<0701再稼働反対!首相官邸前抗議(首都圏反原発連合主催)でのスピーチ原稿>

 いま、参議院選真っ只中ですが、「脱原発」を政策に掲げている候補者はそう多くありません。先日、個人的には「脱原発」なはずなのに選挙戦ではそれを主張していない候補者と話す機会があり、「どうして原発の話をしないのですか」ときいてみました。するとその人は、「あの事故から5年以上たっているから、有権者はもう忘れているからですよ」とこたえました。
 
 私たちは、もう原発事故を忘れてしまったのでしょうか。
 たしかに、私たちは人間すぎたことを忘れる、忘却する生きものです。忘却じたいは、悪いものではありません。それどころか、「忘却」は神さまが私たちに与えてくれた美しい贈り物だと思っています。人生にはつらいできごと、悲しい別れがいっぱいで、それを全部つぶさに覚えていたら、私たちはとても生きていくことができないでしょう。忘れるからこそ、私たちは生き続けることができるのです。

 しかし、忘却したことを私たちは本当にすっかり忘れているのでしょうか。
 それは違います。精神医学的に言えば、忘れたつもりになっていてもとくにそれが葛藤の場合は、それは単に心の奥に「抑圧」されただけであり、何かの機会にまたそれが心の表面に戻ってくる、つまり「回帰」することもあるのです。そして抑圧された葛藤は、その人を強く苦しめる「症状」となって回帰してきます。つまり、心がいくら「忘れたふり」をしても完全に忘れているわけではないことは、あとになって私たちに大きな打撃を与えることがあるのです。

 先ほども言ったように、私たちは原発や原発事故を忘れているかに見えますが、本当は「忘れたふり」をしているだけです。私たちだけではありません。メディアもそうです。
 5月に熊本地震が起きたとき、テレビニュースはすぐに「川内原発に異常は認められません」と報じました。6月16日、私は仕事で札幌にいましたが、函館市で局地的に震度6強を記録する地震が起きました。そのときにもニュースは何度も「泊原発や建設中の大間原発には異常はありません」と繰り返されました。地震があればすぐに原発を思い出す、ということは、私たちは日ごろは原発を「忘れたふり」をしているだけなのです。

 でも、忘れようとしても、いくら忘れたふりをしても、原発を本当に私たちの記憶から消し去ることなんてできない。そして、このままだとそれはもっとひどい形で私たちに「回帰」してくれるであろう、ということは言うまでもありません。
 だから、目を背けたくても忘れたくても、私たちはきちんと原発や原発事故に向き合い、正しい形で消して行くしかないと思います。

 そのためには、こうして市民が声を上げることも必要ですが、何としても政治に「脱原発」の判断をし行動してもらわなければなりません。
 この数年、私たちは政治に何度も裏切られてきました。原発の再稼働決断し、憲法を解釈という名で破壊して安保法を無理やり成立させた政治をもう頼ることなんてできない、と思う人もいるかもしれません。
 しかし、それでも私は政治を信頼し、期待することをあきらめたくありません。

 今日、2016年7月1日は私にとってとてもうれしい日です。大阪市で制定されたヘイトスピーチ対策条例が施行され、申し立ての受付が始まって早速、在日韓国人団体から被害の申し出があったそうです。この条例ができたのも政治の力です。
 私は国政をあきらめたくない。地方の政治もあきらめたくないです。
 東京ではもうすぐ都知事選があります。そこでも原発に頼らず、自然エネルギーを選択してくれる候補者を選びたい。新しい都知事にはぜひ東京でもヘイトスピーチ条例を制定していただきたい、と思っています。

 つらくても、悲しくても、そこから目をそむけ、忘却するのはもうやめましょう。勇気をもって美しい「忘却」から一歩を踏み出しましょう。
 まっすぐに問題を見つめ、ひとつひとつ取り組んできちんと解決していきましょう。
 原発の問題もまさにそのひとつです。
 市民の力、政治の力を信じて、これからもいっしょにがんばりましょう。
 


今日放送予定のNHKラジオ第1「香山リカのココロの美容液」

テーマは姉とケンカばかりしてしまいますです!



精神科医・香山リカが同世代の女性たちに贈るトークと音楽の25分。
仕事や家庭にちょっと疲れた週末の夜。癒しと活力をリラックスしたムードの中でお聞かせします。


6月24日(金) NHKラジオ第1
21:30~21:55 放送予定

※緊急ニュース等のため、放送時間が変更になる場合もあります。

是非お聴きください♪
 

 報道機関による信じられない人権侵害が起きた。
 産経新聞グループのネットニュース「産経ニュース」が6月16日、「TBS番組『街の声』の20代女性が被災地をリポートしたピースボートスタッフに酷似していた?!『さくらじゃないか』との声続出」というタイトルの記事を掲載した。
 
 ことの次第を簡単に記そう。
 TBSの報道番組『Nスタ』で、「舛添知事の辞任を受け次の都知事は誰が?」という街頭インタビューで若い女性が蓮舫氏の名前をあげ、彼女への期待を語った。ただそれだけなのに、記事はそれを問題視する。

「ところが、この女性は同じ『Nスタ』で、熊本地震後に熊本・益城町の避難所前にマイクを持って立ち、レポートしたピースボート災害ボランティアセンターのスタッフの女性と酷似していた。」

 そして、ネット上では「やらせ」という書き込みが続出していると伝えるのだ。
 ここには二重、三重の問題がある。
 まず、その街頭インタビューの女性は、国際交流NGOピースボートのスタッフではない。それはこの記事が出てすぐ、当該NGOが正式に否定した。彼女はいまも熊本でボランティア活動を継続中だそうだ。
 
 さらに問題なのは、万が一、そのスタッフがたまたま通りかかって街頭インタビューにこたえたとしても、それだけで「やらせ」になるはずはない。ただの偶然の一致であろう(繰り返すが今回はそれでさえなく、まったく無関係な人物であった)。

 テレビにおける「やらせ」とは、ただの過剰な演出や不自然な再現を超えた「事実ではないものを事実と見せるねつ造、でっち上げ」を意味する重い言葉だ。たとえばこの番組でいえば、街頭インタビューと称して全員があらかじめ用意された台本をわたされた役者だった、という場合がそれにあたる。このケースがどの角度から見てもそれにあてはまらないことは言うまでもない。

 そして、それ以上に問題なのは、この記事がピースボートへの取材はいっさいなく書かれたことだ。おそらく書いた記者も「同一人物ではないな」と気づいており、もし取材すればあっさり「別人です。本人は熊本にいます」と否定されて記事として成り立たないと思ったので、あえて“とばし”で書いたのだろう。「ウワサになったことじたいを取り上げたのだから何が悪いのか」と開き直りの気持ちもあったのかもしれない。

 しかし、ちょっと考えてみてほしい。記事に取り上げられた女性は、NGOで働く一般人だ。たまたまテレビインタビューでこたえたために顔の映像が残っているだけで、ふだんは顔や名前を露出させて表現活動を行っているわけではない。
 それが、「TBS」「ピースボート」というネットの一部の世界で「サヨク的」と見なされる記号が陰謀論的に結びつき、そこに「若い女性」というセクシズム(性差別主義)が加味されて、一気に人々の興味関心の対象となってしまった。 

――こいつ、許せないな。でも、目が離せないし語るのをやめられない。
 産経ニュースが「この女を見てみろよ」と読者らに注視や憶測という攻撃を煽動した対象は、公人ですらないひとりの私人である。しかも、その元になったウワサはまったくのデマなのだ。
 これはただの誤報ではなく、深刻な人権侵害である。
 
 本人を知る人から間接的に、彼女がボランティア活動に影響が出ることを怖れ心を痛めている、と聞いた。それと同時に、「こいつは誰だ」「調べたぞ、実家はどこで出身校は…」「ほかの写真もあった」と自分に向かう欲望の猛々しさに底知れぬ恐怖を感じているのではないだろうか。

 この報道によって起きた人権侵害の罪は重い。
 産経ニュースは当該記事を削除したようだが、「うっかりウワサレベルの記事を配信しました」ではすまされないことは、報道機関として自覚しているはずだ(と思いたい)。
 謝罪とともに、なぜこのようなことが起きたのか、記者の個人的瑕疵ではなくて構造的な問題であることを認めてしっかり検証し、再発防止のためには何をすべきか、対策を公表してほしい。
 産経新聞社には、検証のための第三者委員会の立ち上げを要求したい。

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