月別アーカイブ / 2019年03月


 次があったらね

 楽かな 人生って

 
 次はやるぞと思っても

 こないんだよ

 次はないと思わなきゃ駄目だ


 今やんなきゃね

 今それをやって

 ものになるかどうかは解らない

 でも やって正解だ

 やるべきときにやるから

 次がある


 そこなんだよ

 次に備えて用意周到に待っても

 次はこない

 次はないと決めてやってね

 初めて次があるんだ

 やるべきときにやるのは

 やれば次のチャンスが生まれる

それが大事なんだよ

 


羽田から個人タクシーに乗った

 安全運転だった

 それをどんなことがあっても

 励行しているらしい

 交通刑務所の服役者は

 あのとき安全運転していれば

 と殆どが後悔しているという

 ということは

 安全運転を励行していなかったわけだ

 後悔先に立たずの後悔は

 誰にもできる

 眠くなる前に寝ますね

 とその個人タクシーの運転手さん

 眠くなってからでは遅いのだという

 それでも眠くなることがある

 お客さんに謝って降りて貰って

 寝るという

 もちろん

 料金は貰わない

 イライラしているな

 と思ったら

 10分ぐらい停めて

 深呼吸をするという

 自分の安全がお客さんの安全だから

 と

 人生も安全運転がいい

 自分の人生だもの

 そのルールを決めよう

 7分の可能性があれば

 自分にかけてもいいとか

 いろいろ決めれば

 人生の場合は

 車より柔軟性の幅があるから

 充分安全運転になる

 行き当たりばったりは

 大きな災厄を呼ぶ

 不意に変な例えになるが

 僕のフアッションは

 自分を貫いてきたから

 僕なりの安全運転の賜物なのだ


新社会人が街を歩いている。

スーツなどにリクルートルックの名残がある。

若々しい表情に緊張が爽やかに走っている。

4月になったら

街で見かける新社会人は

もっともっと多くなるだろう。


そんな新社会人を尻目に

転職組の就活も盛んである。

街で見かけるその人達の多くは

表情に焦りの色を浮かべている。


街であまり見かけることがない

転職希望者もいる。

その人達は街で見かける転職の就活者が

足を棒のようにして就活に励んでいる最中も

職場で生き生きと仕事をしているかもしれない。


さて

僕は作家になるまで20種前後の転職を経験している。

前述した二通りの転職希望者で言えば

紛れもなく前者に入る。

ただ

僕が転職を繰り返していた時期は

高度経済成長の余韻が続いている時期で

贅沢さえ言わなければ働き口は

いくらでもあった。

僕はなぜ転職を繰り返したのか。

そのときの職場に不満があったからである。

その不満には直属の上司が

常に鼻孔から鼻毛をはみ出させているのが

嫌で嫌でたまらなかった

というとんでもない不満も含まれている

ことをお許しいただきたい。

他にもそれに類する不満があったが

多くは今の職場に不満を持つ転職希望者の抱く

それとダブっていると思う。

結論から言うと

僕の転職は僕の希望を満足させるところは皆無だった。

むしろ

落ちていくばかりだった。

宮仕えには不適格者だったということである。


ところで

そういう不適格者ではなく

普通の理由で職場に不満があった人の転職で

最初の転職が失敗に終わった場合

その後の転職もあまりうまくいかない傾向がある。

無論

負の転職スパイラルに陥らず

V字回復のような転職に成功するケースもある。


職場への不満は


給料が安い

残業が多く人使いが荒い

自分の力が正当に評価されていない

やりたい仕事をさせてくれない


など 様々だろうが

給料が高いところへ入っても

それまで経験しなかった

不満に直面することがあるし

経営状態が思わしくないのに

高給料で求人しているところもある。


今の職場に不満があっての転職は

志が低いと言えるだけに

裏目に出ることが多いのかもしれない。


僕が職を転々としていた時代のこと

地方銀行の東京支店に努めている友人がいた。

彼は預金獲得で常にいい成績を収めていた。

待遇その他で不満はなかった。

しかし

彼は転職希望者だった。

機会あれば外資系金融機関で

思う存分腕を発揮したい

という強い願望を持っていた。

そのために余暇は語学の習得と

最新の金融学の勉強に余念がなかった。

つまり

目標のある転職希望者だった。

強い願望を持つ人は

そのチャンスを見逃さない。

国際的に著名な外資系金融機関が

日本にも進出して求人募集を行った。

彼はそれに応募することを決めた。

自信はあった。


ところが

応募の必要はなくなったった。

通っていた金融経済研究所のゼミの講師が

彼をその外資系金融機関に

就職の斡旋を行ったからである。

水を得た魚のように

彼は新しい職場で腕を振るい始めた。


転職するなら志を持ち

目標としての転職を目指せ!























↑このページのトップへ