月別アーカイブ / 2018年11月


 きみは絶望したことがあるか


 あるって


 どんな絶望だ


 絶望の底には神も仏もないものか


 手を差し伸べてくれる者は誰1人もいないのか


 っていう感じだったのか


 そんな甘ったれたことを言ってるようじゃ


 絶望が笑うよ


 本当に絶望すると神や 仏にすがろう


 という気持ちさえ起きないものだ


 手を差し伸べてくれる人を渇仰することもしない


 そういう余裕があるということは


 まだ絶望の手前なんだよ


 それで普通に戻れたんだったら幸せと思おう


 本当はね


 1度ぐらいは味わっといてもいいのかな


 頑張っても頑張っても駄目で


 誰を頼っても何にすがっても反応はなく


 もはやこれまで と思ったとき


 真空の中にいるような感覚になるの


 何て言うのかな


 その中を落ちていくと絶望の底なんだな


 という感じ


 じゃ 吸い込まれていけ って感じ


 どこかでそれを望んでるの


 一瞬 これが絶望か


 って意識したような気がするけれど


 悲しみなんかないんだよ


 ただ どうしようもなくてね


 ずっとここにいるのかなってぼんやりして


 違うんじゃないか


 ここにいちゃいけないんじゃないか


 普通に戻んなきゃ


 とかすかに思ったときに


 一縷の希望が生まれたんだよ


 よし と腰を上げたような記憶があって


 普通に戻っていた


 つまり 自分が置かれた惨憺たる現実に


 絶望の底には悲しみはないけれど


 1%の希望がある


 じゃ 後の99%は何かと言えば虚無だろうね


 それに包まれた人の多くは


 それぞれに期間は違っても引きずって普通に戻る


 ほんの少数の人が死の誘惑に駆られるんじゃないかなあ



 そんなん 絶望の底でも何でもない


 という人もいるだろう


 それこそ 絶望の底の2番底に下りたのかな


 それはもう地獄しかないだろ


 


 



 

人生100年時代がもうそこまきているな


と 実感することがしばしばある。


しばらく前までは


クリエィティブな世界で


90代の人が作品を生み続けるバイタリティーに


そのことをよく実感させられた。


ということは


創造を業とする世界にしか


そういう人はあまり見当たらなかった


証かもしれない。



でも


昨今はどの世界にもどこでも


そういう人を見かけるようになった。


しかも


見かけもその年齢に見えない。



先日


JR中央線の電車に乗っていたら


93歳の男性が乗ってきた。


どこのどなたかは知らないが


その人の年齢だけは知っていた。


吉祥寺の居酒屋で飲んでいたら


70歳前後と思われる男性が数人で飲んでいた。


その中にその人もいたのである。


その人の誕生日の話になり


誕生日には何日か早いが


93歳に乾杯!


ということになった。


見ていて若いな


と 僕は思った。


どう見ても80歳ぐらいだった。


その人が電車に乗ってきたのである。


空席はない。


関節リウマチの僕も


ドアの端で立っていた。


その人はごく普通に吊革に手をやって


窓外の景色に目をやった。


誰も席を譲らない。


その人を93歳に見た人はいなかったのだろう。



このとき


僕の頭にひらめいた言葉が


~非老~だった。


これから書くことはその93歳の人には関係ない。


老いに非ず


ここ数年


僕が無意識のうちに求めていたことかもしれない。


不老は不可能である。


誰もが老いる。


老いず ではなく


老いに非ず。


老いてもそういう生き方をしたい


と 中年期から心で憧れていた生き方が


この~老いに非ず~だったかもしれない。



では


非老=老いに非ずとはどういう生き方なのか。


とりあえず


という言い方は誤解を招くかもしれないが


あえてここでは言おう。



● 年齢を強く意識しろ


● 好奇心を強く養え


● 若い世代を見習え



以上の3つを非老という生き方の柱にする。


なぜこの3つが非老の柱になるのかは


これから不定期に書き続けていきたい。













リウマ君が怒ってる。


(お前なあ、ちったあ身のほどをしろよ。

 解放感を味わうってのもいいだろうよ。

 でも、基本お前は病人だぜ。70代前半までのお前は

 まだ、年に2,3回は仕事で徹夜したよなあ。

 遊んで午前様もたまにあったし…)


僕は神妙に聞いているの。

リウマ君は僕の膠原病、つまり、

関節リウマチの病格である。


解りやすく言えば

関節リウマチを発症させた

僕の体内の免疫系を統べている。

免疫軍の総司令官と言っておこうか。


(お前が飲みに行くときは俺も嬉しいんだよ。

 程々の酒は俺ら免疫系も元気づけるし。

 でもね、オラ、程々じゃねーだろ、

 限度を超えてるぞ。聞いてるのかオラ!)


「聞いてるよ」

僕は蚊の鳴くような声で答えた。


飲んで帰宅したのが久々に午前2時を回った。

畏友のTさんのお誘いで

老舗の料亭で行われた新橋芸者の姐さん方の

踊りを拝見し

それから銀座の店を3軒はしごしたのである。

リウマ君とつきあうようになってから

2軒で切り上げることにしている。

それなのに

一昨日は料亭での飲食を入れると

4軒で飲んだことになる。

(お前、ところでどのくらい飲んだの?

 お前は次の日、ちゃんと覚えてるからな)


1軒目 芋焼酎のお湯割り1杯 ハイボール3杯

2軒目 ワイン2杯 芋焼酎のお湯割り4杯

3件目 芋焼酎のお湯割り3杯

4軒目 バーボンの水割り2杯


以上をリウマ君に報告すると

(お前が体質的に酒に強いのはお前が18、19のときから知ってるよ。

 それでいて、いつも肝臓の数値も正常値だしな。

 よく覚えているし、そんなに酔っ払わなかったのも偉い。

 でも、飲み過ぎだろう。俺ら免疫系もグッタリだよ。

 もういい加減にしようぜ)

「時間をかけてるんだよ。夕方の5時半から始まって

 タクシーに乗ったのは午前1時半近くだったし…」

(言い訳無用!!!)

リウマ君の怒気に圧倒されて僕は沈黙した。

(俺ら免疫系はグッタリだったよ。

 これってお前にも響くだろうが) 

「これから自粛しよう」

僕は実際に反省して言って話題を変えた。

             

「2軒目の店にね、はたちそこそこの女の子がいて

 リウマ君の話をしたら、私もそうなんです、と

 言いだしてね」

(ほう、最近は若くして発症する人も多いんだよな)

「二十歳で発症したらしい」

(それで?)

「基準治療で、ということはメトトキサートの服用で

 症状は収まったらしい」

(寛解か。まずは何よりだ)

「症状がぶり返して出ないよう、その予防に間を置きながら

 メトトキサートの服用を続けていると言ってたな」

(経過を観察している状態だろう。

 免疫系を弱らせても服用の量を減らし、服用の期間を短くしていけば

 まだ若いから免疫系も正常に復すだろう)

「それを心から願ったよ。僕と違って普通の選択をしたけれど、

 同病だから気持ちはよく解るんだ」

(お前はお前でいいんだよ。確信を持っているから)

「今日、きみに褒められるとは思ってなかったよ」

(明日は川崎で90分の読みき聞かせ&講演だろう。

 早く寝ろよ)

いつになく優しいリウマ君でした。

僕の遊興につきあってグッタリしているせいかしら。



 




 

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