ここまで駄文を書き連ねてきましたが、今回はホントに駄文。
今ボクが思っていること、ここまでブログを書いて気づいたことなどを書き留めておこうかなと。

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2月8日にとても悲しい報せが飛び込んできて以来、ボクの世界は一変してしまいました。
これまでの2ヶ月ちょっとの日々、ボクの人生でも類を見ないほど心の上下動がありました。

その心の機微を「記録」し、立ち直るために「整理」する必要がある。

クがブログを書き始めた理由は、その2点に他なりません。
なので完全な内向きブログ。
人によっては不快な記述もあったかもしれません。
ゴメンなさいね。

各イベントやライブが中止になるなか、4月22日の春ツアー開始をもって再スタートを切る、という情報が出た時に「なんとか自分にとってイイ形で4月22日を迎えたい。それまでに一連のことを書き留めよう。」というのがモチベーションでした。

しかし「整理」ってどういうことだろう?
「立ち直る」って?
未だに映像を観たりすると涙が出てくるのに。
全然「整理」なんてできないよ。

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2月8日以降、松野さんに関する報道がたくさんなされたけれど、ボクはそういったニュースでは何の感情も持たなかった。

どこかウソみたいで。
どこかウソであってほしくて。
ただぼんやりと眺めるだけ。

そしてボクの心を激しく揺さぶったのはTwitterでした。

ファンの方々から漏れ聞こえる苦しみの声。
悲しみの呻き。
どんな高尚なニュースより、胸が締め付けられた。

いやね、ボクもイイ歳ですからTwitterなんて普段は半分くらい訝しがりながら見てるんですよ。
でもね、その即時性においてTwitterは極めて有効なツールであって、人々の思ったことがダイレクトに出るな、と。
それが心に響いちゃった。
なのでこのブログも基本的にTwitter(自分のだけだけど)を主体にして、それを追う形としました。

失敗した、と思ったことが1つだけあって、Twitterを引用するにあたり過去ツイートを遡らなくてはいけなかったこと。
つまり自分の当時の心境とガチで対面しなくちゃならなくて、再び混乱の悲しみに飲み込まれることが数回あった。
これは何気にキツかった。
更新頻度が遅いのは、こういった理由があったのでした。

↑ほらねw

2月25日までにいろいろな心の苦しい動きがありすぎて、ブログの記述ですっ飛ばしたところもあります。
だってツラかったんだもん。
後半はかなり駆け足になってしまいました。

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Twitterをなぞる形にしたので、タイトルは日付にしました。
ネットやTwitterで「その日に何があったか」「この発表は何日だったか」ということが手に取るように分かる時代ですから。
便利なものです。

別に「これからも日付タイトル縛りでいくぞ」なんて思ってませんし、そもそも書くかどうかも分かりません。

もし書くことがあれば…
楽しい話題がイイですね。
野球とか音楽とか。
まぁのんびり考えます。

前述の通り内向きブログでしたので、これといって自らブログを拡散するということも控えてきました。
なんか恥ずかしいしw
もっと上手くかけたらなー…。

もし楽しいものが書けたら、Twitterなんかと連動させてみようかな?
Twitterは完全ドルヲタ垢なので、いきなり野球の話しとかしたら驚かれるかな?w

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このブログは3月8日に開始しました。
ブログ文中にもあるのですが、ボクは特定の信仰を持っていません。
38日は松野さんの「月忌」「月命日」でしたが、ボクにとっては「1ヶ月経った」という思い以外ありませんでした。(信心ある人を否定するわけではないですよ)

ではなぜ3月8日だったのか。

その日ボクは帰郷し、田舎の病院にいました。
3月8日その日に、大病を患った父の手術があったから。
病を知ったのは去年の夏。
(余談ですが、しゃちサマ@武道館の入場寸前に姉から電話で知らされた。タイミング…。)
その時点で余命は数ヶ月と言われていました。

冬の早朝に母と病室を訪ね、少し冗談を言い、父が手術室へ飲み込まれていく。

数奇なもので2月8日と3月8日、1ヶ月違いで近しい人の生死の間際に接することになったのです。
もちろん偶然だって分かってる。
その病院でその日に手術する人だっていっぱいいるし。
でも、何とも言えない感情になったのも事実で。

医師の事前説明では8時間程度かかる手術とのことでした。
もうお分かりですね。
その手術の待ち時間に第一稿を書きました。
不謹慎と思う人もいるかもしれませんが、ボクにとって死というものにしっかり向き合うにはこのタイミングだと思ったんです。

そして父は今日も田舎で暮らしています。
ありがたい。
もちろんリハビリやらなんやらあるようですが、余命数ヶ月と言われた頃からすると信じられないくらい数値も改善されて。

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誰からも愛される18歳のアイドルが理不尽に亡くなり、田舎の老人が生き永らえる。
不思議なものです。

辛辣なことを書いていますが、父と仲違いしてるわけではないですよw
ただ…………

手術開始から数時間が経った頃、母が
「(仕事で遅れてきた)お姉ちゃんとゴハン食べて来なさい」と。

なるほどそれもそうか。
手術終了までまだ数時間。
今のうちに食べておかねば。

姉と病院近くの中華料理屋へ行き、遅めのランチをとっていると母から手術終了の連絡が。
早い。早すぎる。失敗した?
言葉を交わすことなく姉と同じことを考えていました。
結果から言うと手術は成功、というか出来ることは全てやったという感じで早めに終わったとのこと。

しかし父はまだ知らない。
手術終了の連絡が入った時、ボクが2杯目の生ビールを呑んでいたことをw
ゴメンねお父さんw

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これからは少し肩の力を抜いて書けるかな。
もし密かにアップされていたら、また読んでやってください。

ご高覧ありがとうございました。


2月9日。
ボクのツイート。

 
前にも書いたけれど、ボクは手を合わせる対象がなくて苦しかったんだ。
Twitterで苦しみの声を聞くにつれ、他にそういう人がいるとも感じて。

そしてこの希望は現実のものになったんだ。


正確にはお別れの会ではなく、送る会だけどね。

アイドルヲタをやっていると、メンバーの魅力だけではなく、運営と感性が合うかどうかも重要だな、と思うことがある。
大変な調整だったと思うし、こういう機会を設けてくれる運営には感謝と信頼しかない。

その後はお花屋さんをチェックしたり、服装を考えたりいろいろと。
「送る会」への準備という実務をこなしていると、少しずつ気持ちに変化が出てきたんだ。


いま、4月13日。
春ツアー開始まで10日を切ったけれど、基本的には同じ気持ちなんだ。
間違いなく、確実に1人いないステージ。
エビ中を嫌いになることはないだろうけど、実際に7人を見たときに自分がどうなってしまうか、少し怖い。

この間には大学芸会のCS放送があったけれど、なかなか気持ち的にも観れなくて。
確か24日にやっと観れたのかな。
それもほとんど無理矢理という感じで。

仕事も忙しかった。
だってFCイベントの予定だったんだから。
これを乗り越えたら楽しいこと待ってるって思ってたから、いろいろと詰め混んでいたんだ。

いろいろな感情を混ぜこぜにしたまま、当日を迎えた。


当日はウソみたいな青空で。
こんな時に限って電車もスムーズで。

りななんに早く逢いたい。
でも逢いたくない。

電車の中で花束を抱えたボク。
どんな顔してたかな。


会場には13:00頃に着いたのかな。
もうすでにたくさんの人がいて。
会場外で1時間。
会場内で1時間。

りななん。
その後もっとたくさんの人が来てくれたみたいだよ。

会場内の待機スペースではエビ中の曲が流されていて。
どの曲も思い出がいっぱいで。

できるかな?
約束。

ボクがいる待機グループが動き出す。
会場への階段でさらに少し待機。
誰もが口を開かない。

りななんに早く逢いたい。
でも逢いたくない。

みんながそんな気持ちだったんだ。

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祭壇に彼女はいた。

りななんはこの日もとてもキレイだったんだ。


パシフィコ横浜のステージ上で松野さんと向きっても、涙は出なかったんだ。
なぜかは分からない。
直面した現実が、大きすぎたから。


ボクたちはあまりにも大きなものを失い、傷ついた。
どうしたらイイのか分からない。
上を向いたらイイのか、下を向いたらイイのか。
それすらも。

なんて無力なんだ。

彼女からたくさんの笑顔と元気をもらったのに、ボクが最後にお返しできるものは

ただただ、彼女の安寧を願うだけ。
それしかできないんだ。

そしてまた日が沈む。


りななん。
今までありがとう。
みんなあなたのことが大好きだよ。

また、どこかで。

東京に戻り、1日おいた翌日。
ボクはあるところへ向かったんだ。


千住緑町商店街。
永遠に中学生(仮)でお馴染みの街。

前々から行こう行こうと思っていたけれど、なかなか実現できなくて。
こんな時になったのが少し情けなかったけれど。


街灯には例のフラッグがはためきながらボクを出迎えてくれた。

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この日は生憎の曇り空と強風で残念だったけれど、まるで番組の中に迷いこんだようにブラブラしたな。
フラッグは松野さんと裕乃さんがパタパタして苦戦。ツンデレさん。


そこかしこに感じられるエビ中の足跡が嬉しくて。
街の人も優しくて。


正直に言うと、千住緑町商店街はとても小さなところで、平日昼間ということを差し置いても人(特に若い人)がなかなかいないような街だったけれど、なんだかとても落ち着いた気持ちになれる街でした。

そして声を掛けてくださる方々全員が「残念」と彼女を悼んでいるのを感じたんだ。

りななんに街の人の声が届いているとイイなぁ。

 
可憐なエビ中に、素朴な街。
ぴったり。

思ったより時間が余ったボクは、その足で亀戸に移動することにしたんだ。


ホントに風が強い日で。
美怜ちゃんなんか吹っ飛んじゃうんじゃないかっていうくらい。

亀戸はエビ中++でロケが行われた街ですね。


亀戸餃子さんは従業員の方々が所謂おじさんおばさんなんだけど、和気あいあいとお仕事されていて。

「風で電車が止まったみたいよ」
「なに線が?」
「………。」
「どこの線?」
「………駅に行けば分かるんだけど」
「そりゃそーだ!w」

みたいな会話であったり、ツイート写真のセブンイレブンの看板が風で倒れちゃったら店からみんな飛び出して起こしたり。

お店でロケをする場合、人柄とかもみてるのかしら。


あとはホントの街ぶら。
番組縁のお店を覗いたり、1,000円自販機に挑戦したり。

あ、1,000円自販機ね。
結果ね。


以前からシューティングバトルサウンドガンを探していたので助かりました。
一丁しか入ってなかったので、対戦できないのがアレだけれど。


おみくじはちょっと残念。
故郷の母さん。心配かけてすまない。

 
彼女に思いを馳せることができたらな、と思い立って出向いたエビ中行脚。

ボク一人での小さな冒険だったけれど、触れられそうで触れられない、なさそうでありそうな「エビ中らしきもの」をたくさん吸収したような気分になったんだ。
気分転換どころか、少し元気が出た。
頭の中もそれなりに整理できたかな。

あと5日。
これで25日をしっかり迎えられる。

ボクは準備を始めることにしたんだ。

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