月別アーカイブ / 2019年03月

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イチロー選手が引退を決めた。

少し早すぎる気もした。

彼自身が50歳まで現役を続ける

と明言していたこともあって

それを楽しみにしていたからである。


それ以上に

50歳になっても底知れぬ能力を

発揮しそうな感じを受けたからである。


イチロー選手の非凡さについては

これでもかこれでもかと語られてきた。

これからは

ありとあらゆる角度から

もっともっと語られるだろう。


僕はイチロー選手の

ある1点について述べることで

自分なりに彼の恐ろしいほどの非凡さを指摘してみたい。


イチロー選手は含蓄のある言葉をよく口にしてきた。

飾らぬ名言が多い。


僕が好きな彼の言葉は


 ~小さなことを積み重ねることが、

 とんでもないところに行く唯一の道だということ~


この言葉はごく当たり前のように思える。

諺にあるように(千里の道も一里から)だし

(塵も積もれば山となる)もほぼ同義に理解していい。


では

誰もが一里ずつを積み重ねていけば千里に達するか。

そうは問屋が卸さないことは

皆さんよくご承知である。


確かに

世界最高峰の頂上を極めるのも麓の1歩からである。

でも

世界最高峰には難所がいくらでもある。

難所の表情はすべて異なり

前の難所を乗り越えたからといって

その時の経験がそのまま通用するわけではない。

天候の急変もある。

麓の1歩からの積み重ねで頂上を極めることはできない。


イチロー選手は

日米通算4367本という

前人未到の金字塔をうち立てた。

ただ安打1本1本の積み重ねだけでは

そこには到達できない。

状況状況に応じてもっとも価値の高い安打を放たなければ

4367本には到達しない。


例えば単打でも打ち方がいろいろある。

外野手の前に落とすクリーンヒットでも

走者なしか

1,2塁に走者がいるか

2,3塁に走者がいるか

満塁か

1死か 2死かでも打ち方が変わってくる。

内野をゴロで抜くのがいい場合もある。


イチロー選手はどのように打つかの計算と

そのように打てる類まれな能力に恵まれていた。

無論 失敗もあったが

その場合でも走者を残す

自分は1塁に生きる

などで犠牲を最小限に留めることに注力できた。


俊足だから内野安打も多かった。

その内野安打もバントを含めて

どの方向へどんなゴロを打つか

内野手の守備の死角へ小フライをどう落とすか

などを臨機応変に対応できたと思う。


要するに

小さなことを積み重ねて

とんでもないところへ行けるのは

イチロー選手という天才なくして行けなかった

ということである。



本当に

長いことワクワクさせてくれました。

イチローさん

本当に有り難うございました。



と語り尽くされてきたし




 
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自分はどんな人間なのか

それを自分でどれだ毛掴んでいるだろうか。

自分の長所も欠点も知り尽くしている

と胸を張る人はいるだろうね。


でも

はたして自分を知り尽くしているだろうか。

長所も短所も自分の判断の結果ではないか。


自分で受け入れられるものの範囲内で

自分に都合のいい判断をしたものに過ぎない。


あるいは

人に指摘された長所短所で

自分が納得できて受け入れられるものを

加えただけに過ぎない。


つまり

自分の主観によって

長所短所と自分が認めただけに過ぎない。


本当は客観的に判断されたものではない。



きみに悪意を持っていない人が

きみのことを

おおざっぱのところがある人だ

と評したとしよう。


自分のことを鷹揚だと認めているきみは

おおざっぱではない と心外かもしれない。

でも

客観的にきみを見ている人は

きみのごく一面かもしれないが

きみよりしっかりきみを見ている

と思う。


きみのことを

いけると見たら果断に決断できる人だ

と評したとしよう。


自分のことを優柔不断のところがあり

いざというときに後れをとりがちだ

と判断しているきみは

自分にはそんなところがあるのか

と嬉しく自分を見直すかもしれない。

その人から見て

きみにはそういうところがあるのだ。


やはり

きみの一面に過ぎないが

きみは自分のそういう一面に

気づかないできた。


人がきみを客観的に見て評した言葉は

それぞれきみの一面をよく穿っている。

そのように素直に捉えてほしい。


自分のことは自分がいちばん知っている

などと開き直ってはいけない。

昨日1日の行動は

きみ自身がいちばんよく知ってるだろう。


きみの人間性については

その一面に過ぎないかもしれないが

人の判断のほうが正しいはずである。


いろんな人がそれぞれに

きみをとらえて評したことを素材に

自分の全体像を客観的に描いてみようか。


多くの気づきがあるに違いない。


それはきみのこれからに

大きな貢献をしてくれると信じていい。




 みずみずしい感受性を

 きみは持っているか


 年齢には関係ないぞ

 17、18の若いやつだって

 朝起きてから夜寝るまで

 ほとんど表情が変わらないってのも

 結構いるだろう


 無感動で息してるんだよ

 心の感受性の泉が塞がってる

 なぜ塞がるのか

 何かに接して心を動かさないからだ

 
 見渡す限りの桜も派手派手しく

 豪華絢爛だが

 たまたま通りかかった

 見知らぬ家の庭で

 ひっそりと咲いていた

 苗木のような桜に

 心を動かされて

 思わず足を止める

 
 横綱同士の豪快な力相撲も

 痛快だが

 小兵力士が大型力士を

 大技で鮮やかに仕留めたときに

 思わず目頭を熱くする

 
 素晴らしいことなんだよ

 そのとき

 感受性の泉は潤い

 きみの五感に刺激を走らせる

 何気ないところに

 感受性の泉を潤す感動がある

 1日1度でいい

 感受性の泉を潤そう

 それだけで

 きみは豊かに生きられる

 

 

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