月別アーカイブ / 2020年02月


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今は死語にに近いけどな
国民歌謡という言い方があった

その年の
シングル盤レコードの
売り上げがダントツだった歌謡曲に
よくこの言い方をかぶせたな

でも
あえて今 本物の
国民歌謡という言い方をするなら
「世界に一つだけの花」
しかねえだろ

平成で最も売れた楽曲なんだよな


旧SMAPが歌ったせいもあるが
この楽曲に親しんでいる年齢層は
掛け値なし凄ぇ広いんだよ


読み聞かせで訪れた保育園で
年少さんが歌っていたことがあるのよ


やはり

読み聞かせ&講演で訪れた特養で
同行のメンバーが
その出だしをギターで奏でたら
車椅子の入所者が何人か
ニコニコして拍手したよ

解ってたんだな



若くして残念な夭折だったけど
尾崎豊はもがきにもがいて
楽曲を作っていたな

僕は尾崎豊の「I LOVE YOU」が好きで
ひと頃
よくカラオケで歌っていたけれど
もがいてもがいてもがき尽くす曲だよな
これ

歌っていて苦しくなったぜ

他者に心を向ける余裕がなかったというか
弱すぎて自分でもがくしかなかったというか
根の優しさが理解できるだけに
痛ましすぎたよ

でも
彼は違うじゃねえか
もがいていつも傷だらけかもしれないが
根の優しさを自分のもがきだけで費消せずに
ちゃんと外に向けることができた

ここに改めては書かないが
曲だけ聴いていても
心地よく切なく前へ向かせてくれるだろ

歌詞なんか嬉し涙が
ホロホロとこぼれてくることがあるぜ
優しくて易しくてな

こういうのは
才能がないとできねえのよ

「世界に一つだけの花」の作詞作曲は
自分がもがきにもがいて
傷の塊になってもな
他者へ向ける本当の優しさがねえと
絶対 叶わねえぜ

弱くていいんだよ
挫けてもいいじゃないか
みんなそれぞれが掛け替えのない
世界でたった一つの花なんだからな

もがいて自分が苦しいのに
首を伸ばして
他者に優しさのエールを送れる

これってすごい才能なんだ

そんな彼を
僕はリスペクトする

僕より29歳も若いんだぜ
才能を涸らさずに立ち直れる

「世界に一つだけの花」を超える
作詞作曲を待ってるぜ

待ってるぜ!!!



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中居さんの記者会見を見た

なんだか
頭のどっかにあったモヤモヤが
きれいに吹っ切れたような表情だった

キスマイと一緒になる
ってジョークも爽やかだったぞ

ソロ歌手としての活動も
アリかどうかはともかく
面白えじゃないか

新しい地図の稲垣吾郎さん
草なぎ剛さん 香取慎吾さんが
昨年の後半あたりから
それぞれの活躍と
地上波での3人一緒での共演で
存在感を膨らませていたろう

中居さんの来月での退所は
旧SMAPに起きている
大きな胎動の一環として見るべきだな

どういう形かは読めないが
木村拓哉さんも参集しての何かが
この夏以降 起こる

と言って
旧SMAPの再結集はないぞ

それぞれに自分の持ち分としての
独自の活躍をしながら
風を読み ここぞというときに
爽やかに結集して
旧SMAPフアンの胸を熱くさせる

これは大変楽しい離合集散だぞ

旧SMAPフアンは
その意味で言えば
今も久SMAPフアンなんだよ
久しいフアンよ 永久のな

久々に聴けそうだ
5人そろっての
「世界でたった一つの花」
をな

みんな嬉し泣きして待ってるぜ


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(画像はこの記事とは関係ありません)

もうとっくに
留年が確実だったけどね
なにしろ
100単位は不足していて
追再試験を受けたって
到底 おっつかない

末っ子だったから
両親は共にもう60代
卒業できないと知って
嘆かせたくなかった

いや
本当は嘆かれたり
怒られたりしたくなかったのよ

でも
親許から通学していたのだから
僕の実態は把握していたと思うよ

今だったら
ヤバイっす ってところだから

当時
しょっちゅう会っていた
親友が1人いてね
自宅から1駅上りの街の
アパートに住んでいた

学部は違ったけど卒業を控えていた

よけいなことになるが
隣室に僕らとほぼ同年の
女の子が2人住んでいた

親友の部屋は3畳で殺風景
彼女たちの部屋は4畳半で
雰囲気も華やかっぽい

彼女たちの部屋で
合コンを数回やったっけ

そんなことはどうでもいっか
卒業式を終えて
親友は研修で出勤が始まった

「卒業証書を貸してくれ。
  この部屋もきみが戻るまで貸してくれ」
「どうすんのよ?」
「卒業証書を偽造すんのよ」
「何に使うんだ?」
「親孝行のためだ」

それ以上何も訊かずに
親友は卒業証書と
日中の部屋を貸してくれた

その部屋の机に僕が用意したものは
以下の通り

彫刻刀
無地の賞状用紙3枚(2枚は予備)
謄写版用原紙3枚(2枚は予備)
鉄筆1本
墨汁と筆
サツマイモ1本
朱肉

卒業証書の上に謄写版原紙を重ね
印刷されている文字の輪郭を
鉄筆でなぞる

古新聞にその原紙を重ね
今度は彫刻刀で輪郭通りに
切り取っていく

次に賞状用紙に原紙を重ね
筆に墨汁を含ませ
原紙に塗っていく
乾いた頃を見計らって原紙を取ると
印刷されたように
卒業証書ができあがる

筆で僕の名を書き入れる

さつまいもの断面を使って
彫刻刀で総長印の偽造にかかる

これには細心を極めて
集中力を要したな
それでも 雑になった

ままよ
と 朱肉をべったりつけて
総長氏名のすぐ下に捺した

できたできた
と喜んで見直したら
学部が商学部になってんのよ
僕は法学部だもん

ガックリきたけれど
同じ手順で作り直した
孝行心を募らせてな

法学部の卒業式に
映画館で暇を潰して自宅に戻り
母に見せると
よかったよかった
と 感激してくれた

夕食はお赤飯
それを食べているときに父が帰宅
母が卒業証書を嬉しそうに見せた

父は見ているうちに顔を険しくした
でも ただ一言
「大事にしろよ」
と 僕に卒業証書を返した

4月に入って
授業料納入の案内が郵送されてきて
僕の偽卒業はバレた

しかも
次の年も留年したのだから
偽卒業証書に父母は
どんな思いをしただろう

2年留年して卒業したときは
母は本当に喜んでくれた

父は本物の卒業証書を見て頷くと
「これも大切にしろよ」
と ただ一言

偽の卒業証書は
何年かはあったと思うが
いつのまにかなくなっていた

結婚が決まって
母がそっと抜いて
焼却処分にしたのだと思う

記念にとっておきたかったけど








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