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 子供の心は

 真っ白い絨毯のようだ

 その曇りのない感受性に映るものは

 知識ではない

 真実なのである


 しばらく忘れていた

5歳の女児の顔が思い浮かびました。

10年以上経っているので

 その子もすでに女子高生でしょう。

 ある園で読み聞かせ会を開きました。

 1つのお話を終え

 次のお話までの間

 子供達に質問をしました。

 次のお話にはラクダが登場するので

 その予備知識を与える意味もありました。

 「ラクダのコブには何が入っていますか?」

 その質問にかなりの手が挙がりました。

 僕が指差したのが

 今は女子高生になっているであろう

 その5歳女児でした。

 「服」

 と小さな彼女は答えました。

 「とてもいい答えだ」

 と僕は褒めました。

 「コブの中にオシャレな服が

    いっぱい入っていれば砂漠を

    飲まず食わずで何日間も旅しても

    退屈しないよね。

    好きな服をとっかえひっかえ着て

    楽しめるものね」

 小さな彼女はデタラメを

 言ったわけではありません。

 心の感受性のスクリーンに映ったことを

 素直に口にしただけです。

 ここで間違いだと

 その答えを否定したらどうなりますか。

 豊かに息づいた

 その感受性を抑えつけて

 小さな彼女を

 ぺしゃんこにしてしまいます。

 正解を答える子は

 その後に出たのですから

 小さな彼女は知識として

 その正解を記憶に刻んだことでしょう。