月別アーカイブ / 2022年04月



古い写真の中の自分が、

立方体になるような感じで、

浮かび上がった 。

ネズミ色のジャケットに、

淡い色のブルージーンズをはいている。

ジャケットの下の真っ白いTシャツには、

針金細工のようなネックレスを光らせ得意がっている。

でもないか。

傷ついた顔じゃないか。

数日前、

バイト先のカワイイ子と映画見て、

夜の日比谷公園を散歩した。

バカだな、

そういうときは手を握るんだよ、

と今の僕。

ほら、暗がりの小道に入るんだよ、

と舌打ちする今の僕。

相手はキスを待っているんだから。

日比谷公園内のメインの道を歩いて、

脇門から車の行き来が激しい

一般道へ出てどうするんだよ。

そうか、

さっき,そのカワイイ子がやはりバイトのNと、

昼の歩道を堂々と手を強くつないで歩いていたのか。

Nは何でもないことをやっていただけだ。

新品のブルージーンズにも傷ついているな。

履き古してあちこちすり切れて、

右膝部分は穴が開き膝頭が見えて自慢だったのに、

お袋に捨てられた。

今朝、起きて自慢のブールージーンズを探したら、

「新しいのを履いていきなさい」

お袋は笑顔で言った。

それで傷ついたのか。

何でもないことなんだよ。

バイト先に出勤したら、

バイト担当の社員に言われた。

「きみ、1浪して今、留年なんだって」

何でもないことじゃないか。

自分の好きでそうなったんだから傷つくなよ。

この分じゃ、

今日はまだまだ傷つくぞ。

でも、いいぞ。

何でもないことに傷つくことで、

免疫を作っているんだからな。

若き日の僕よ、

今のうちにうんとうんと傷ついておけよ。













昨年の大河「青天を衝け」の徳川慶喜役が認められ、

草なぎ剛が第59回ギャラクシー賞テレビ部門・個人賞に輝いた。

僕はこのブログで再三にわたって草なぎ慶喜は、

いまだかってなかった徳川慶喜像を築きつつあることを強調した。

内心の苦渋や,葛藤を表情に滲ませながら、

言ってはならないことはけして言わなかった。

乗ってはならないことにはけして乗らなかった。

その姿勢を明治維新後も貫いた。

冷静に身を処する場面の演技で、

何度も 鬼気迫るものを感じた。

薩摩の西郷、大久保も、

幕臣の勝海舟も太刀打ちできなかった。

後世に残る慶喜像を評価されての受賞に、

100%同感の心地だった。


昨春、

草なぎは「ミッドナイトスワン」でトランスジェンダー役を演じ、

日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲得した。

この映画でも鬼気迫るものを滲ませていた。

僕は知らず草なぎを米映画の「チョコレートドーナツ」で

トランスジェンダー役を演じたアラン・カミングと重ねていた。

愛に裏づけられた守るべきものを守る勇気に、

同質のものを覚えたためだった。

草なぎ剛の内面にはまだ引き出されていない引き出しが、

いくつもあるのではないか。

あと1つ2つも引き出されることになれば、

その演技は国際的に大きく注目されるだろう。





この地域はゴールデンウイークが始まった途端、

静かになったな。

コロナ禍も3年目、

そろそろ、欲求不満が限界にきて、

子どものいる家庭はみんなで旅へ出ちゃったのかな。

独り者は思いきり寝坊をしているんだろう。

それにしても静かだ。

おれはこの地域の公園に入った。

豊かな湧水に支えられた池がある。

1周約1・7キロ。

3周もして汗をかいて安マンションの部屋に戻り、

シャワーを浴びるつもりだった。

おれは走り始めた。

それにしても、

視界のどこにも人影すらもない。

人目を気にせずいいな、

と思ったが、

すぐに変だと思い直した。

今の時期、

この池にはおれが視認した限りでも、

野生のカモが3種いる。

マガモ、カルガモ、それに湧水路にある淵にオシドリのつがい。

マガモはとくに数多くが水面に群れている。

それが今は1羽もいないのだ。

カモ類もみんなどこかへ出かけたのか。


ほぼ楕円形の池の中央部に100坪ぐらいの島がある。

その島を中継点にして赤い橋が架かり、

池をほぼ半々に分断している。

おれは赤い橋を渡りだした。

途中で池を覗くと、

いつもは橋の下に群れているマゴイが1尾もいない。

(変だ)

おれはつぶやきを発して走り島に出た。

水辺が岩組の島で、

普段はあちこちで甲羅干しをしているカメが

1匹も見当たらない。

ごく小さな稲荷がある。

左右から守護しているはずの白いキツネの1匹が屋根の上に、

もう1匹はすぐそばの岩のてっぺんにいる。

2匹ともおれを見て笑っているようだ。

(変だ)

つぶやくと、

おれはもう1つの赤い橋を渡り対岸に出た。


小さな野外ステージがある。

客席に当たる部分は芝生になっている。

着慣れたスーツを着て、

信用金庫勤め風の中年サラリーマンが空を見上げている。

「不思議だ」

と、つぶやいた。

おれはわざわざ芝生部分に走り込んで、

「何が不思議なんですか?」

と、訊いた。

「起こるべきことが起こらないからだ」

信用金庫勤め風の中年男は怒ったように言った。

おれは芝生を走り出て空を見上げた。

青空が広がっている。

2つ3つ白い雲が浮かんでいるだけで、

不思議なことの片鱗さえも見つからなかった。

あの中年男はまだ空を見上げている。

「変だ」

おれは声に出してつぶやくと、

近くのベンチを利用してストレッチ体操を10分ほどやった。

ふと、野外ステージのほうを見ると、

中年男の姿はなく

白く柔軟な素材が使われた縄ばしごがゆらゆら揺れていた。

目で上へ追っていくと、

中年男が登っていくところだった。

更に上へ視線を移動させると、

縄ばしごを垂らしているのは、

真っ白の巨大なハマグリだった。

巨大なハマグリは蓋を大きく開けていた。

中年男は縄ばしごを登り切ると、

巨大なハマグリの中に姿を消した。

縄ばしごがするすると取り込まれていった。

蓋が閉じられた。

巨大なハマグリは、

らせん状に高速で天空に上がり、

たちまちのうちに姿を消した。

「不思議だ」

おれは一言うなるように言って走り出した。














 

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