月別アーカイブ / 2018年12月



 75歳になっても


立ったままよろけずに


片足ずつソックスを履けたのに


発症(76歳推定)してからは


とてもとてものことになった。


ところが


いつのまにか


多分 1か月ほど前から


それが可能になった。



でも


二―ハイソックスや


ハイソックスを履くときは


手間取ってよろけるので


椅子にかけて履いている。


普通の長さのソックスで


履きこなしたものに限って


立ったまま履くことにしている。


1ミリずつの症状改善で


長期戦で 目指せ寛解…


を心がける僕はけして焦らない。


悪友リウマ君に対する配慮もあってのことである。


ところで


武蔵野市議をやっている次男が


暮れも押し詰まって挙式することになり


愛知県春日井市にある挙式会場の教会へ向かった。


新郎になる次男が運転する車に


僕とカミさんが乗り


中央高速道を春日井市に向かったが


途中 伊那地域に入ったあたりで


そんなに辛いものではなかったが


不快な倦怠感に襲われた。


「天気が崩れてくるぞ。明日の春日井は雪じゃないか」


僕は独りごとのように呟いた。


ここまで書いたところで リウマ君が


(お前、天気予報より正確だったぞ)


と 割り込んできた。


「そんなもんに正確になってもな、

 嫌だぜ、あんな不快さは」


(まっ、そう言っていられるのも

 不快を味わえるうちだからな)


リウマ君は


わが膠原病リウマ君の病格である。


わが体内の免疫系の総帥でもある。


「何で僕は予報屋になってしまうんだ?」


(俺にも解らんのだよ。ただ言えることは

 俺ら免疫系が不全を起こしていなければ

 その倦怠感もなかったはずだ)


「おいおい、しばらくは予報を楽しめ、

 とでも言うのか。冗談じゃないよ)


(むくれるなよ。挙式のときは快晴だったはずだ)


リウマ君の言う通りで


春日井市のホテルに着き街へ飲食に出て


部屋に戻る頃は


とても寒かった。


適度な酔いのせいか 倦怠感は消えていた。


早朝に起きて外を見たら


雪が降っているではないか。


朝食をとっている最中の9時ごろは


降りしきり状態で


これは積もるな と覚悟したが


午前中で止んだ。


午後の挙式時は小春日和の快晴でした。


あの倦怠感はどこへいっち待ったんだ。



それはそうと

 皆さま

 よいお年をお迎えください。

 同病の皆様

 来年はさらに一層の

 症状の改善を図っていきましょうね。

 僕は僕のこだわりで

 牛歩の歩みで寛解を目指しますが

 皆さま それぞれのこだわりで

 寛解を目指してください。

 










 R子さんは女子大生


 高校時代に味わった苦しみから


 ようやく解き放された


 と話した



 高2のとき


 3代続いた家業が破綻した


 室内装飾業を兼ねた家具屋さんだった


 JR沿線の駅前商店街にあったが


 幹線道路に量販店が進出し


 徐々に売れ行き不振に陥った


 お父さんは高級家具を仕入れての


 外商による起死回生策をとった



 しかし それが裏目に出て


 万事休した



 取引銀行から融資を断られ


 民間の金融業から融資を受けたので


 その取り立ては厳しく


 朝から2,3人で連日押しかけてきた


 彼らは自分たちにとっての正論を


 冷静に粘り強く繰り返した


 その執拗さにたまりかねて


 応対していたお父さんとお母さんは


 悲鳴のように怒鳴った



 受験勉強をしていた


 R子さんも玄関に飛び出し


 「貴方方は私たち一家の人権を侵すんですか!」

 

 と 叫んだ



 女子高生の出現に


 彼らは当惑し姿を消した


 しかし 翌日もR子さんが登校してほどなく


 姿を現した


 R子さんが学校から帰ると


 そそくさと姿を消した


 

 そんな日の連続で


 両親は憔悴しきった


 R子さんもストレスで偏頭痛が起き


 目がかすみ視界がぼんやりしたという


 「両親は根負けしたんですね

  あの人たちの言う通りに資産を処分して

  全額を返済したんです」



 しかし まともな債権者たちがいたわけで


 債権者会議によって


 債権額の5分の1程度の回収で


 収まりがついた


 「あのとき 向こうの手の内に乗って

  キャアキャアわあわあ騒ぎ立てず

  向こうより冷静にのらりくらりと応対していたら

  債権者会議がイニシアティブを握れた

  かもしれません」


 自宅も手放さなければならなかったが


 債権者の多くは長い取引先で


 R子さん一家が路頭に迷うことがないよう


 手を打ってくれたという



 R子さんの言にもあったように


 相手の手の内に乗らず


 のらりくらりとかわせたら最善だった


 地獄の苦しみを舐めずにですんだ


 

 苦しみを迎え撃っては駄目なのである


 苦しみは台風のようなもので


 いちばん烈しいときに迎え撃たなければ


 しだいに収まる


 烈しいときに迎え撃てば


 待ってましたとばかりに


 心になだれ込んできて荒れ狂うう



 激しいときはまともに襲われないようかわす


 R子さん一家を例にとって言えば


 取り立て側以上に冷静に


 我慢強く頭を下げ続ければいい


 向こうはそうされると打つ手がない


 一言半句でも脅しの言葉を発すれば


 今は警察が手ぐすね引いて


 それを待っている



 人生にはいろいろな苦しみがあるが


 いちばんきつい状態のときに


 どうにでもなれと開き直ると


 かわすことになる


 

 心が苦しむのではなく


 苦しみの素が飛び込んできて


 心を苦しめるのである


 苦しみは心の敵


 迎え撃たず


 かわして


 心を甚大な被害から


 守ることである

  


 


 


 


 


 


 


  


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  話し下手は

 話し上手の人に

 支えられるんだよ

 どういうことかというと

 話が下手な人は

 口が重いし

 自分が話すより

 人の話をしっかり聞く

 ことのほうが楽だから

 いつもしっかり聞いている

 それは学ぶ姿勢につながる

 仕事にも

 口八丁手八丁の人のように

 調子よくできないから

 黙々と真剣に取り組むことになる

 知らず地力がついている

 そのことに早く気づくのは

 宮仕えなら上司で

 仕事を頼むときに

 いろいろ訊いてみると

 幅広くよく心得ているし

 無駄口を叩かないから

 安心して任せられる

 後輩が何かを相談しても

 よく聞いてポイントを押さえ

 ボソッと的確な答えを出す

 大企業のトップクラスには

 訥弁の人が少なくないが

 それは話し下手の人が頭角を表す

 ことの証明である

 社員は訥弁の経営者の訓示に

 耳を傾ける

 飾りがなく無駄がないので

 聞いていて印象に残るからである

 きみはそのまんまで

 地力をつけていけばいいんだよ

 

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