月別アーカイブ / 2020年05月


奈摘がストレッチをやっっている。
くたくたのTシャツに、
洗いざらしのジーンズという
普段着姿で、
体のあちこちを
グニャリグニャリと折り曲げては
スーイスーイと伸ばしている。

本当に柔らかい体をしている。
見る角度によっては
両腕、両脚が見えず、
ダルマさんかと驚くことがある。

見ていて、
変な気になることがある。

「何、そんな顔をして~」
奈摘が動きを止めずに、
切れ長の目を少し流して
僕を見た。
「いや、なに、相変わらず柔らかいね」
僕は心の底を見透かされたように、
しどろもどろになった。
「あなたもやれば」
奈摘の弾むような笑い声を背に、
僕は小さな書斎兼仕事部屋に入った。
シフトで今日は在宅勤務だった。

奥の壁に作りつけた机へ行って、
頬杖を突いた。

菜摘と結婚して、
そろそろ 1年になる。
大学の先輩の紹介で会い、
一目惚れに近かった。
「不倫が好きでね、きみとは正反対だよ。
  すべてが正反対かもな」
菜摘が席を外したとき、
先輩が小声で言った言葉に、
僕は驚愕した。

それでも、後日、
僕は菜摘にデートを申し込んだ。
そうして、
最初のデートを終えて
帰宅した僕は、
菜摘に心を虜にされた男
になっていた。

僕は人見知りするタイプで、
メニューを開いても
菜摘の好みを確認するのに、
もぞもぞ手間どった。
それを見て、
菜摘は僕の好みを確かめると、
ウエイターにテキパキとオーダーした。
言葉少なの僕に次々に話題を変え、
うまく会話をリードしながら、
雰囲気を明るく盛り上げた。

ただ 菜摘は酒類は駄目で、
飲み物はノンアルコールだった。
僕はそれほど強くはないが、
焼酎のお湯割り2杯の
晩酌は欠かしたことがなかった。

菜摘は根が甘党だと言ったが、
「これ、ジムへ通う前の私よ」
と レオタード姿の画像を見せた。
おデブさんではなかったが、
どことなくふっくらした体型だった。

2度目のデートで、
僕はプロポーズした。
引っ込み思案の僕が
どうしてこんなに果敢なのか、
と自分でも驚いたほどだった。

それ以上に、
彼女の打って変わった
しおらしい態度に驚かされた。
「いいの、私で?」
「菜摘さんでなければ、
 僕は、駄目、なんだ、よ」
堅物と言われている僕が
こんな言葉を吐くなんて。
「嬉しいわ、本当に、嬉しいわ」
菜摘は切れ長の目に、
うっすらと涙を浮かべた。

そのときの菜摘の様子に、
先輩の言葉を思い出し、
僕は一抹の不安を覚えたものだ。

あれだけの魅力を持った
女性だから、
恋のいくつかはあったに違いない。
その1つの相手が
妻帯者だったのだろう。
僕のプロポーズに
涙を浮かべて喜んだのは、
その人に対して
まだ残っていた想いを消して、
心の整理がついたからだ。
きっと、そうだ。


僕は先輩に菜摘と結婚する
ことを報告した。
「そうか、よかったな。お互いに
 補いあっての相性はいいぞ」
「あの~」
菜摘のことで訊きたいことがあったが、
切り出せなかった。
「きみらにふさわしい愛の巣を
探さなきゃな。プッケンのことだ」
先輩には、
濁音と半濁点の区別などが
不明瞭のときがあった。
「物件だよ、物件。6万円のアパート
 じゃ、しょうがねえだろ」
先輩は不動産会社に勤めていた。

結婚してから
菜摘に不満を持ったことは
1度もない。
フレンドリーで闊達な性格だから、
人間関係は豊かだった。
特に男性からは慕われた。
しかし、
要所では毅然とした態度をとり、
けして隙を見せなかった。

出勤する姿で、
菜摘はコーヒーを運んできた。
「テレワーク、ご苦労様。行ってくるわね」
部屋を出ていく、
その後ろ姿を見送った。
ひと頃に比べると、
少し体重が増えたように見えた。

そう言えば、
ジム通いは週1回が
月2回ぐらいになっている。
自宅でのストレッチは、
欠かさないが。

ジム通いが減った分、
遅く帰ることは増えた。
菜摘は銀行の本部に勤めており、
先頃、異動があり、
残業が増えたらしい。

薬品会社の開発部で、
研究員をしている僕には、
菜摘の仕事の内容は
想像もつかなかった。

遅いと、
普段は心に針の先ほどの
菜摘に対する不安が、
一円玉ぐらいに膨らんでくる。

いっそブタちゃんぐらいに
太ってくれないかな。
それでも、
僕は菜摘が好きだ。
そのすべてが好きなのだ。

結婚1周年は、
海の見えるフレンチレストランで、
豪華なランチで祝った。
菜摘のチョイスで、
とびきり美味しい赤ワインを、
僕は1人で飲んだ。
菜摘は食後の、
その店創作のフルーツケーキを
慈しむように食べた。
「太るよ。いいの?」
この2週間で2キロ近く増えた
ようだ、と僕は思った。
「筋肉バキバキの女って
 男は嫌でしょ」
「僕はいいよ」
「あっそうそう。今週の木曜日、
 少し遅くなるわ」
「残業?」
「今度の部署での上司って、
 私の入社時の部署の上司だったの。
 誕生日なのでお祝いしてあげたいの」
菜摘はさざ波に
昼下がりの陽光を受けて、
間断なく輝く入江の海よりも、
双眸をキラキラさせて言った。

その日の夜、
僕は菜摘の帰りを
イライラしながら待った。
やっと帰ってきたので、
僕は壁に体を向けて
狸寝入りをした。

やがて、
化粧を落とし
パジャマに着替えたらしい
菜摘が寝室に入ってきて、
ベッドの僕に、
「楽しかったわ、とても」
と、弾んだ声を上げた。
僕は体を固くして黙っていた。

翌々日の土曜日、
僕は先輩にメールを送った。
(菜摘の入社時の上司で、
 今の部署の上司を知っていますか?)
さすがに、
不倫の相手だった人か、
とは訊けなかった。

買い物から帰ってきた菜摘が、
話がある、
と改まった感じで、
リビングのテーブルにいる
僕の前へきた。
「なに?」
「私、来月いっぱいで会社を辞めたいの」
「えっ、どうして?」
僕の心で針の先ほどの黒点が、
10円玉ぐらいに膨らんだ。

このとき、メールの着信があった。

(その上司は菜っちゃんがとても
 信頼している相手だよ。
 相談もよくしているらしいぞ。
勘違いすんなよ、お前。その上司は
女だからな)

菜摘は冷蔵庫から何か出してきて、
その蓋を開けた。
プリンだった。
「私、プリン依存症って
 言われたことがあるの」
菜摘は幸せそうに、
プリンにスプーンを入れた。
そうか、
先輩は不倫と言ったのではなくて、
プリン、と言ったのだ。
僕の顔は光るように輝いたはずだ。
「少しは甘いものも取らなきゃ。
 上司と夕食を一緒にした日、
 会社の近くの産婦人科へ行ったの。
 3ヶ月だって」
僕の顔は、
さらに輝きを増したに違いない。
「上司に言ったら、会社を辞めて
 子育ての準備に備えなさい、って」
「いいな、いいな」
僕は歌うようにつぶやきながら、
菜摘のほうに回り、
そのお腹をそっとなでた。

菜摘は夢中で
プリンを食べ続けた。



















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よくもほざいたものよ
と あきれ返り
そのあとに
烈しい怒りに襲われたよ

京アニのアニメ作品に
自分の応募作品が盗用された

その腹いせで
同社の第1スタジオに放火した
というが
仮にも
懸賞小説に応募する知性と
才能があったら
そんな暗愚な発想はしない

確かに
懸賞小説の世界には
負の魔性が棲まう闇があり
自分の才能を過信し
他者の作品をボロクソにこなし
受賞作や
その作者が
その後に書いた作品を
自分の作品の盗用だ
と 思い込む人がいる

僕もそのような人に
いきなり胸倉を掴まれ
「俺の作品を盗んだろ」
と 責められたことがある

多少は非常識な人がいても
本来はそれぞれに
多くの優れた作品を読み
文章の研鑽に励んだ人たちだ

自分の才能が及ばない世界だ
と悟れば
自分が新人賞の闇に浸っていた
ことを理解し
多くは静かに去っていく

青葉容疑者には
そういう闇がある
本当の懸賞小説の世界で
真剣に自分と闘った経験は
ないだろう

言動から察すると
想像力が著しく幼稚な人
に思えるからである


ガソリンを入れたバケツを手に
第1スタジオに侵入し
居合わせた社員に
「死ね」と叫びざま
ガソリンをまいて
ライターで火をつけたという

ガソリンが
針の先の小さな火でも
爆発を起こす
極めて危険な燃料だという
自覚がなかったのだろう

その基礎知識があれば
ライターで火をつけるような
バカなことはしない

一気に自分が火だるまになる

実際にそうなり
青葉容疑者は外へ逃げ出し
瀕死の火傷を負って
力尽き倒れている

最新の火傷療法を受けて
長い時間をかけて
聴取可能までに回復した

そのときの言が
「(犠牲者は)2人ぐらいと思った」
である

36人もの犠牲者を出し
重軽傷者も多く
未だに後遺症に苦しんでいる
人もいるというのに
何とのどかな言葉だろう

逆さになっても
小説を書ける人ではない

おそらくアニメは好きで
いろいろ観てきたのだろう

印象的な場面が忘れがたく
そのアニメに似た
小説とは言えない代物を書いて
応募したことはありそうだ

盗用したのは自分のほうなのに
錯覚して
俺の作品を盗った
ということではないか

そうだとしたら
頭がひっくり返っている
としか言いようがない

おそらく
この人は
自分の人生の中で
闇を作りながら
歩んできたのかもしれない

自分で自分を加害者にし
被害者にもしてきたのだろう

犯した大罪をどのように償い
さらに
その自分にどう償いをしていくのか

考えるだけで
やりきれない思いになる








 親は無理解で


 大学進学に反対したので


 奨学金を借り


 バイトにも精出して


 4年制を留年もせず卒業した。


 
   偉いねえ


 奨学金も


 目いっぱい借りたはずだから


 返済は大変だろうね。


 返済のために


 土日は家庭教師もやっているんだ。



 就職するまでは


 自分には青春はなかったって?


 青春は年齢じゃない


 これから取り戻しなよ。



 そういう気持ちもあったけど


 去年 失恋して傷ついたって?


 告白しようと思って


 3度 道で待っていたけれど


 3度目に


 ストーカーはやめてください


 って向こうから言われたのか。


 アホか

    失恋以前の問題じゃないか



 会社に許せない同僚がいる?


 どういうことなの?


 奨学金を借りておきながら


 まだ1度も返済していないし


 返済するつもりもないというのか。


 自分は苦しい思いをして


 返しているのに


 という気持ちがあるんだね。


 上司にそれを言ったら


 本人の問題だよ


 といなされた。



 きみは真面目すぎるんだよ。


 悪いことではないけれど


 自分がこんなに真面目してるのに


 という気持ちは捨てないと


 社会では生きていけないよ。


 みんながきみみたいなら


 いいんだろうけれど


 人は1人1人みんな個性が違う


 自分の物差しで計って


 ああだこうだは意味ないんだよ。


 人は人 自分は自分を貫く


 そうでなきゃ。


 恋人も


 友達も


 理解者もいないというけれど


 自分を貫いて


 自分の真面目を通してごらん。



 冥の照覧


 という言葉がある。


 きみは意識できなくても


 きみのことを黙って冷静に


 照覧している人が


 どこかにいるんだよ。


 きみの生真面目さは


 今の世の中では


 希少価値がある。


 冥の照覧をしている人が


 きっと拾ってくれる。



 だから


 自信を持って


 自分を貫いていこうよ。

 


  

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