月別アーカイブ / 2018年08月

 

 どこかで偏って強く吹き始めると

  あちこちで吹いていた風が

 一気にその風に靡いて同方向に強く吹く

 それも澱んでいることを許さない吹き方になる
 
 炎上という現象はネット世界でも

 

限られた世界である団体や

 個人のブログで強い批判 中傷 誹謗の風が偏って吹きだし

 それを待っていたように

 その風が四方八方から別の風を呼んで

 旋風のようになることだと言える

 拡散されることで無関係の

 夥しい人達がその旋風を知ることになる

 そのうちのきわめて1部の人達が新しい風になって

 その旋風に加わるだろう

 殆どのブログの主は閉鎖の措置をとる

 しかし 旋風は一時的なものである

 ほっておけばやがて平静になる

 偏った強風が作った旋風には

 持続できるエネルギーがない

 実は1人で繰り返し書き込んでいる人が異常にいる

 生身のボットになってやっている

 それに付和雷同するように書き込む人は

 人前では何も言えない人が大部分を占めるだろう

 覚悟を決めてやっているわけではない

 旋風は初めからなかったように収まる

 後に残るのはターゲットになった人が被った諸々の被害だ

 名誉を傷つけられても信用を落としても

 それを回復しようとしてブログで真実を述べても

 信用回復の大旋風が起きて

 大拡散してくれるわけではない

 
 ところで

 ネットで吹く風は大樹の回りを吹き回る習性がある

 これもどんどん別の風を呼んで

 大樹を軸にして賞賛 心酔の渦を作り

 大樹に批判的な声を寄せつけない

 しかし

 大樹に衰えの兆候が表れると

 一陣去りまた一陣去りして渦を解いていく

 すると 入れ替わるようにして批判 中傷の風が集まってきて

 バッシングの渦を作り

 ぐるぐるぐるぐる衰えてきた大樹を回って

 どんどん弱らせていく

 大企業でも政権でもいいが

 その大樹が倒れるかどうかはネットで起こる旋風には関係ない

 本物の世論が大樹の抱える負の部分に

 どれだけ痛烈な一撃を加えられるかである

 ネット世界での賞賛 共感 心酔 批判 誹謗 中傷は

 いまだリアル世界が持つ支持力 打撃力に遠く及ばない


 そのことを私たちは認識するべきだろう

  

 
 


 


 自信なんてね

 あるときゃあるし

 ないときゃないんだよ

 言い方が無責任過ぎたかな

 自信という言葉が

 ないものと思ってみようか

 やって容易にやれることは

 容易にやるよね

 やって楽しくやれることは

 楽しくやってのけちゃうよね

 自信という言葉がないから

 意識しないけど

 そのとき

 心にあるものこそ自信なんだ

 自信がないものは

 やらなきやいい

 周りを意識して

 見栄を張ってやらなきゃ

 なんて思うから

 やって自信を喪失する

 それが刷り込まれて

 何に対しても

 自信喪失の状態になる

 自信を持つ必要もないのに

 自信を持とう持とうとするから

 自信を喪失するんだよ

 それより

 やれることをやればいい

 今やれなければ

 やれるよう頑張って

 1年後にやればいい

 例えば今の状態で

 無理なところでも

 1年一生懸命やれば

 合格できるかもしれない

 今の状態で自信なんて関係ない

 将来やれるようになれるのなら

 そのとき やればいいだけの話だ

 努力なんだよ努力

 素直に努力するために

 きみの辞書からしばらく

 自信を外そうじゃないか


つまらないことが気にかかる

今という時間が

 1秒から始まって10秒まで

 とか

 1秒スタートで60秒まで

 という決まりがあるのなら

 確かに今という時間はある

 今は終わって

 もう新しい今だ 

 という言い方が成立してくる

 残念ながら それはない

 ならば

 1秒という時間を

 100万分の1

 いや

 1兆分の1に細分化したら

 今という時間が表れるのか

 それもない

 たとえ 1兆分の1秒でも

 時間である以上

 止められないし

 流れていって過去になる

 今という時間は

 限りなく曖昧である

 今からでも遅くはない

 という この今も

 50歳の人が大学に進学するのに

 遅くはないのなら

 60歳の人にも

 そう言えるだろう

 今 今 今 今 今

 と言ってるうちに

 今がなくなる

 すると やはり

 今という時間はあるのだろう

 それをどのように定義づけるか

 今は解らない

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