イギリス・マンチェスターのアリアナ・グランデのコンサート会場で爆発が起き、多くの死傷者が出た。イギリスのメイ首相は「テロ攻撃」として捜査を始めていると発表、複数のメディアはいわゆる「自爆テロ」と報じている。

 楽しみにしていたコンサートで命を落とすことになった犠牲者のことを思うと、「冥福を祈りたい」という言葉ではとてもすまされない悲しみ、憤りで胸がつぶれそうになる。負傷者の方々、ケガはしなかったがトラウマ体験をした観客たちのからだや心の傷が少しでも小さなものですむように、と祈るしかない。

 その上で、どうしてもひとつだけ言いたいことがあり、パソコンを立ち上げた。

 多くの法学者や政治家がこれまで言及してきたが、「共謀罪」は十三世紀の裁判手続きで生まれた法概念と言われる。そしてその後、産業の近代化に伴って、労働者たちの団体活動が盛んになり、雇用者たちがこの「共謀罪」を適用しての訴訟を起こすようになったそうだ。このあたりのことは労働法学者の高橋保氏が1978年に記した論文「イギリス労働法における共謀法理(コンスピラシー)の形成と展開」でくわしく述べているが、ありがたいことに私たちはこれをネットでも読むことができる。

 その後、イギリス国内ではいろいろな議論があった「共謀罪」は、アメリカにわたってその適用範囲を大きく広げるとともに、「弾圧法理」としての側面を強めていった。先に紹介した高橋保氏の論文は、「いずれにせよ、このようなおおくの問題性を有する共謀法理がアメリカに継受されていったことに、大なる危険性を予知せざるをえないのである」という一文で結ばれている。

 現在、日本でまさに生まれかけている「テロ等準備罪」は、言うまでもなく犯罪を計画段階から処罰できる「共謀罪」の趣旨を含むものであるが、これを肯定する人たちは必ずと言ってよいほど次のようなことをその根拠としてあげる。

「この『共謀罪』は日本も批准してい組織的なテロなどを防ぐためのTOC条約(国際越境組織犯罪防止条約)のためにも必要なのだ。」
「イギリスやアメリカではずっと昔から『共謀罪』があったので、TOC条約を批准しても矛盾はなかった。ところが日本にはそれに相当するものがなかったので、このたびそれにならうだけだ。」
「イギリスやアメリカに『共謀罪』があっても人びとは自由に活動している。だから日本でも心配はない。」

 しかし、これは幾重にも間違っていると考えられる。まず、イギリスやアメリカの「共謀罪」には上述したように労働運動、市民運動の「弾圧法理」として機能している側面があり、繰り返し問題になっている。
 
 そして、さらなる重要かつ決定的な問題がある。
 日本で「共謀罪」が成立し、めでたくTOC条約との矛盾が解消されたとして、本当にテロが防げるのだろうか。
 「そうだ」とうなずく人は、今回のイギリスでの悲惨なテロをどう説明するのか。
 
 今回のテロについては、日本時間23日17時現在、いまだに犯行声明は出ておらず、「犯人の身元が特定できた」といった報道もあったが確定情報ではないようだ。
 これはインテリジェンスの専門家から聞いた話だが、もしテロの実行犯が完全な単独犯であれば、その攻撃には「ナイフや斧」が使われるケースが多く、そこで「爆弾」が使われるときはほとんどの場合、その背後になんらかの組織が存在しているという。
 
 今回のテロについてはまだ何もわかっていないが、もしこの法則があてはまるなら、やはり集団、組織が絡んだ犯行と考えるのが自然だろう。だとしたら、必ず相談、下見といった事前の準備行為があったに違いない。
 それを「共謀罪」の発祥の地であるイギリスでも、未然に発見して防ぐことはできなかったのである。
 「テロ防止のために、オリンピックを安全に開催するために、日本でもこの法律は絶対に必要。英米にはすでにこの法律がある。」そう声高に主張する人たちは、この事実をどう説明するのだろうか。
 イギリスの犠牲者を悼み、負傷者や家族や友人たちのことを思いながらも、この問いを発せずにはおられない。

 ツイッターの私のアカウントでもお知らせしましたが、この2月に経済・環境ジャーナリストの石井孝明氏を提訴し、このたび和解が成立しました。
 
 石井孝明氏のツイッターは、9万人以上のフォロワーを持つ人気アカウントです。その石井氏が2016年1月にネットメディア『agora-web』に書いた私に関する記事は、ツイッターを通してまたたく間に拡散されました。またその頃から石井氏は、私や私がかかわっている活動に関するいろいろなことを頻繁にツイートするようになりました。

 その内容についてはここで改めて紹介しませんが、そこでどのような主張が行われていたかについては、石井氏ご自身のブログに掲載された謝罪文をご覧いただければわかるのではないかと思います。
 ちなみに私は今回の訴訟の場でお目にかかるまで、これまで一度も石井氏と直接、話したりその取材を受けたりしたことはありません。

 石井氏の発言には、私に対する主観的な感想や批判的な意見の域を超えた虚偽も含まれていたため、私は何度かツイッターを通して「それは正しくないのでやめてほしい」と申し入れました。しかしそれを聞き入れてはいただけず、やむなく民事訴訟に踏み切ったところ、石井氏サイドから和解の申し入れがあって、第1回、第2回口頭弁論期日を経て和解成立となった次第です。
 

 
 さてここからは、今回の提訴と和解成立の話を離れた一般論です。
 誰もが気軽に発信者となれるネット、とくにツイッターなどのSNSはとても便利で楽しいツールだとは思いますが、人を貶める目的の明かなデマや虚偽の拡散までが「表現の自由」として容認されてよいわけはありません。とくにその出どころが「記者」「評論家」などと名乗るアカウントであれば、目にした人は「一般の人にはアクセスできない有力な情報に基づくものに違いない」と思い込んでしまいます。
 ネットでデマや虚偽を拡散され、自分のアカウントを消してしまった人、つまり自由な発言をやめてしまった人を多数、知っています。また、目にあまる誹謗中傷を浴びせられ続け、傷つきながらも黙って歯を食いしばって耐えている人は、もっと多いと思います。
 そういう被害に対して民事訴訟がいちばん良い選択がどうかはわかりませんが、「打つ手はまったくない」というわけではないと思います。

 誰もが虚偽やデマによる無用の被害を受けることなく、自由に気軽に、自分の思っていることを発信できる環境が整っていくように願っています。
 


今日放送予定のNHKラジオ第1「香山リカのココロの美容液」

テーマは独占欲の強い夫に困っています




精神科医・香山リカが同世代の女性たちに贈るトークと音楽の25分。
仕事や家庭にちょっと疲れた週末の夜。癒しと活力をリラックスしたムードの中でお聞かせします。


5月19日(金) NHKラジオ第1
21:30~21:55 放送予定

※緊急ニュース等のため、放送時間が変更になる場合もあります。
 
是非お聴きください


********************

「香山リカのココロの美容液」ではお便りを募集しています!
メッセージや取り上げてほしいテーマをお寄せください。

 お便りはこちらのHPから 
香山リカのココロの美容液HP

↑このページのトップへ