月別アーカイブ / 2022年03月


3ヶ月に1回の通院、

2ヶ月半に1回の美容室通い。

去年は新型コロナウイルス第5波とぶつかり、

通院は1回が電話診療になった。

美容室も伸ばし伸ばしで3回になった。

そのほかの外出は一切していないので、

去年の外出数は6回ということになる。

デルタ株に感染するよりも、

消耗しやすい、疲労しやすいしやすい、

痛みが増しやすいので、

症状の悪化を怖れてのことだった。


今年は2月某日が初の通院日だったが、

オミクロン株の感染拡大で 電話診療になった。

今年の冬は厳しかったせいか、

痛みがきつかった。

それで美容院は伸ばし伸ばしにして、

未だ行けないでいる。

そして、

昨日、やっと今年初の通院ができた。

病院までは10分前後で到着したが、

その間、介護専門タクシーの窓越しに、

一瞬ながら3カ所で咲き誇る桜に目を釘付けにされた。

1カ所は病院前庭の桜で、

車いすを押してもらいながら10数秒程度だが、

枝ぶりまで確認できた。

3カ所のどの桜ももの静かで、

奥ゆかしく楚々としていた。

これが本来の桜なのだ、

と僕は感動した。

健康時の僕は桜をないがしろにしていた。

花見酒を飲むために満開の桜が必要で、

大騒ぎしてバカ飲みし他人の乱酔ぶりを見物し、

自らも仲間たちと共に泥酔した。

所用でたまたま桜の堤側を通りかかると、

桜の花ではなく見物の人たちを見物していた。

添え物の桜はいつもあざとく咲き誇り、

強い風に吹かれると嬌声を挙げ

吹雪のように花びらを散らした。

それは本物の桜ではなかった。

本来の花見ではなかった。

思えば、

車いすユーザーになってから

満開の桜を見たのは、

昨日が初めてだった。

昨日の桜に教えられた。

これからの人生は本物と出会うものにしよう、と。





昨日の大河はあっという間に終わった。

ヤンヤ ヤンヤ〜

亀は樽蒸留の芋焼酎千亀女 のように、

旨味、コク、香りとも揃っていたのかなあ。


鎌倉幕府の正史的史書「吾妻鏡」に記載されている

亀の前騒動の顛末を描いていたが、

時政の後妻りくの時政の処遇に対する不満、

八重の消しがたい頼朝に対する未練、

政子の亀に対する過剰な嫉妬などが錯綜して、

ついには亀の住む館を後妻打ち(うわなりうち)にする。

京の都では愛妾宅を正妻側がかたちだけ壊して、

(いい気にならないで)という意を伝える形式的な風習だが、

史実にはない義経が絡み、

弁慶が門をたたき壊してついには

館を炎上させるという大騒動になる。

この事件で時政は所領のある伊豆へ引っ込んだ。

寿永元年(1182)春のことで、

亀は賴朝より一層の寵愛を受けたとされるが、

以降の史実的動静は不詳である。

生没年も不詳で、

政子の嫉妬がなければ大騒動にならず、

吾妻鏡にも記載されなかったろう。


この事件以降、

頼朝の許では京から呼び寄せた文官の大江広元と、

御家人で謀臣的存在の梶原景時が重きをなしていく。

景時の讒言には後に義経も大いに苦労するが、

その讒言の矛先はまず御家人中最大の動員力を持つ

上総介広常に向けられる。


それはそれとして、

義経は政子の大きなお腹をなで回して恍惚としたが、

愛情に飢えて育ったフェミニスト的願望の行為かな。

ヤンキー的要素にもあふれ、

一刻も早く暴走族的上洛をはたし、

平家一門を滅ぼしたくて仕方がない。


このドラマの展開が魅力的なのは、

史実の部分は克明に忠実に描いて、

史実にない部分は荒唐無稽に膨らませて描いている点だ。

視聴者は頭を混乱させながらも、

痛快な気持ちになる。






 


 


82歳になって、

 とても不本意に思っていることがあります。

 まずは2019年12月に、

 車いすユーザーになってまもなくの

 僕が執筆したブログ日記をお読みください。



【 読み聞かせイベントで


 僕がいつも強調していることは


 今 僕らがこうしてやっているのは


 本当の読み聞かせじゃないですよ


 家庭でお母さんが


 もちろん お父さんでもいいんですよ


 わが子を膝の上に乗せて


 絵本の絵を一緒に見ながら


 読み聞かせをするのが


 本当の読み聞かせなんですよ


 そのとき

 

 親子の心と心は


 見えない架け橋で結ばれます


 その架け橋を通って親御さんの愛情が


 お子さんの心に注がれます


 お子さんは安心するでしょう


 その安心感が親御さんに対する


 強い信頼感に変わります


 

 僕らがこうしてやっている・・・


 について説明しておくと


 数百人の集まりの場合


 スクリーンに絵を映し


 フルート バイオリン ピアノなどの


 曲を挿入しながら


 語り聞かせを行いますが


 これはいちどきに多くの人に


 読み聞かせの素晴らしさを知って貰うためで


 必ず普通のトークのときに


 本当の読み聞かせの素晴らしさと効果は


 家庭で行うことで証明されますよ


 と強調しています




 読み聞かせを


 何年か続けてきたお母さんで


 読み聞かせを続けてきて


 嬉しかったことは何ですか


 と質問すると


 いろいろな答えが戻ってきます


 

   わが子に読み聞かせをして貰ったときですね


 と答えた方が今までに何人かいて


 僕には強く印象に残っています


 親は嬉しいもんですよ


 感性豊かな成長を証明していることですから


 読み聞かせをして貰って


 その素晴らしさが解ってくると


 誰かに読み聞かせをしてみたくなります


 最初はお母さんでしょうね



 若くして逝った小林麻央さんが

   

    退院し在宅で闘病中だったとき


 2人のお子さんから


 絵本の読み聞かせをして貰いました


 

    どんなにか嬉しかったでしょうね


 どんなにか励まされたことでしょう


 

    僕は今

  

    膠原病で闘病中です


    車いすの利用者で


    もっか


    読み聞かせも講演も休止中ですが


    来春以降


    会場がバリアフリー対応のところの


    オファーは受けて再開するつもりです


     目を輝かせて物語世界に入ってきた


     子供達の姿を思い浮かべると


     血が騒ぐのです


     読み聞かせ活動を始めて


     今年の8月で満20周年


     騒ぐのは読み聞かせの


     血でしょうね


    

     闘病体験がレパートリーに入った


     講演も無理のない範囲で


     再開させようと思います


     

     原稿の執筆は毎日やっていますが


     体調の管理を万全にして


     来年3月25日の80代突入に備えます 】


  それから3年、

 僕は読み聞かせイベントや、

 講演活動の再開をはたすことができないでいます。

 その理由は明白で、

 慢性の呼吸器疾患を抱えての関節リウマチは、

 思いの外、

 進行が急だったのかもしれません。

 3年前は歩行器を使ってなら屋内を、

 ほんの少し歩行することができました。

 10秒程度なら体重計に乗ることができました。

 これならあと1年もしないうちに、

 バリアフリー設備が整った会場なら、

 読み聞かせイベントも講演も可能だ、

 と自信を深めたものです。

 ところが、

 今は立ち上がることさえできません。

 肘の痛みだけでも改善できれば、

 車いすの両の肘掛けに両手を置いて力を込めれば、

 両足は(くの字)ながら不完全には立ち上がれるでしょう。

 でも、

 今の状態でそれをやれば、

 激痛で絶叫をあげなければなりません。

 つまり、

 今の僕は体重さえ計れない状態です。

 それに極度に疲労しやすい病気です。

 ただ、

 5時間以内ならパソコンに向かえます。

 原稿の執筆と、

 SNSの発信に意欲を燃やして取り組んでいます。

 ズームによる取材、インタビューは、

 1時間程度なら受けています。

 そのような状態ですが、

 執筆には絵本のストーリー作成も含まれているので、

 読み聞かせを行っている気持ちで、

 お話作りを進めています。

 ハンデはあっても、

 情熱は僕の精神の中にある源泉から

 熱く噴き出してきます。










 


  








     


 



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