こんにちは!
春の温かな日差しにやられて、つい2度寝をしちゃいますね(汗)

今日は、僕がめっちゃ影響を受けた論文を紹介します!


地域コミュニティの重要性

こちらです!↓↓↓
地域コミュニティの重要性
http://www.jcca.or.jp/kyokai/kyushu/dream/list/pdf/C2-417.pdf

このページは、キッチンたまり場って何のためにあるのだろうかと考えていた時に、偶然、目に止まった文章です。

実は、どなたが書いた記事かもわからない💦
いつか書いた人に会えますように🙏  という願いをこめてブログ書いてます。


論文のざっくりとした内容

現代の日本の街づくり・社会に欠けているのは、地域コミュニティの存在である。

その地域コミュニティを、バランスよく支えるために、日本の街の中にも、ブラジルやイタリアのバール、香港の飲茶楼のような、地域の様々な年齢の人々が集まる、
オープンな場所を作る必要がある。


オープンな場について

ここからは論文を参考に、僕の意見です。

<オープンな場とは>

その地域の文化に合った、地域の様々な年齢の人々が集まる場のこと。

公的な市民センターのような閉鎖的な場所ではなく
かつての床屋、銭湯、駄菓子屋、おでん屋台のような、
参加者の年齢や、会社・学校などの帰属グループに関係なく、
その地域の人が集まることのできるオープンな空間のこと。

<オープンな場の効果>

地域の交流を自然とつくりだす
店の店主を中心として、一人暮らしの老人と子供連れの親子の間に、会話が行われ、社会的交流が生まれるかもしれない。
独身者が、夕食を食べに一人で来る。その独身者と、店主が会話することで、その独身
者は、その地域の中とのつながりを感じ、作ることができるかもしれない。
そういう場所があれば、何らかの形で、そこに地域のコミュニティが生まれ、訪れた人は、地域コミュニティとつながりをもつことが可能となる。

地域の人と触れ合うことで、自然と笑顔になることは間違いなくあると思う。


<オープンな場であるために必要なこと>

歩いて行ける程度の範囲に、立地することが必要!
外から見えることが必要だと思う!
少なくとも、僕が見たインドネシアのたまり場は、外から見えて、通りがかった人も簡単に輪に中に入ることができた。


<日本のオープンな場はどこへ?> 

かつての床屋、銭湯、駄菓子屋、おでん屋台に人がたまっていた時代はどこへいったのか。

僕はの考えは、時代の流れが原因だと思う。
ITが普及し、生活水準が上がり、コンビニが発達し、法律の規制が強くなり、
かつてのオープンな場を作っていたものは、徐々に廃れていったと考えている。
時代の流れによって"たまり場"は、かつての姿では存在できないと考える。


<だからこそ、キッチンたまり場>

この時代の流れに合った、オープンな場を生み出すことはとても大切なことだと思う。

・僕の実家では、平日の夜はは母が1人で寂しくしていることが多い、
・週末の日中は父親が寂しくしていることが多い
・向かいのおじいちゃんも平日寂しくしていることが多い

歩いていける程度の場所に、近所の人たちが集まるたまり場があれば、みんなの寂しさが少しでも解消できると思う。

インドネシアの屋台のように、住宅地をぐるぐる回るような
たまり場をつくるキッチンカーがあれば!!
キッチンたまり場はそれを目指しています。


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ぬぉぅ!
やばい、、絵が下手すぎる!!!!!




今日の日直:
たまり場おじさん
しばた