月別アーカイブ / 2019年03月


  まだ2年経っていないが


  宮城県の山間の某限界集落が


 ついに1世帯1人になったという。


 この集落は仙台藩が藩境の監視のために


 10人の足軽を常駐させたことに由来する。 


 最盛期には130人近い人が住んでいた。



 それがその時点で人数たった1人。

  
   どうなったんだろう 今?



 こんな限界集落は


 全国には数え切れないほどあって


 こうしてパソコンに向かっている間にも


 1つまた1つと消えているかもしれない。


 

 2年半ぐらい前


 岐阜県の某町に講演に行った。


 「この町にも限界集落はあるんですか?」


 と担当者に訊いた。


 「あるなんてものじゃありませんよ。

  この町自体が限界自治体です」


 人口の流出が著しく


 20年も経てば消えていておかしくないという。



 全国的には市でも


 限界状況に追い込まれているところがある。


 近くにあるより大きい都市へ人口が流出し


 更にその都市から大都市へ流出していく。


 人口が減少していく中での現象だから


 山間部の無人化傾向に歯止めはない。




 20年30年先のことではなく


 500年1000年先の人類社会は


 大きく人口が減っているだろう。


 人手が要らなくなり考えることもあまりしなくなる。


 進化を極めたロボットが


 人類にどんな対応をしているか。


 そのあたりの興味も尽きないが


 大人口を擁する必要がなくなれば


 都市は次第に限界状況に追い込まれ


 人口の流出のはげしい都市から


 1つまた1つと消えていくだろう。


 いずれ 


 最後に残った都市でも限界状況が始まる。


 そのとき


 人類は野に還るのか。


 豊かな自然環境が残っていればの話だが。


 


 



 


人生には孤立するときがある

 なぜと思う暇もなく

 気がついたら孤立している

 誰かがきみの孤立化を

 策したわけではない

 孤立風に知らぬ間に巻き込まれた

 というしかない

 それはきみの周りの人々の間を

 撫でるように吹き抜けていく

 1人ぐらい意識して

 きみを避けたかもしれない

 孤立風は

 そのとき発生する

 みんなきみを避けたわけではないのに

 気がついたらきみを

 孤立させている1人になっている


 そういうことだから

 きみは孤立感を深めてはいけない

 よく人を観察することだ

 悪意を持っているか

 好意を持っているか

 嫌悪感を持っているか

 あいつは見所がある

 と買っているか

 機会があったら親しくなりたい

 と思っているか

 
 よおく見えてくるのだよ

 孤立風はやがて去る

 そのときに

 人の心を知ることが

 どんなに大事かが解る

 孤立はチャンスだ

 孤立を前向きに乗り越えることで

 きみは人生を渡る

 宝剣を持つことになる


 

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1つは
女性町議のはしゃぎぶりは
不謹慎すぎた
ということである。
彼女は銃猟免許を持ち
野生鳥獣を食肉するジビエ
の普及に力を入れているというから
まぎれもない狩猟者である。
現代のマタギと言ってもいい。

今は集団による巻狩りで熊を狩り
それを生業とする本物のマタギは
いなくなったが
マタギは子熊を狩らず
暮らしを立てていくのに
必要なだけの頭数を狩った。
その日の猟を終えると
狩り場で獲物を山神様からの
授かりものとして感謝し
獲物に畏敬の念を捧げる
儀式を厳粛に行った。
それから獲物の解体をやり
狩り小屋に戻るか 里に下りた。

伝わってくるのは
自分たちの命綱である
山の命を尊ぶ心である。

彼女にはこのマタギの精神に学び
本物のマタギになってほしい。

2つ目の理由は
この女性町議に反省を促すための
心ある意見を寄せた人たちを除いて
批判の域を超え
誹謗中傷にしかならない
炎上の火矢を飛ばしてき
人たちに考えてほしい。

私たち人間は一方的な都合で
夥しい他種の命をいただいて
生きながらえてきたし
今も生きている。
このことに対し感謝の念があれば
安易に火矢は飛ばせないはずである。
この事件は他の命をいただいて
生かされている
われわれ人間への
問いかけにもなっている。









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