NHKが8月18日のニュース番組「ニュース7」で子どもの貧困問題に関して6分ほどの特集を組んだ。特集では、授業料が支払えず専門学校進学を断念せざるをえないという女子高生が顔を出してインタビューにこたえ、神奈川県のシンポジウムでこの問題への理解を求めるスピーチをする様子が紹介された。
 ところが、生徒の生活を紹介するための自宅映像に趣味のグッズや高額な画材が映り込んでいたとインターネットで話題にする人が現れ、次第に「この生徒は貧困ではない」という誹謗中傷の声が大きくなった。同時に、番組では明かさなかったこの生徒のフルネームや学校などの個人情報を特定しよう、という動きも加速して行った。

 それじたい深刻な問題なのだが、この春まで放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員を務めていた私にとって、さらに許しがたい事態が生じた。
 この“騒動”をネットで知ったという自民党の片山さつき議員が、8月20日、自身のツイッターアカウントから次のように発信したのだ。
「追加の情報とご意見多数頂きましたので、週明けにNHKに説明をもとめ、皆さんにフィードバックさせて頂きます!」

 昨年、同じNHKの『クローズアップ現代』で「出家詐欺」という問題を扱った回で、“やらせ”と思われてもおかしくないような過剰演出があったことが発覚した。BPOの放送倫理検証委員会はこれを審議案件として、関係者のヒアンリングなどを行って放送倫理違反の有無を検討することになったのだが、その前に自民党情報通信戦略調査会がNHKの経営幹部を呼び出し、非公開の場で説明させたことが明らかになったのだ。
 BPOは2015年11月6日、 放送倫理検証委員会決定第23号「NHK総合テレビ『クローズアップ現代』 “出家詐欺”報道に関する意見」として、当該番組に関する意見書を公表した(私も当時は委員として審議に参加した)。
 この意見書でBPOは、放送倫理違反の認定の後、「おわりに」で自民党の呼び出しに関して次のように述べている。該当箇所をそのまま引用しよう。


 また、その後、自民党情報通信戦略調査会がNHKの経営幹部を呼び、『クロ現』の番組について非公開の場で説明させるという事態も生じた。しかし、放送法は、放送番組編成の自由を明確にし「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、 何人からも干渉され、又は規律されることがない。」(第3条)と定めている。ここにいう「法律に定める権限」が自民党にないことは自明であり、自民党が、放送局を呼び説明を求める根拠として放送法の規定をあげていることは、法の解釈を誤ったもの と言うほかない。今回の事態は、放送の自由とこれを支える自律に対する政権党による圧力そのものであるから、厳しく非難されるべきである。


 つまり、自民党やそこに所属する議員には、放送局を呼び出して説明を求めるいかなる権限も有していないし、もしそれに応じさせたとしたらそれは「放送の自由とこれを支える自律に対する政権党による圧力そのもの」に相当するのだ。
 私は任期を満了しBPOを離れたが、昨年のこの意見書もあることだし、当然、NHKは片山議員からの説明要求を拒むものと期待していた。 ネットの一部ではこの特集を「貧困ではない女子高生を貧困に見せかけたNHKのやらせだ」とする声もあったが、万が一、その可能性があるとしたら、それは政治や行政がではなくて、まずBPOがNHKに説明を求め、これまでやって来たような手順で検討を進めればよいことだ(私自身は、今回の特集に何らかの問題があるとも、BPOで議論される案件に相当するともまったく思わないが)。
 
 ところが、8月23日に片山議員はこうツイートしたのだ。
「本日NHKから、18日7時のニュース子どもの貧困関連報道について説明をお聞きしました。NHKの公表ご了解の点は『本件を貧困の典型例として取り上げたのではなく、経済的理由で進学を諦めなくてはいけないということを女子高生本人が実名と顔を出して語ったことが伝えたかった。』だそうです。」

 これをそのまま事実だとなると、NHKは再び「政権党による圧力」に屈して、片山議員の要求に応じてしまったことになる。
 なぜ、NHKはそんなことをしてしまったのか。
 これは、放送の自由、放送局の自律を、NHKは完全に放棄する、という表明なのだろうか。
 
 もちろん、放送法も理解せずにBPOの頭ごなしにNHKへ説明を求めた片山議員に責があることは言うまでもないが、 放送局の自律を守ろうとするBPOの意見書がなかったかのように、再び説明要求に応じたNHKに私は驚きと失望を感じた。
 民放各局はせめてそんなNHKの姿勢に抗議すべきだと思うが、いまのところそのような動きもないようだ。この春まで6年にわたってBPO委員を務めた身として、「残念」という言葉では言い表せないほど悲しく悔しい。 


今日放送予定のNHKラジオ第1「香山リカのココロの美容液」

テーマは自分の気持ちをうまく伝えられません



精神科医・香山リカが同世代の女性たちに贈るトークと音楽の25分。
仕事や家庭にちょっと疲れた週末の夜。癒しと活力をリラックスしたムードの中でお聞かせします。


7月22日(金) NHKラジオ第1
21:30~21:55 放送予定

※緊急ニュース等のため、放送時間が変更になる場合もあります。

是非お聴きください♪
 

東京都知事選への立候補を表明し、その後、取り下げた石田純一さん。一時は有力な野党統一候補とも言われ、大きな注目を集めた。

立候補断念の記者会見では、野党統一候補が決まった場合は「応援はもちろんしていきます」と話し、その後、その統一候補となった鳥越俊一郎氏の応援演説なども期待されていた。しかし、所属事務所が「それはない」と正式に発表したようだ。


ウェブ版『スポーツ報知』はこんな見出しの記事が掲載されている。


【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない

http://news.livedoor.com/article/detail/11766004/

 

記事にはこうある。

「 石田の所属事務所は『11日の会見をもちまして、今後一切、政治に関する発言はできなくなりました』と説明。CMなどのスポンサー契約やテレビのレギュラー番組がある限り、政治問題に携わることは難しいという。」


CMの契約の内容についてはもちろんよくわからないが、「テレビのレギュラー番組がある限り、政治問題に携わることは難しい」というのはどういうことなのだろう。

放送ガイドラインに「政治問題に携わる人はレギュラー番組に出してはならない」などと書かれているのだろうか。それは違う。


民放の番組を作る際の基準となっている「日本民間放送連盟放送基準」の6章「報道の責任」にはこういう項目がある。 

(11) 政治に関しては公正な立場を守り、一党一派に偏らないように注意する。

(12) 選挙事前運動の疑いがあるものは取り扱わない。


また、「NHK放送ガイドライン」12章「政治・経済 世論調査」には、こんな文言がある。

・ 政治上の諸問題の扱いは、あくまでも公平・公正、自主・自律を貫き、何人からの圧力や働きかけにも左右されることなく、視聴者の判断のよりどころとなる情報を多角的に伝える。

・選挙時期が迫っているとき、立候補予定者や立候補が予想される人は、選挙期間の前であっても、原則として選挙とは無関係の番組で取り上げない。選挙の応援をする学者・ 文化人や芸能人などの番組出演は、政治的公平性に疑念を持たれないように配慮する。



おそらく「レギュラー番組がある限り政治には関われない」というのは、このあたりの基準やガイドラインを意識してのこと(ただし意識しているのが事務所サイドなのか放送局サイドなのかは、上記の新聞記事からだけではよくわからない)

 

さらにこれらの基準やガイドラインの元になっているのが、次の「放送法」と「公職選挙法」である。

放送法は罰則規定のない理念法であるが、その4条1項は「番組編集準則」と呼ばれ、次の4要素からなる。

1)公安及び善良な風俗を害しないこと

2)政治的に公平であること

3)報道は事実をまげないですること

4)意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること


また、「選挙とテレビ出演」に関しては「公職選挙法」の以下の部分が関係してくる。

第151条の5 何人も、この法律に規定する場合を除く外、放送設備(広告放送設備、共同聴取用放送設備その他の有線電気通信設備を含む。)を使用して、選挙運動のために放送をし又は放送をさせることができない。


ときどき誤解されているが、放送法の立法趣旨は「政治的に公平にしなければいけない」と規制することにではなく、番組の規律づくりをあくまでも放送事業者の自主規制に委ねようとすることにある、といわれる。

そしてこれまで放送事業者は、法律よりも放送基準やガイドラインよりも上にある憲法で保障された「表現の自由」を何より大切にしながら、それと「政治的公平性」とのギリギリの妥協点を探りつつ、チャレンジングな番組を作り出演者に踏み込んだ発言を許してきた。


しかし、それがここに来て大きく変わってきている。

まず、与党の議員が特定の番組に対して「放送法に反している」と発言したり、番組編集準則違反を理由に総務省が放送局に行政指導という処分を行ったりするようになったのだ。とくに総務大臣が「停波」をちらつかせるような発言をしたのは衝撃だった。


そうすると放送局の中にも、「表現の自由」を手放してまでも、与党や行政の監視や処分を免れたい、と思うところも出てくる。「レギュラー番組を持つ限り、政治には関われない」といった石田氏の事務所の発言も、事務所サイドの主張というより、こういった放送局の"変節”を受けてのことなのだろう。


マスメディアの重要な役割のひとつに、「権力監視」があることはよく知られている。それなのに、今は放送局が逆にこれまで監視してきた権力から監視され、介入され、さらには自ら「表現の自由」を"お上”に差し出して、自ら服従を誓っているよう状況になっているのだろう。


この件に関して石田氏の事務所に抗議しよう、といった動きもネットでは起きているようだが、それは筋違いだ。

もし抗議するなら、総務省や総務大臣、特定の番組に関して放送局幹部を呼び出した自民党情報通信戦略調査会などに「なぜ『表現の自由』を守らないのか。なぜ放送法の精神に則って、放送局の自主規制にまかせておかないのか」と言うべきだ。


ただ、それは敷居が高い、という人たちにおすすめしたいことがある。

放送局は"商売”だ、ということを忘れてはならない。

世間で石田氏の人気が圧倒的となり、「石田純一さんを見たい!」という声があふれ返り、彼が出演すれば高視聴率間違いなしとなれば、「よし出すか!」と多少のリスクはおかしても、出演に踏み切らざるをえないだろう。

放送局にどんどん、「石田純一さんを出して」と要求する。また、石田氏の出演するイベントなどがあればみんなで押しかけ、その人気のすさまじさを見せつける。あるいは、石田氏の講演会やディナーショーなどを企画し、あちこちから引っぱりだこ、という状況を作り出すのもいいだろう。また、石田氏が出演しているCMの商品をどんどん買う、というのも有効だ。


有権者としてではなく、視聴者として、消費者として、石田純一氏を応援していく。これがいま、私たちにできることである。




↑このページのトップへ