北海道七飯町の林道で、両親に置き去りにされた小学2年の男児が行方不明になっている事件は、6日目を迎えた2日になっても、まだ有力な手がかりが得られていない。置き去りにされた子どもの状況や心境を想像し、胸を痛めている人も多いのではないだろうか。

 こういう事件が起きると、「親によるしつけはどこまで許されるのか」といった議論がわき起こる。
 私がひとことだけ言いたいのは、「親のうさ晴らし、怒りのはけ口としてのしつけ」はやめてほしい、ということだ。
 もちろん、親だって人間だから、子どもの言葉や行動にカチンと来ることもあるだろう。とくに何度注意しても言うことをきかない場合など、つい「いなくなればいいのに」といった思いが心をよぎることがあるかもしれない。どんなに愛し合ってる男女でも、親子でも、飼い主とペットでも、「何をしても許す、寛大な気持ちでいられる」というわけではないからだ。

 しかし、親と子どもの場合は、圧倒的な力の差がある。それは体力、知力、財力すべての差だ。そういうアンバランスな関係の中では、「強い立場」にある側は相当、相手に思いやりの心を持たなければならない。おとなどうしならカーッとなったら「どこかに消えて!」と言葉にしたり、「じゃ、もう帰る!」と席を立ってその場を去ったりすることも許されるかもしれない。

 しかし、力の差がある関係では感情をそのまま言葉や行動に移してはならない。
 いつどんなときも、頭の一部にはちょっぴりの冷静さを保ちながら、「いまの気持ちをこのまま言葉にしてよいかな」「これをすることがこの子のためになるかな」と考えてみてほしい。もちろん、100%計算してのしつけでなくてもよいし、親子なんだからたまには互いが感情的になることも必要だ。

 とはいえ、親と子には「圧倒的な力の差」があり、場合によってはからだやこころが傷つき、それが長くのこる場合もあることは、忘れないでほしいのだ。
 北海道の児童が「なんだ、こんなところで世話になってたのか、よかったね」と無事に発見されることを、心から祈っている。

 重い話題ですみません。ちょっと考えたことがあるので聞いてください。

 沖縄への米軍属による女性殺害事件を受けて、「性風俗を活用すべきだ」といった意見が出ています。しかし、この人たちが性衝動をまったく自己コントロールできないことや、女性を暴力で支配したいという欲望は、たまに性風俗業を利用したからといって改善されるものとは思えません。

 また、性風俗従事者に犯罪につながる病的傾向を持った男性たちの相手をさせるのは、とても危険なことです。女性の人権をまったく無視した発言。したがって、到底、この意見には同意できません。

 では、「そもそも性衝動がわき起こらないようにすればいい」という意見も出てきます。男性ホルモンを抑制すればたしかに性衝動は抑えられる。とはいえ、男性の生殖器を外科的に摘出するのは、さすがにあまりに人道的じゃない、と誰もが思うようで、いま世界の一部で行われているのは、「化学的去勢」というホルモン抑制剤の投与です。

 最近、インドネシアでもこれを認める動き、というのが報じられていました。


 この「化学的去勢」だと薬物投与をやめればだいたいは生殖機能は回復する。しかし、まれに薬をやめても元に戻らない人もいます。また、「いつ止めるか」のタイミングはむずかしく、結局、本人の意思などには関係なく、生涯使い続けてください、ということになるのではないでしょうか。すると結局、その男性が子どものいない人だった場合、「断種」されたのと同じことになります。

 「本人の生殖能力を本人以外の人の意思により奪う」、つまり断種は、私たち人間の暗い歴史でもあります。

 歴史上、もっともたくさんの人に断種を行なったのは、ナチスドイツと言われています。ナチスは身体や精神に障害を持った人たちの20万人を安楽死させ、ほかの人たちにも子どもができないような手術などをどんどん行ったのです。

  実は、日本でもそれと似たことをやっていました。戦後1948年に作られた優生保護法は「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止すること」を目的としていたのです。この優生保護法では、優生手術つまり断種手術の対象を「遺伝性疾患」だけでなく、「遺伝性以外の精神病、精神薄弱(注・当時の用語」にまで拡大して、本人が同意していなくても優生手術を行えるようにしたのです。

 この法律に終止符が打たれたのは、それほど昔の話ではありません。1996年になり、ようやく法律名が「母体保護法」に変わり、この強制断種などいにかかわるる条文が削除されたのです。

 もちろん、性犯罪を起こした人の「化学的去勢」と、精神障害を持つ人の「強制的断種手術」を同じ次元で語ることはできないでしょう。でも、ついこのあいだまで後者をOKとしてきた歴史を考えると、前者をひとたび認めると、その範囲を拡大したり、「化学的では薬をやめたら意味がないので、やはり手術にしよう」という方向になりはしないか。また、誰かがそれを悪用して、気に入らない人物に対して「あいつは犯罪予備軍だから断種させろ」といった使われ方はしないか。懸念されることはいくらでもあります。

 私たちは、やはりどんなことがあっても、その人の生殖能力を本人の同意なしに奪うという方法を選択することがあってはならないのではないでしょうか。

 「では、それにかわる方法を言え」「被害者の家族の気持ちを考えろ」と言われると、返す言葉もありません。むずかしい問題とはわかっています。しかしそれでも私は、現時点では「性犯罪者に対する化学的去勢」の動きには反対です。

 今日は「自然エネルギー推進会議」主催のイベントでした。

 原発ゼロと自然エネルギー社会を目指すこの組織は、立場を超えていろいろな人たちで運営されてます。
写真は控え室での一コマ。

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 前列左から、弁護士の河合弘之さん、小泉純一郎さん、川瀬修平さん。
 後ろはピースボート共同代表の吉岡達也さん、香山。
 
 なかなかめずらしい組み合わせかと。

 「いっしょにできることはいっしょにやる、そうでないことはそれぞれでやる」という小泉さんの言葉にウソはない、と思ってます。

 あ、小泉さんはSPなし、控え室もスタッフと同じ大部屋でしたー。

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