月別アーカイブ / 2018年06月


 常に2番手を目指すって

 まだ若いのに珍しいね。

 褒めているんだよ。

 普通はその力もないのに

 トップを目指すだろう。

 そうか

 お父さんの影響か。

 お父さんは中堅の会社に入って

 トップに成り上がったんだ。

 しかし

 腹心の幹部に裏切られて

 失脚した。

 その後にトップに立ったのは

 社歴はお父さんより古い人で

 2番手でいいよ

 が口癖の副社長だったんだね。

 敵がいなかったから

 結果的に10年も社長をやった。

 お父さんが

 野心家になるな

 常に2番手を目指せ

 ときみに口癖のように言ったわけは
 
 野心を持って早くにトップに立った

 自分が舐めた辛酸を

 きみに舐めさせたくなかったんだよ。

 2番手というのはね

 表に対する裏ということで

 目立たないが

 大切なものがあるところなんだ。

 帝がいらっしゃるところを

 内裏と言ったし

 奥まったところだから

 当然 大事なものが存在する。

 江戸城の大奥もそうだしね。

 何かの 緊急時には

 必要なものは裏から出てくる。

表通りより裏通りに

格式高い老舗が残っているしね。

裏 つまり2番手は

 ここぞというときに出番がくる。

 お父さんはきみの将来に期待して

 2番手を目指せ

 とはっぱをかけたんだと思うよ。

 

 






譲れない一線か

いい言葉だ。

 人それぞれの譲れない一線は

 その人の価値観

 人間性 性格 育った環境などで

 異なってくる。

 きみの場合は何だろう?

 一緒に考えてみよう。

 きみは正義感が強い。

 テニスと将棋が趣味だってね。

 でも

 どちらも際立って強くはないか

 きみと将棋をやって解ったけど

 正攻法でまっすぐ攻めてくる。

 性格そのものの将棋だ

 ただ

 嵌め手とか まやかしの手に弱く

 それで形勢を逆転されて

 負けることが多いだろうね。

 卑怯な振る舞いはできないか

 今の世ではそれだけで

 充分美徳だよ。

 裏切るやつも許せないだろうね。

 でも

 許してやることが

 きみの場合は人生を豊かにするよ。

 同じような意味だけど

 卑怯なやつも許す。

 この世の中は

 卑怯なやつも

 裏切るやつも多いからね

 許さないと

 人生を弾力的にできなくなる。

 裏切られても

 卑怯なことをされても

 自分は裏切らない

 卑怯な振る舞いはしない

 それを譲らない一線にしたらいい。

 きっと きみは強い信頼を寄せられ

 人望を集める人になるよ。

 

 

 
 
 



 

 

 

 

 


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 日本遺族会は
 半世紀前までは大きな団体だった。
 政界にも大きな影響力を行使し
 圧力団体の雄の1つだった。
 当時は両親が遺族だった。
 僕にとっては15歳年長の兄である
 長男の勇が旧満州(現中国東北部)で
 昭和20(1940)年8月23日に
 満20歳で戦死したからである。

 8月15日終戦なのに
 なぜその後に戦死したのか。
 旧満州 樺太 千島等の旧ソ連軍との戦闘では
 しばしば見られたことで
 終戦を知らずに戦ったり
 終戦を知っても上級司令部から
 停戦の命令がこなかったために
 抗戦を続けたことによる。

 しかし
 それはここでは関係ない。
 両親が亡くなり
 直接の遺族は僕になった。
 戦没者の親である遺族は
 ほぼ死に絶え
 子の遺族も少なくなり
 日本遺族会の会員は激減し
 その影響力も大きく衰えた。

 日本遺族通信は
 日本遺族会の月間機関紙として
 たゆまず発行されている。
 僕はかなり前から
 「愛しきものへ」というシリーズ名で
 連載されている戦没者の遺書を愛読している。
 郷里へ残した妻子 両親 弟妹への
 哀惜の念が行間から立ち上って
 知らず涙ぐんでいることが多い。
 
 今月号では兄と同名の勇さんだったので
 関心もひとしおだった。
 勇さんは両親と
 弟 妹 妹 弟の順で
 4人の弟妹を残して22歳で戦死している。

 妹 妹 弟(僕)の3人の弟妹を遺して
 戦死した兄と重なる。
 勇さんの末の弟の年齢は
 文面には明記されていないが
 当時 5歳だった僕と同じ年頃だったのではないか。

 幸男ももう分かる時分,
    兄ちゃん兄ちゃんと言った声が
 こびりついて離れません。

 僕も何かにつけ
 兄ちゃん兄ちゃんと呼んでいたものである。

 幸男さんのご健在を祈る。

 
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