こんばんは!青春高校3年C組のカンウサンです!皆さん三連休はいかがでしたか?僕はずっと家に閉じこもっていました。せっかくの秋なのにやることがないなんて寂しいですよね。というわけで、音楽の秋に涌嶋のライブに行きました!


僕が入学希望者だった時、本番ギリギリまでギターを弾きながらわったーと一緒に「せっかちなかたつむり」を歌う涌嶋の姿がとても印象的でした。まるで本当の高校の休み時間のようで、緊張が解けた記憶があります。勝手なイメージなんですけど、涌嶋の第一印象は憧れの先輩でした。でも、二人はあんまり接点もないし、両方とも人見知りなので、僕にとって涌嶋はずっと憧れの先輩でした。今日は同じ高校だった先輩のライブにこっそり潜入する感じでした。


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最初はすかすかだったライブ場も、観客が徐々に増えて、最後に涌嶋の順番になった時は人が集まって賑やかでした。1曲目からうさぎパンツを投げるという衝撃のパフォーマンスで会場は盛り上がりました。今日は軽音部の涌嶋とは違う味でした。特に、「Singing Doll」という、彼女が出来たお兄ちゃんに見放されたリアルドールの気持ちを表現した曲はとてもわくっしーらしいでした。

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物販で買ったCDのタイトルは「Wakussy best」。これは、誤字を装った下ネタ。最初は気づいてなかったんですけど、「bust」はおそらく「バスト」のことですね。こんなわくっしー大好き
ちなみに、わくっしーの公式lineアカウントにおっぱいって送信すると「この...ドスケベが!!」って返事が来ます。皆さんも是非試してください。

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僕が思う涌嶋の凄いところは自分を表現する力があるところです。日常の経験が歌詞になり、メロディーと合わせて歌になる。しかも、作るだけじゃなくて舞台に立って誰かを笑わせたり、泣かせたりする。自分しか持っていない感情を他人と公有することはとても素晴らしいと思います。みんな涌嶋の歌に惹かれて涌嶋のことを知りたくなるし、応援したくなリますよね。



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僕が隣で見ていたわくっしーはとにかく必死で、熱いハートの持ち主です。誰よりも確固たる目標があって、それを目指して日々頑張っています。それを見ているとなにかしてあげたくなリますね。
そして、なんとなくなんですけど、番組ではよくふざけてるけど、実はデリケートなところがあって、悩みとかコンプレックスを出せないようにしているんじゃないかなと思います。僕はライブに行くことくらいしかできないけど、ファンのみなさんも是非暖かい目で見守ってください。

「ライブ本当に良かったです。今日、普通にわくしました。」

こんばんは!青春高校3年C組のカンウサンです。最近は、季節の変わり目ということで気温の変化が激しいですね。そろそろ長袖を着ようと思ったら暑くなるし、半袖を着た日だけは寒くなったりなかなか気まぐれな毎日です。そのせいか、青春高校でも風邪が流行っています。楽屋でマスクをつけた生徒が増えましたし、鼻をかむ音が止まらないです。特に、女子アイドル部は体調を崩した子が結構多くて、公演やイベントに参加できなかったりしたのでとても心配です。またインフルエンザが流行っているらしいので皆さんも気をつけてください。


インフルエンザというと、今年の1月に全国的にインフルエンザが流行って毎日のようにニュースに出ましたよね。僕も去年の12月にインフルエンザにかかって、夜に汗まみれになって寝れなかった記憶があります。熱があるのに寒いという不思議な体験をしてとても辛かったです。でも、家に引きこもって1週間休んだら治りました。


しかし、2週間後のある朝に起きたら、耳が痛くて舌の感覚がなくなりました。うがいをしようとしたら口の中の水が流れ出ました。右の顔が全く動かなくなりました。病院で聞いた病名は「顔面神経麻痺」でした。


残っていたインフルエンザのウィルスが神経を攻撃して発症したという顔面神経麻痺」は3ヶ月、4ヶ月が経っても治らないでした。毎日病院に行っても変わりがない。他の人は治る病気なのになんで俺は治らないんだろ。学校にも行かず、毎日イライラするだけでした。一生笑えないと思ったら悔しくて、でもため息をつく親を見て申し訳なくて、怒りをただ一人で飲み込みました。この病気の特徴は、物理的痛みはないけど自信をなくしてしゃがませるところです。人の心をむしばむとても憂鬱な病気です。



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青春高校に出る僕を一回でも見たことがある方ならどこか違和感を感じたことがあると思います。僕は笑うときに片手の口元だけ上がリます。正直青春高校のオーディションに応募したときも「こんな顔をした人を表に出せるわけ無いだろ」と思いました。僕の予想通り、オーディションウィークの初日に、「顔が崩れている」と言われました。それをなんとか隠そうと思ってその後は笑わないようにしました。そしたら、「怖い、気持ち悪い」とか言われましたよね。やっぱ僕は番組には向いてないと思いました。青春高校の入学が決まったときに笑うも泣くもせず、下を向いたのは複雑な気持ちだったからです。


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僕の病気はまだ治っていないです。一生治らないかも知れないと思ったら今でも怖くて不安です。でも、ファンの人に「笑うときのカンくんかわいい」と言われたときはとても嬉しくて思わず泣いてしまいました。僕の弱みを愛してくれる優しい人もいる。世の中は決して敵ばかりじゃないと思いました。僕は誰しも一つの欠点を持っていると思います。僕の場合はそれが表に出るだけだと。そして、見るによっては僕が自ら欠点だと思ったことが欠点ではないかも知れないいうことが分かりました。これからも頑張ります。でも、みなさんはインフルエンザにかからないようにしてくださいね





解散して約50年が経ったビートルズは、今では一つの神話になっている。ポール・マッカートニーがアメリカのトークショーに出るときは、どんなスターより大きな拍手で迎えられる。彼が登場するだけで観客はスタンディング・オベーションで敬意を表す。現在77歳の彼は、まるで「伝説の歌手」である。そんな彼が最近『ザ・レイト・ショー』に出て、「私はまだリバプールで育った小さい子供です」と謙虚に言ったインタビューはとても興味深かった。番組のMCであるスティーヴン・コルベアは、「音楽家には他人の精神と心に入って何かを変える力がある。そして、それが本当の魔法だ。」と言いながら、ポールにファンの感情的なつながりをどう扱うのかについて質問した。彼は自分が持っているポールとの感情的なつながりを例として挙げた。


ポールの『Band on the run』という曲は1974年の夏を代表する曲だった。スティーヴンは、 何回もその曲を聞いて、時には口ずさみながら幸いな時を過ごしたはずだ。しかし、彼のお父さんと二人の兄弟は1974年の9月に飛行機事故で亡くなった。11歳の時に家族を見送った経験は彼の人生に影響を与えた大きな事件だった。彼にとって『Band on the run』という曲は、純粋で、幸せだった時期を象徴するものだったのである。


同じ音楽を聞いても、 自分が育った環境や経験によってその印象は違う。誰かにとっては愛の歌である曲が他の人には別れの歌かもしれない。感情的なつながりとは、ポールの歌を聞いた人々が勝手に持っている印象に過ぎないが、スティーヴンはそれについてポールに質問した。つまり、「自分が色んな人の中に色んな形で存在することについてどう思いますか?」という難しい質問に対して、ポールは丁寧に答えた。


「私も多くの人のファンだったので分かるような気がします。私は自分が作った曲がお金を稼ぐと嬉しいです。みんな最初はこういう風に音楽を始めます。自分がやることが大好きだけど、 お金をもうけようとします。でも、自分の曲が人の頭に入って、それぞれの意味を持つということは私がもらえる最高のボーナスだと思います。」

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僕はこの答えが、とてもポールらしいと思った。ポールは夢で見たお母さんを思い出して作った『Let it be』や人種差別を歌った『Blackbird』など人に希望を与える曲をたくさん作った。しかし、凶悪な殺人犯であるチャールズ・マンソンが自分たちのスローガンとしてポールの歌、『Helter Skelter』を使って、意図せず悪いことに関わったこともある。このように、誰よりも音楽が人に及ぼす影響を知っている人だからこそ出れる答えだと思った。


僕とビートルズとの出会いは小っちゃい頃に「韓国人が好きなポップソング」のCDで流れていた『Yesterday』を聞いたことだった。分かり易い歌詞と優しいメロディーは英語を知らない子供が聞いても魅力的だった。『Hey Jude』の歌詞の意味は分からくても、ハイライトのナナナナーは誰でも歌える。物事を自分で考えられるようになってからはビートルズが文化として見えてきた。村上春樹の『ノルウェイの森』、タイトルからしてビートルズの曲であるこの小説を読んで、どうしてビートルズが今まで愛されていたのか知るようになった。彼らの歌は数多くの人にインスピレーションをあげた。ミスチルの桜井さんがビートルズの熱烈なファンだということは有名な話である。佐久間さんはビートルズの歌を聞くといい企画が考えつくらしい。文学、映画、ファッションなどどのメディアでもビートルズが見つけられる。アメリカのテレビでは今でも最高のビートルズのアルバムは何かについて議論する。ビートルズは正に「文化人のバイブル」である。


僕とビートルズとの感情的なつながりは受験生の時に聞いた『Nowhere man』である。留学の試験科目が他の生徒と全然違ったため、学校の従業はほぼ聞いていなかった。その代わりに、毎日塾に通って勉強をした。自分がやっていることが正しいのかわからない日々が続いて、未来への不安しかなかった。僕は文字通りに、「どこにもいない人」だった。しかし、塾の帰り道で『Nowhere man』を聞きながら、ジョン・レノンも僕と同じ悩みをしたと考えるとなぜか気が楽になった。悩んでも解決できないなら悩まない方がいい。ビートルズは僕にいい教えをくれた。


ビートルズが今でも人気がある理由は音楽性に優れていたためだけではない。彼らは常にストーリーを求めていた。 曲と曲がつながっていてアルバムを丸ごとに聞くと物語になるコンセプトアルバムを作ったり、 アルバムを出すたびに映画やアニメーションを公開したりした。このようなストーリーテリングはビートルズに生命を吹き込んだ。その結果、ビートルズは解散しても彼らの音楽は「ビートルズ」という名の生き物として生き残って、彼らに魅了された人々の手を借りて、子孫を生み出した。彼らの音楽は色んな形で生まれ変わって、また色んな話を作り出した。それは本であり、新たな歌であり、映画である。広い意味では『Nowhere man』を聞いた僕の感想も含まれるかも知れない。音楽が人の心に入って何かを変えること。 スティーヴンは「本当の魔法」、ポールは「最高のボーナス」と呼んだそれが、ビートルズの成功の要因だったと僕は思う。


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