月別アーカイブ / 2018年10月


生きるって大変なんだな

 って自分に語りかける

 
 そうだよ

  どこもかしこも働いていて

 休みなしなんだから

 と自分の体

 
 こっちも大変よ

 落ち込んだらすぐに

 元に戻らなきゃ鬱の発症にいっちゃう

 と自分の心

 だから 労ってほしいんだよ

 と自分の身心がが異口同音

 そうだよね

 責めちゃ駄目なんだよね

 よく解ってるんだよ

 と自分

 寝てても休んでないもんね


 過労にならないだけでとても助かる

 しっかり食べるものは食べて

 熟睡してくれれば私達は助かるわ


 じゃあんたらにあれば乗れるのは

 
 好奇心かなあ

 そう 好奇心は私達を活性化して

 感受性を豊かに保ってくれる


 そうか 感受性は心と体の共作なんだ

 人生が自然に幕を閉じるまで

 自分という心と体の逃げ道はない

 ならば 好奇心を常に高めて

 自分に栄養を与え

 リズムに乗って人生を行こう

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    まずはウエスト・サイド物語を知らない

    若い人達にその概略を語っておきたい。

 ウエスト・サイド物語は

 1957年初演のブロードウェイ・ミュージカルだ。

 1961年に映画化されると

 全米はおろか

 世界中の若者を熱狂させた。

 日本でも大ヒットをして

 僕も胸を熱くした観客の1人だった。

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    ポーランド系アメリカ人の非行少年団 ジェット団と

 プエルトリコ系アメリカ人の非行少年団シャーク団の

 血で血を洗う抗争描いている。

 敵味方の男女の情熱的な恋が敵味方に生むあつれきと

 その恋が悲劇に終ることによって

 2つの非行少年団に和解が訪れる。


 僕らがこの映画に深く埋没したのは

 僕らの思いと共鳴するものが深く伝わってきたからだ。


 時代は第2次大戦が終わって10年経ち

 戦後の解放感が生んだ自由な雰囲気を

 息苦しいものが覆い始めていた。

 それは旧ソ連とその衛星諸国が張り巡らせた

 目に見えない鉄のカーテンによって

 東側諸国と西側諸国との間で

 いわゆる東西の冷戦が始まったことに起因する。


 その冷戦が最高潮に達した頃の物語だ。

 冷戦はいつ熱い核戦争に代わっても不思議でなかった。

 ポーランドは東側の衛星諸国の1つである。

 ジェット団の少年達は自由を求める親と共に

 祖国を捨てて亡命してきた。


 一方 シャーク団は

 カリブ海に浮かぶ島国で

 それこそ目と鼻の先にアメリカンドリームの世界があり

 少年達は一旗揚げて成功し

 故郷に錦を飾りたいと願った親についてきたのだろう。


 しかし

 両者を待っていたのは

 貧困と差別でしかなく

 求めた自由と夢の実現は幻想のように遠い彼方にあった。


 望みを失った親達を見て

 少年少女達は社会や 体制に反発して

 ツッパるしかなかったのだ。

 それは悲劇を生んだが

 少年少女達の鬱屈は収まらず

 それは課題として残されたのだ

 と 僕は思った。


 このときから 60年近くが流れた。

 日本では韓流のアイドルグループ

 特に男子のアイドルグループの人気が高い。

 6,7人で歌い踊り訴え

 1人1人のキャラが自然に立っている。

 これはそろいの地味色のスーツを着ても変わらない。


 AKB47 乃木坂46 欅坂46 は大集団で衣装を統一し

 インパクトを放っている。

 1人1人の個性は違うのに

 全体主義的なパワーで観客を巻き込む。


 そろそろこの方式は

 曲がり角を迎えているのかもしれない。

 韓流のアイドルグループの隆盛はそれを暗示している。


 特筆すべきは

 BTSが今年になって立て続けに2回

 ビルボード200 で1位に輝いたことである。

 全米の若者が 特に少女が

 恐ろしいほど熱狂しているという。


 嫌みのない個性で

 それぞれに気品があり

 カワイイし

 実際にはともかくとして

 育ちの良さも窺わせる。


 すべてジェット団や

 シャーク団にはなかったものである。

 でも 胸の奥底に抑えた大人や

 社会に対する不満をにじみ出すように表している。

 ギラギラしたものでないので

 観る 聴く若者には 希望に

 ウエスト・サイド物語の少年達が

 本気で抱けなかった希望を

 BTSは

 全米の若者達に発信しているのかもしれない。
転化できる。


 そう

 希望 希望が答えである。


 


   

 






 

 

 


 

 

 








 持って生まれた形質 才能は変わらない

 だけど

 性格はそのときの条件

 状況によって輝いたり

 ゆがんで見えたりする

 輝いているときと

 ゆがんでいるときでは

 別人の性格に見えるだろうね


 それと大事なことは

 人は自分のことは

 意外と解らないものなのだ

 自分がいる環境で

 家族も含む周りの人たちに

 優しい性格だ

 と言われれば自分もその気になる

 いい環境なら

 穏やかで優しいように映る

 環境が激変して

 悪意が充満し

 犯罪の匂いがする

 トゲトゲしい環境に10年もいれば

 周りからもそのように見られる

 同類ということで

 穏やかで優しいと見る者はいない

 そういうことなんだよ

 人は環境に染まりやすい

 現れた旧友の性格が一変していたら

 激変した環境に染まった

 ということなんだよ

 その性格はいちばんゆがんだかたちで

 きみには映っているのだ

 悲しいことに

 いいほうに一変して現れることは

 極めて稀なんだよ

 

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