月別アーカイブ / 2021年05月




平岡円四郎は、
烈公以来の水戸藩に色濃く流れる尊皇攘夷論と、
その過激な信奉者を甘く見たかもしれない。
旗本出身で、
水戸藩の内部事情の掌握や、
上洛中の水戸藩士の動向を注視しなかった。
れっきとした水戸藩士たちに襲撃されるとは、
平岡にとって思いもよらなかったことに違いない。

平岡のむくろが戸板で運ばれてくると、
緊張しているときでも、
どこか柔和に見える草なぎ慶喜の表情がさっと濃く曇り、
沈鬱なものから涙を滴らせての慟哭に至るまでの変化は、
衝撃の三段構えの変化だった。
普段の柔らかい笑みをたたえて鼻を鳴らし、
心の奥底を覗かせない草なぎ慶喜の
人間性の深みを見せつけられたようだった。

平岡の死後、
短時日のうちに草なぎ慶喜の腹心になった原市之進は、
慶喜が禁裏御守衛総督に任じられる前後に、
水戸藩士籍から正式に一橋家臣になった。
更には慶喜に仕える幕臣として取り立てられた。

この直後の京洛後における原の活躍は、
薩摩の大久保利通の暗躍と対比できる。
尊攘派の水戸藩士からは佞臣と見られ、
身近な幕臣のうちからも妬まれる存在だった。

さて、
この原市之進も思わぬところから挙がった凶刃に斃れるが、
このときの草なぎ慶喜はどんな演技を見せるか。
大いに楽しみにしている。

戊辰戦争後、
慶喜は駿府(程なく静岡に改名)に隠棲するが、
西南戦争が終わるまでは心のどこかで
自分の出番がくるのではないか、
と思い描いていたのではないか。
これば僕の考え方だが、
藩閥政府が堅固なものにならず、
士族の反乱が相次ぐのを見れば、
ポスト幕府の日本の政体に理想を馳せていた
慶喜の胸が躍る場面も、
しばしばあったと思う。
渋沢栄一絡みで、
その時期の慶喜を草なぎ剛がどう演じるか。
東京へ移住する前の慶喜の胸の内をぜひ知りたい。

草なぎさん、期待しています!!!














平岡の死後、
慶喜の腹心として







今更「Dynamite」の話はしねえよ。

ビルボードがどうとかこうとかだったかは、

遠い過去だからカンケーねえ。


「Butter」の話をしようや。

でも、

ビルボードはどうでもいいし、

You Tube や、Spotify でなにがどうしたかも勘弁しろや。

賞だの記録だのは、

ここではふさわしくねえのよ。


ただ「Butter」は聴いて観てよかったぜ。

特にRMがリーダーの貫禄見せてよ、

6人をはるか後方に退かせて

ラップをやったな。

繊細な迫力で、

バターがドロドロ溶けそうな熱を放ってよ。

さすがモンスターだけのことはある。


さて、本題よ。

今はパンデミックのさなかだろ。

ライブや、

コンサートが充分できねえで、

アーティストは欲求不満だろ。

やっぱ生でないとぶつけられねえのよ。

でも、

BTSは生が少なくても地球を覆ってるだろ。

これに理由を挙げたらきりがないけれど、

オイラが思うに新曲の発売前に、

次々に繰り出すジャブが現代アートのせいだろうな。

要するに、

予告イメージ、コンセプトクリップなどに、

先鋭的に高尚でありながら、

膨大な大衆としてのフアンの心を掴んで

離さない明快な魅力がこもっているのよ。

太古の昔の人も1万年先の人も、

わかるわかるとうなずくような。

これってアートでねえの。


今回の「Butter」の予告イメージの

ジンくんのホワイトスーツにはまいったぜ。

エレベーターのドア際の壁に手をやって、

じっとこっちを見てるんだぜ。

なんかを訴えているように、

わかってくれないかなあって様子でな。

疲れきった心身をやっと支えてるようでな。

一瞬の反転があるのよ。

おれ、これからエモいこと始めるよ。

ついてこれるんだったら、

ついてきてもいいよ、

って挑戦的な目じゃねえか。

これから予測不能なリスクがある冒険をするんだ。

無事を祈って見守っていてほしいんだ、

って素直に頼んでいるようにも見える。

いかようにも変化して感じられるんだよ。

「Butter」を聴かなきゃ答えが見つからねえか、

って思うしかねえのよ。


コンセプトクリップだってそうだ。

色とりどりの風船とジンくんが、

戯れるように、

また、

どちらかがどちらかを翻弄しているように、

妖しく幼くとりとめもなく、

哲学的な世界を醸し出している。

風船がジンくんから離れた瞬間、

きみは、あなたは、

自分の心が離れていったように、

かすかな不安に襲われる。


大丈夫!

「Butter」を聴けば解消します。










 


 



 今を、


 今をフリダシにすれば、


 チャンスはあるよ。


 活路は拓けるよ。


 メンツや、体面は過去の残滓だろ。


 過去という元に戻ってのやり直しは、


 タイムマシンでも開発されない限り、


 不可能なんだよ。


 それが人生だから、


 クヨクヨしたって始まらないさ。


 だけど、


 前を向いてのやり直しはあるぜ。

 

 今なんだよ。


 今をフリダシにして、


 ゼロからやり直せるじゃないか。


 このときはやり直しのできない、


 過去の体験が生きてくる。


 そのやり直しが、


 みんななかなかできないんだ。


 元に戻ってやり直せたら…


 などと引きずってるから、


 このままじゃ失敗人生になる現状を、


 現在の人生を変えられないでいる。


 未練を断てよ。


 今をフリダシにして


 過去の体験を生かし、


 青写真を作ればいい。


 

 これは左遷されたり、


 うだつが上がらないでいる


 サラリーマンにも言えることだよ。


 転職して新天地をフリダシにしてもいいし、


 現職のまま今をフリダシにして、


 新しいサラリーマン像の自分を、


 そこに立たせればいい。


 定年まで20年あったら、


 革命的に自分を変えられる。


 10年でも凄いぜ。


 現状に仕方なしにしがみついているうちは、


 年齢だけいって代わり映えしないぜ。


 今なんだよ 今。


 変わりたいと思ったら、


 待ったはないんだ。


 


 




 


 


  

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