四字熟語ってあるじゃないですか、皆さんお馴染みの。文字通り四字熟語なんですけども。
あれって、例えば「一期一会」とか「本末転倒」とか「切磋琢磨」とかまあ色々ありますよね。
僕ちょっと気づいたのは、四字熟語って物凄く種類多くて、多分全部覚えるのは不可じゃないのかなと言うほど。(大袈裟)
その中でも、美しい四字熟語ってとにかく沢山あって、最高にいい意味だったりオシャレを纏ってたりする。
例えば「桜花爛漫」
これは、桜が散ってる美しさを表すやつで、そのままの意味でも美しい。
他に、「光風霽月」
これは雨上がりの澄み切った美しい空の意味です。
と、そんなこんなでとてもここに乗せれるほど僕も暇じゃないので結構自分で調べてみるのも面白いかと。
自分もこれから沢山美しい素敵な言葉達に出会いたいと思いますね。
頑張って少しずつ覚えていきたいです。
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皆さんも素敵な言葉に出会えますように。

自分は、客観的に見ても普段は明るい方と捉えられるだろう。
でも過去の過ちやその他諸々、自分の負のエネルギーがとてつもなく莫大に襲ってくる時がある。
それがとても嫌いだ。


よく「後悔はやらなかった後悔が残る」と言う。
あながちそれは間違ってない。
自分の過去の事もいつか消えるだろう。
でも、今生きてるのはこの流れてく時間の上である。
そして消えずに残ったままである。
それがふとした時にフラッシュバックする。
とても辛い。
過ちの後悔はとてつもなく自分を蝕む。
いくら自分が悪くても今後すること全てにその記憶が邪魔をする。
『また繰り返すんじゃない?』『お前は世の中において不必要のゴミ人間だ』『お前は人を傷つける事しか出来ない』と、自分の中の影の自分が攻撃をし、必死に毎度毎度戦って抗ってもかなりの時が流れないと倒れない不死身の攻撃を受け続ける。
世論なら「更生」だの「やり直せ」だの言われる。
いくらやり直しが効いても、記憶というのは恐ろしい程に自分のすぐ後ろでナイフを構えて待ってるのだ。
気を抜くとその記憶は自分を刺殺しに来る。
幾度も刺殺されてズダボロな自分がいる。
これだから自分を嫌う人が増えるんだな〜なんて少し感心してると自分が自分じゃなくなる。
たとえ楽しみがあってもぶち壊される。
そんな状態が嫌いだ。

グルグルグルグル脳の1部を駆け巡って永遠にループしてるこの記憶は一体なんなんだろうか。

除くとそれは過去の過ちから来てるトラウマであった。不意にその記憶は現れる。
その瞬間に脳が一時的なパニックを余儀なく起こそうとする。しかし、ブレーキがついてる。
そのブレーキがすり減って消えるか、記憶が薄れるかの永い永い一騎打ち。
それがもうとても何度も日常で起きている。
これは一体なんなのか、名前を探すだけ。
名前を見つけるのに大した意味はないが、それだけで今は満足出来そう。

自分の脳の記憶を脳のあらゆる部分からかき集めても、思い出せない記憶なんて山ほどあるのに思い出したくない記憶ってやっぱり直ぐに出てくるのは無理に蓋をしようとしてるからなのか。
それとも自分が過ちを思い出して繰り返さないための戒めなのか。
人間は沢山の謎を解決しようとしてる。
でもまだ解けない謎はこんなにもある。
それは自分自身の体や、思考。
離れると身の回りの事や他の人々。
更には地球を飛び出しての宇宙。
人間は好奇心に捕われた恐ろしい化け物なのだろうな。

目の前の事もこなせないのに人間は追求だけは立派にしようとする。
それが吉と出るか凶と出るか。
この謎も解き明かしたくなるほど人間は愚かだから愛おしいのだろうか。

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