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タンザニア北東部のマサイ村へやってきました!
(1年程前にお会いしたヨシダナギさんの影響からか、アフリカ民族に少しは興味があります。ナミビアではヒンバ族にも会ってくる予定です。)

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道端では至る所でローカルマーケットが開かれています。
牛を棒で叩きながら引き連れているマサイ族もたくさんみかけます🐂
マサイ族を観察してみると、動物系悪魔の実ヒトヒトの実モデルマサイを食べればマサイの布を纏って、マサイの棒を持ち、アクセサリーをつければマサイ戦士になりきれるっぽいです。
マサイの格好でいつか"SASUKE"に出場したいと思っています!
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"そり立つ壁"くらいまでは行きたいですね😌

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軽食にとうもろこしを購入🌽
道端には、とうもろこしおばさんがたくさんいて、500タンザニアシリング(約25円)でとうもろこしを売っています👵🏾
味付けしているのか分かりませんでしたが、ポップコーンに近い感じで案外美味しかったです😋

バスに乗ってアルーシャ市の中心街まで行きます🚌
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ナイロビで初めて乗ったときはなかなか怖かったバスですが、今はだいぶ慣れてきました。
マサイ族も普通に乗ってます(笑)
ちなみに料金は25km先の中心街までで800TSh(約40円)でした。

アルーシャ中心街に到着しました。
ここでも、道の至る所でローカルマーケットをやっています。
そして面白いものを発見!
おじさんが道端にルイ・ヴィトンやグッチなどのバック(セカンドハンド)を並べて売っています!👜
(写真撮れず😭)

ブランド品のせどりバイヤーとして渡航費用の一部を賄っていた身としては少し興味があります。
ハイブランド品だと偽物(コピー商品)でもそれなりの値段で売られていたりするので、ここでも気になってヴィトンのバックの値段を聞いてみると75000TSh(3800円)とのこと。
初手の値段にしては思ったより安かったです。
(というかおじさん、自分が売っている商品のブランド名も知らなそうな感じでした。)

値段を聞いて満足した内野は店を後にしましたが、おじさんが後をつけてきます。
55000TSh(約2800円)でいいから買わない?、と言ってきましたが、断って食堂へ向かうことにしました。
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大衆食堂で食事を摂ります。
注文を終えて一息ついたところで店の奥からさっきのおじさんが登場😂(いつの間に!)
片手にはヴィトンのバック😂
20000TSh(約1000円)でいいから買わない?とのことです。恐るべし執念😂
「宿に財布置いてきたから食事代しか持ってないんだよ」とやんわり断っておきました😅

再びバスに乗り宿へ戻ってきました🚌

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宿のすぐ近くにはマサイ女性による土産屋がズラリと並んでいました!
ここには17軒の店があり、35人の女性が働いているのだそうです。

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土産屋の中はこんな感じ。
これだけ店が多いと掘り出し物も見つかりそうです!
早速片っ端から物色します😆

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高級感溢れる綺麗なネックレスを発見しました!
実はこの類のネックレス、ケニアの土産屋でも見つけたのですが、かなり高くて手が出せずにいました。
ここの店ではかなり種類も豊富で、値段を聞いてみると、ケニアの店の10分の1以下の値段でした😂
マサイのおばさん計算間違えてるんじゃないかと思うほどです(笑)

このネックレスを100個ほど買って日本に持ち帰り高値でメルカリ出品すれば一気に数十万円は稼げそうです。

自分用とお土産用にだけネックレスを買い、満足した内野は宿へ戻ります。

ちなみに翌日もマサイ女性の土産屋を訪れ、半日ほどそこで過ごしました。
(その日購入したのは2000TSh(約100円)のイヤリングのみ。)
自分が買い物をした店のマサイおばさんと仲良くなり、昼食もご馳走になりました😂
マサイ村に泊めてもらえそうな勢いでしたが、目的が変わってくるのでやめておきました(笑)

そういえばタンザニアコインも少しずつ集まってきました。
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タンザニア出国までにどのくらい集まるか楽しみです😃

アフリカへきてから、それなりに月日も経ちました。
最終目的地の南アフリカまで3分の1ほどは進んだでしょうか。

ケニアで東アフリカ最大のスラムを訪れ、ウガンダで最貧国のリアルを体感し、ルワンダでは虐殺記念館に行き、タンザニアではマサイ族に会い、なかなか贅沢な放浪フィールドワークをしているところですが、やはり大変なことの方が多いです。

日本へ帰ってからの楽しみをどんどん増やしながら、引き続き頑張っていきたいと思います😌

内野

タンザニアにやってきました🇹🇿

ストリートチルドレンやスラム街が今回のアフリカ旅のメインテーマでしたが、ここ最近はなかなか触れる機会がありません。
日本語の文献しか当たらなかったためか事前調査不足でした😅

なのでここ数日、いつか出版するかもしれないアフリカ本📖の題材集めや、いつか出版するかもしれない写真集📚へ向けた撮影練習を続けています。*

(*自分は作家にもなりたいと思っていて、この前の3月には『東京外大物語』と題した小説を第41回すばる文学賞へ応募しました。小説だけを書きたい訳ではありませんが、経験を積むためにも、これから毎年1作ずつは新人賞に応募していけたらなと思っています🤔💭)

そして、水道・電気・ガス・ネット・ベッド・日本語・寿司の七種の神器が不足した環境での鍛錬を続けています。

東京に住みながら海外で働きたいと言っていた自分ですが、海外で働きたい気が即失せるほどには今の生活はキツいです(笑)
日本ってやっぱり素晴らしいですね、日本に帰ってやりたいことが多すぎて帰国日が待ち遠しいです()

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お昼ご飯です🍽
ヴィクトリア湖の近くに位置するタンザニア第2の都市ムワンザの街の外れの小さなお店で食べました。
これで3000タンザニアシリング(約150円)なので中々安い方です。

最初は食べれるか不安でしたか、真ん中上のウガリ(写真では伝わりにくいですがかなり大きかったです。多分トンタッタ族くらいの大きさはありました。)を少し残した以外は綺麗に美味しくいただきました😋

1タンザニアシリング(以外TSh)が約20円なのですが、タンザニアの最大紙幣は1万TSh、つまり日本でいう500円が最大紙幣になります!
ATMで1万円分引き出そうとしたら最低でもお札が20枚は出てきます。

そしてなにより硬貨がとても綺麗で可愛いです!
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(写真じゃ伝わりにくいけど美しい金色)
今まで色んなお土産を見かけましたが、タンザニアコインが1番のお土産になるんじゃないかってくらい一目惚れしました😊
タンザニアを出るまでに沢山集めてきたいと思っているので欲しい人がいれば言ってください!🏅

そして何故か瓶の王冠も集め始めました。
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持ち帰ってどうするかはまだ決めていませんが、多分まとめて誰かのお土産になると思います🎁

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タンザニアの道路です。
『劇場版ATARU』で観たルート66を思い出しました!(古い)
アメリカはサイパン島にしか行ったことがありませんが、多分どうにかすれば似てるでしょう(雑)

宿泊地がヴィクトリア湖の目の前だったので少し泳いできました。
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一眼レフが手元になかったうえ雨も降っていたので構図も雑ですがブログの締めくらいにはなるでしょう。

タンザニアはかなり広くそれなりに滞在するので今後数回はタンザニアについて書くことになりそうです🇹🇿
Wi-Fi等の関係もありアフリカで毎日ブログを更新するのは難しそうですね(笑)

それでは😌

Wi-Fiがなくて更新が遅くなりました😅

ルワンダにやってきました🇷🇼

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首都のキガリでは虐殺記念館へ。
ルワンダ虐殺*についてルワンダ語、フランス語、英語の三言語で展示がありました。

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記念館から見えたキガリの町の様子。

ルワンダに来てから道行く人々にかなりジロジロ見られます😅
ケニアやウガンダではそうでもなかったけど、ここでは周りにいる人々の十中八九がこちらを見ている気がします。東洋人が相当珍しいのでしょうか?
ちびっ子ならまだしも大人にずっと見られているのは流石にいい気がしません😅
ケニアとウガンダではほとんど出会わなかった物乞いにもルワンダでは結構遭遇しました。単なる地域の問題だったのでしょうか?

宿泊宿で洗濯物を干していると柵の外から少年が声をかけてきました👦🏾
話をしてみると、どうやら英語はhello、yes、no、ぐらいしか話せない様子。ルワンダ語なら話せるみたいでしたが、生憎僕は喋れません。

ケニアとウガンダでは英語でなんとかなっていたので、アフリカへ来て初めて言語の壁に衝突しました🤷🏻‍♂️

実はこの子は少しストリートチルドレンっぽかったので色々話してみたかったのですが言葉が通じないと結構難しかったです😭
宿の警備員が見回りにきたところで少年はどこかへ逃げてしまいました…

たまには食事についても書こうと思います!
夜ご飯にはゴートブロシェットを食べました。
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これで2000ルワンダフラン(約270円)なので、まあまあ安いです。

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シトロンファンタ(500ルワンダフラン)も美味しかったです😃🥂

そしてとどめのバナナビール🍌🍺
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こちらも500ルワンダフランでしたが、アルコール度数がなんと14%!
飲んでみると思ったよりは飲みやすかったですが1割くらいしか飲めず残りはあげてしまいました。

いよいよタンザニア🇹🇿入りです!
ダルエスサラームやザンジバル島が僕を待っています😆


*20世紀初頭のベルギーによる植民地統治の際にツチ族が優遇されたことが二つの民族の対立に繋がった。
1994年4月にルワンダ大統領の乗った飛行機がミサイルにより墜落した事件を皮切りに約100日間にも及ぶジェノサイドが始まり、多数派であったフツ族によって、支配階級であったツチ族とそのツチ族を擁護しようとした穏健派フツ族が虐殺された(その人数は50〜100万人と言われる)。
1994年7月に、亡命していたツチ族を中心としたルワンダ愛国戦線RPFが全土を武力制圧し政権を樹立してジェノサイドは終焉を迎えた。

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