東京都知事選への立候補を表明し、その後、取り下げた石田純一さん。一時は有力な野党統一候補とも言われ、大きな注目を集めた。

立候補断念の記者会見では、野党統一候補が決まった場合は「応援はもちろんしていきます」と話し、その後、その統一候補となった鳥越俊一郎氏の応援演説なども期待されていた。しかし、所属事務所が「それはない」と正式に発表したようだ。


ウェブ版『スポーツ報知』はこんな見出しの記事が掲載されている。


【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない

http://news.livedoor.com/article/detail/11766004/

 

記事にはこうある。

「 石田の所属事務所は『11日の会見をもちまして、今後一切、政治に関する発言はできなくなりました』と説明。CMなどのスポンサー契約やテレビのレギュラー番組がある限り、政治問題に携わることは難しいという。」


CMの契約の内容についてはもちろんよくわからないが、「テレビのレギュラー番組がある限り、政治問題に携わることは難しい」というのはどういうことなのだろう。

放送ガイドラインに「政治問題に携わる人はレギュラー番組に出してはならない」などと書かれているのだろうか。それは違う。


民放の番組を作る際の基準となっている「日本民間放送連盟放送基準」の6章「報道の責任」にはこういう項目がある。 

(11) 政治に関しては公正な立場を守り、一党一派に偏らないように注意する。

(12) 選挙事前運動の疑いがあるものは取り扱わない。


また、「NHK放送ガイドライン」12章「政治・経済 世論調査」には、こんな文言がある。

・ 政治上の諸問題の扱いは、あくまでも公平・公正、自主・自律を貫き、何人からの圧力や働きかけにも左右されることなく、視聴者の判断のよりどころとなる情報を多角的に伝える。

・選挙時期が迫っているとき、立候補予定者や立候補が予想される人は、選挙期間の前であっても、原則として選挙とは無関係の番組で取り上げない。選挙の応援をする学者・ 文化人や芸能人などの番組出演は、政治的公平性に疑念を持たれないように配慮する。



おそらく「レギュラー番組がある限り政治には関われない」というのは、このあたりの基準やガイドラインを意識してのこと(ただし意識しているのが事務所サイドなのか放送局サイドなのかは、上記の新聞記事からだけではよくわからない)

 

さらにこれらの基準やガイドラインの元になっているのが、次の「放送法」と「公職選挙法」である。

放送法は罰則規定のない理念法であるが、その4条1項は「番組編集準則」と呼ばれ、次の4要素からなる。

1)公安及び善良な風俗を害しないこと

2)政治的に公平であること

3)報道は事実をまげないですること

4)意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること


また、「選挙とテレビ出演」に関しては「公職選挙法」の以下の部分が関係してくる。

第151条の5 何人も、この法律に規定する場合を除く外、放送設備(広告放送設備、共同聴取用放送設備その他の有線電気通信設備を含む。)を使用して、選挙運動のために放送をし又は放送をさせることができない。


ときどき誤解されているが、放送法の立法趣旨は「政治的に公平にしなければいけない」と規制することにではなく、番組の規律づくりをあくまでも放送事業者の自主規制に委ねようとすることにある、といわれる。

そしてこれまで放送事業者は、法律よりも放送基準やガイドラインよりも上にある憲法で保障された「表現の自由」を何より大切にしながら、それと「政治的公平性」とのギリギリの妥協点を探りつつ、チャレンジングな番組を作り出演者に踏み込んだ発言を許してきた。


しかし、それがここに来て大きく変わってきている。

まず、与党の議員が特定の番組に対して「放送法に反している」と発言したり、番組編集準則違反を理由に総務省が放送局に行政指導という処分を行ったりするようになったのだ。とくに総務大臣が「停波」をちらつかせるような発言をしたのは衝撃だった。


そうすると放送局の中にも、「表現の自由」を手放してまでも、与党や行政の監視や処分を免れたい、と思うところも出てくる。「レギュラー番組を持つ限り、政治には関われない」といった石田氏の事務所の発言も、事務所サイドの主張というより、こういった放送局の"変節”を受けてのことなのだろう。


マスメディアの重要な役割のひとつに、「権力監視」があることはよく知られている。それなのに、今は放送局が逆にこれまで監視してきた権力から監視され、介入され、さらには自ら「表現の自由」を"お上”に差し出して、自ら服従を誓っているよう状況になっているのだろう。


この件に関して石田氏の事務所に抗議しよう、といった動きもネットでは起きているようだが、それは筋違いだ。

もし抗議するなら、総務省や総務大臣、特定の番組に関して放送局幹部を呼び出した自民党情報通信戦略調査会などに「なぜ『表現の自由』を守らないのか。なぜ放送法の精神に則って、放送局の自主規制にまかせておかないのか」と言うべきだ。


ただ、それは敷居が高い、という人たちにおすすめしたいことがある。

放送局は"商売”だ、ということを忘れてはならない。

世間で石田氏の人気が圧倒的となり、「石田純一さんを見たい!」という声があふれ返り、彼が出演すれば高視聴率間違いなしとなれば、「よし出すか!」と多少のリスクはおかしても、出演に踏み切らざるをえないだろう。

放送局にどんどん、「石田純一さんを出して」と要求する。また、石田氏の出演するイベントなどがあればみんなで押しかけ、その人気のすさまじさを見せつける。あるいは、石田氏の講演会やディナーショーなどを企画し、あちこちから引っぱりだこ、という状況を作り出すのもいいだろう。また、石田氏が出演しているCMの商品をどんどん買う、というのも有効だ。


有権者としてではなく、視聴者として、消費者として、石田純一氏を応援していく。これがいま、私たちにできることである。





今日放送予定のNHKラジオ第1「香山リカのココロの美容液」

テーマは気をつかいすぎて疲れてしまいますです!



精神科医・香山リカが同世代の女性たちに贈るトークと音楽の25分。
仕事や家庭にちょっと疲れた週末の夜。癒しと活力をリラックスしたムードの中でお聞かせします。


7月15日(金) NHKラジオ第1
21:30~21:55 放送予定

※緊急ニュース等のため、放送時間が変更になる場合もあります。

是非お聴きください♪
 

<0701再稼働反対!首相官邸前抗議(首都圏反原発連合主催)でのスピーチ原稿>

 いま、参議院選真っ只中ですが、「脱原発」を政策に掲げている候補者はそう多くありません。先日、個人的には「脱原発」なはずなのに選挙戦ではそれを主張していない候補者と話す機会があり、「どうして原発の話をしないのですか」ときいてみました。するとその人は、「あの事故から5年以上たっているから、有権者はもう忘れているからですよ」とこたえました。
 
 私たちは、もう原発事故を忘れてしまったのでしょうか。
 たしかに、私たちは人間すぎたことを忘れる、忘却する生きものです。忘却じたいは、悪いものではありません。それどころか、「忘却」は神さまが私たちに与えてくれた美しい贈り物だと思っています。人生にはつらいできごと、悲しい別れがいっぱいで、それを全部つぶさに覚えていたら、私たちはとても生きていくことができないでしょう。忘れるからこそ、私たちは生き続けることができるのです。

 しかし、忘却したことを私たちは本当にすっかり忘れているのでしょうか。
 それは違います。精神医学的に言えば、忘れたつもりになっていてもとくにそれが葛藤の場合は、それは単に心の奥に「抑圧」されただけであり、何かの機会にまたそれが心の表面に戻ってくる、つまり「回帰」することもあるのです。そして抑圧された葛藤は、その人を強く苦しめる「症状」となって回帰してきます。つまり、心がいくら「忘れたふり」をしても完全に忘れているわけではないことは、あとになって私たちに大きな打撃を与えることがあるのです。

 先ほども言ったように、私たちは原発や原発事故を忘れているかに見えますが、本当は「忘れたふり」をしているだけです。私たちだけではありません。メディアもそうです。
 5月に熊本地震が起きたとき、テレビニュースはすぐに「川内原発に異常は認められません」と報じました。6月16日、私は仕事で札幌にいましたが、函館市で局地的に震度6強を記録する地震が起きました。そのときにもニュースは何度も「泊原発や建設中の大間原発には異常はありません」と繰り返されました。地震があればすぐに原発を思い出す、ということは、私たちは日ごろは原発を「忘れたふり」をしているだけなのです。

 でも、忘れようとしても、いくら忘れたふりをしても、原発を本当に私たちの記憶から消し去ることなんてできない。そして、このままだとそれはもっとひどい形で私たちに「回帰」してくれるであろう、ということは言うまでもありません。
 だから、目を背けたくても忘れたくても、私たちはきちんと原発や原発事故に向き合い、正しい形で消して行くしかないと思います。

 そのためには、こうして市民が声を上げることも必要ですが、何としても政治に「脱原発」の判断をし行動してもらわなければなりません。
 この数年、私たちは政治に何度も裏切られてきました。原発の再稼働決断し、憲法を解釈という名で破壊して安保法を無理やり成立させた政治をもう頼ることなんてできない、と思う人もいるかもしれません。
 しかし、それでも私は政治を信頼し、期待することをあきらめたくありません。

 今日、2016年7月1日は私にとってとてもうれしい日です。大阪市で制定されたヘイトスピーチ対策条例が施行され、申し立ての受付が始まって早速、在日韓国人団体から被害の申し出があったそうです。この条例ができたのも政治の力です。
 私は国政をあきらめたくない。地方の政治もあきらめたくないです。
 東京ではもうすぐ都知事選があります。そこでも原発に頼らず、自然エネルギーを選択してくれる候補者を選びたい。新しい都知事にはぜひ東京でもヘイトスピーチ条例を制定していただきたい、と思っています。

 つらくても、悲しくても、そこから目をそむけ、忘却するのはもうやめましょう。勇気をもって美しい「忘却」から一歩を踏み出しましょう。
 まっすぐに問題を見つめ、ひとつひとつ取り組んできちんと解決していきましょう。
 原発の問題もまさにそのひとつです。
 市民の力、政治の力を信じて、これからもいっしょにがんばりましょう。
 

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