐようにいたします(丸投げにしないのは私が前述のところに価値をおいているため)。

いかんせん年度末な上に新興の事務所という事もあって、引き継ぎとかでスタッフさんとも未だすったもんだしており、てんわやんわが落ち着くまで暫くかかりそうです。

とりあえず何でも気兼ねなくご相談ください。事務所の方とは密に連絡を取り合っています。

  直接事務所へ、という仕事のご依頼は
talent@co-co.ne.jp の方までどうぞ。