前回からまた間が開いてしまいました。
m(__)m

7月4日に観たドキュメンタリー映画『オーガズミック・バース』。

前回は、
「分娩室で声を出すと叱られた」
と言うところで終わりました。

確かにギャーッと騒いだところで、
産まれるわけではありませんが、
変に堪えるよりは、
身体の欲求に従って素直に表現した方が、
余計な緊張せずに自然体で向き合えると思います。

私は何しろ息むのが下手くそな妊婦でしたが、
仰向けで脚が上がった状態で息むことじたい不自然な事ですよね。
息むって、やっぱり足が地についていてこそ出来るものだと、あの映画を観て確信しました。


確か、自分が出産を経験してからだったと思いますが、
水中で分娩する『水中出産』というのを知りました。
しゃがんだ状態で産み落とすスタイルがあることも、後々知りました。


今から30数年前、
高校の授業の時間に、
生物の先生だったかが、
人の出産にまつわるモノクロのスライドを見せてくれる機会がありました。

今でも断片的に、その絵を思い出すのですが、
一人の妊婦さんがヌードでにこやかに微笑みながら写ってる姿です。

身近に妊娠した女性をそれまでに見る機会がなかった私には、
妊娠によって変化する女性の身体つきにギョッとなったのです。

私の知っている女性の身体は、
ヌード写真やアダルトビデオに出てくるものばかりだったからかもしれません。


(つづく)

ご訪問、ありがとうございます。

連載していた伯母の話題から少し離れて、
性愛に絡めた記事を一つ。


先日7月4日に、愛知県春日井市で
『オーガズミック バース』というドキュメンタリー映画を観てきました。

10年前に、アメリカで製作された映画ですが、
本来人の出産とは、セクシャルなもので、
出産するその瞬間はまさに、セックスの際のオーガズムと同じ感覚を覚えるそうです。

医療が(必要以上に?)介入する病院での管理された出産でなくとも、
人は望むスタイルで、自然な状態で出産できるのだと言うことが、
映画のなかで描かれていました。

産婆さん(今の助産師さん)が、
妊婦さんの自宅に来て出産介助をするのが当たり前に行われていた時代もありましたし、
また今、敢えて助産院での出産を選ぶ人もいるとか。

私が性愛やパートナーシップについて学ばせていただいた方で、
自宅で、家族が見守るなか出産された方も何人かいらっしゃいました。

それを聞いて、ただただ「凄いなぁ!」としか思えなかったのですが、
この映画を観ていたら、
こんな風に子どもが産めたら、
その後の夫婦での子育ても変わっていくだろうと感じました。


私が産まれたのは、名古屋市内の総合病院の産婦人科です。
そして、自分の息子たちも同じ病院で産みました。

この映画を観た後で、
母に何故病院での出産を選んだのか尋ねてみたところ、
①「衛生的な環境で産みたかった」
②「友人がそこで産んで勧めてくれたから」
という理由だったそうです。

では、私がその病院を選んだ理由はというと、
①「自分がそこで生まれたから」
②「当時の職場の目の前にあって、健診後に出勤しやすかった」
③「病院以外の出産という選択肢が思い浮かばなかった」
と言うのがあります。

当時の私の頭の中には、
「出産は病院でするもの」という認識しかなかったのかもしれません。

巷では、夫が妻の出産に立ち会う事も流行りだしていた時期ではありましたが、
夫の仕事の事を考えて、ハナからその選択も諦めていたと思います。

日本の出産のイメージは、
妊婦さんが
ただただ痛みにひたすら耐え続け、
歯を食い縛り、声も出さず、
不自然な格好で産み落とす、
でしたが、
映画の中に出てきた出産シーンは、
陣痛の波に漂うように、
その波に抗わず、
身体が望むまま声をあげたりしながら、
自分の楽な体勢で産み落とす、
ものでした。

これから出産を迎える女性(妻)の隣には、
常にパートナーの男性(夫)が寄り添い、
陣痛の時は、身体が楽になるようにマッサージしたり、
気分をリラックスさせるように会話したり、
そしていよいよの場面では、
妻を励まし続け、
出てきた赤ん坊を取り上げる大役を担ったりと、
一緒に命をこの世に産み出すという姿が描かれていました。

出産する時には、
心地よいセックスの際に分泌される
エンドルフィンやオキシトシンが分泌されるのです。

人体の神秘と言うのでしょうか、
陣痛という痛みを脳がキャッチすることで、
必要な神経伝達物質やホルモンを分泌するように促し、
出産の進み具合に合わせて母体を動かしていきます。

また、出産の間際にはアドレナリンが分泌され、
それによって息むことが出来るのですが、
これが分泌されると自然と叫んだりしてしまうみたいなんですね。
(一種の興奮状態ですから、当たり前とも言えます。)

けど、私の病院の場合、
《声を出したら叱られました。》


【つづく】





前回の続き。

経管栄養になった伯母を受け入れてくれる施設を探すことになり、、、

入院先の病院の相談室に今回もお世話になり、
母の従妹の知り合いのケアマネージャーにもお世話になりして、
名古屋市中川区内の《サービス付き高齢者向け住宅》に移ることになりました。

サービス付き高齢者向け住宅とは、
本来は元気な高齢者の方向けの賃貸住宅のようですが、
伯母が入居することになった所は、
昼夜問わず看護師さんが常駐して、
必要であれば医療的なサービスが受けられるようなところでした。

入居が決まったら事はトントンと進み、
以前の老人ホームからの荷物の引っ越しやら、
新しい施設に必要なものの買い出しやら、
慌ただしく過ごした日が2、3日あったあと、
伯母は病院からサ高住へと退院してきたのでありました。

私が知る限り、
ここに入居してからずっと、
伯母は毎日ベッドの上で同じ風景を眺めて暮らしていたのだと思います。

けど、以前の老人ホームに居た頃よりは、
落ち着いた状態で、
穏やかに過ごしていたようだと、
母は言っていました。

あくまでも母の見解ですが、
“最初の老人ホームでは、
食事の際に食堂に集められて
大勢で食べることになっていたようで、
右手がうまく使えず、しかも会話の出来ない状態なので、
そういう場所に連れてこられるのが嫌だったんではないかと。
けど、今度の場所は、
ずっと自分の部屋で一人で静かに過ごせるので、
それが伯母には合っていたのではないかと”
言うのでありました。

自宅に居る頃も、
普段はずっと自分のエリアで誰にも邪魔されずに過ごしていた人なので、
母の見立ては当たっていたのかもしれません。



(つづく)

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