そんなこんなでてんやわんやな毎日は続いているのだが、フィットネスに入会するという望みを叶えた。

平日の夕方、だいたい週2回のペースで筋トレとスイムを1ヶ月半続けている。

継続は力なりとはその通りで、体はキチンと鍛えられているらしい。

フィットネスのプールは20m。
先日、娘に連れられて久しぶりに25mプールで泳いできた。
体は20mに慣れてしまって25mの最後の5mがくるしいのではないかと思ったら、左にあらず。
最後まで押し切れる。
体が重くなるまでの距離が伸びている。

まさにトレーニングの効果を体感できたと言うところ。

後日、フィットネスの練習では、もう少しストリームラインを丁寧に作ろうと意識するようにした。

前後左右上下全てを水に包まれた静寂の中で
(たまに隣のレーンを激しく泳いでいるおじさまの音がきこえてくる)
ラインが決まってスゥ〜っと真っ直ぐ長く進めているときの感覚は悟ったかのような錯覚を覚えることもないことはない。(絶対悟ってない)

悟ってない証拠として、新しい水着を買いたくなる物欲たる煩悩が浮かび上がってきているのである。

泳ぎ終わった後のジャグジーで体を伸ばしていると、だいたいおじさまおばさま方の好き勝手なおしゃべりが聴こえてくる。正直あまり聞きたくないのだが、聞こえてくるものは仕方がない。案の定、悟りには程遠い。
_var_mobile_Media_DCIM_103APPLE_IMG_3249.JPG
浄土宗を信仰した祖父様は何を思ってこれを読んだのか?はたまた、これらを読んで浄土真宗を学んだ上で浄土宗を選んだのか?
親鸞があくまでも法然の弟子として浄土宗を信じながらその生涯を閉じた後の浄土真宗には何か違うものを感じたのか?
祖父様の書棚にはまだまだたくさんの本が並んでいる。いつかあの部屋で時間を気にせずに読書に耽りたい。

フィットネスとは無縁のだらだらした日曜日を祖父様の書棚から数年前に拝借した書籍を読むことで、多少なりとも我が人生の糧に繋げてみたいところだが、わしの知識と能力ではどうなることでもないらしい。

とりあえず「親鸞」が最後の4巻までようやくたどりついたので、これを読んだ後に読み直そうと思っている「他者の倫理学」が読めるかどうか、楽しみにしておく。