月別アーカイブ / 2018年04月

 

 どこかで偏って強く吹き始めると

  あちこちで吹いていた風が

 一気にその風に靡いて同方向に強く吹く

 それも澱んでいることを許さない吹き方になる
 
 炎上という現象はネット世界でも

 限られた世界である団体や

 個人のブログで強い批判 中傷 誹謗の風が偏って吹きだし

 それを待っていたように

 その風が四方八方から別の風を呼んで

 旋風のようになることだと言える

 拡散されることで無関係の

 夥しい人達がその旋風を知ることになる

 そのうちのきわめて1部の人達が新しい風になって

 その旋風に加わるだろう

 殆どのブログの主は閉鎖の措置をとる

 しかし 旋風は一時的なものである

 ほっておけばやがて平静になる

 偏った強風が作った旋風には

 持続できるエネルギーがない

 実は1人で繰り返し書き込んでいる人が異常にいる

 生身のボットになってやっている

 それに付和雷同するように書き込む人は

 人前では何も言えない人が大部分を占めるだろう

 覚悟を決めてやっているわけではない

 旋風は初めからなかったように収まる

 後に残るのはターゲットになった人が被った諸々の被害だ

 名誉を傷つけられても信用を落としても

 それを回復しようとしてブログで真実を述べても

 信用回復の大旋風が起きて

 大拡散してくれるわけではない

 
 ところで

 ネットで吹く風は大樹の回りを吹き回る習性がある

 これもどんどん別の風を呼んで

 大樹を軸にして賞賛 心酔の渦を作り

 大樹に批判的な声を寄せつけない

 しかし

 大樹に衰えの兆候が表れると

 一陣去りまた一陣去りして渦を解いていく

 すると 入れ替わるようにして批判 中傷の風が集まってきて

 バッシングの渦を作り

 ぐるぐるぐるぐる衰えてきた大樹を回って

 どんどん弱らせていく

 大企業でも政権でもいいが

 その大樹が倒れるかどうかはネットで起こる旋風には関係ない

 本物の世論が大樹の抱える負の部分に

 どれだけ痛烈な一撃を加えられるかである

 ネット世界での賞賛 共感 心酔 批判 誹謗 中傷は

 いまだリアル世界が持つ支持力 打撃力に遠く及ばない


 そのことを私たちは認識するべきだろう

  

 
 


 





平尾昌晃さんが亡くなられたのは

去年の夏だっかなあ 

平尾さんに初めて会ったのは

バラエティーに出始める前だったから

 1980年代の後半だったと思う

 どこの局だったか忘れたが

 僕の音痴を矯正するというテーマの

 番組が企画されて

 僕は有名作曲家2人のところへ
 
連れていかれた

 最初が平尾昌晃さんだった

 「わざと下手に歌う人もいるし、
     普通は歌い込めば上手になるんだよ」

 僕は愛唱の1つ「星はなんでも知っている」

 を歌った

 平尾さんは伴奏してくれながら

 途中で何度も首を傾げた

 もう1度歌わされた

 平尾さんは途中で伴奏をやめて聞き入った

 「矯正不可能。思った通り歌えばいい。貴方
     の歌だから」

 そうか、歌は歌ったら自分の歌になるんだ

 と僕は納得した

 僕は軽度の難聴だが

 歌いたいように歌うぞ

 と自信が湧いた

 6,7年後「笑っていいとも」で

 バンバン歌いだしたが

 人さまの歌でもすべて僕の歌だった

自信というものは駄目だと烙印を捺されても

その駄目さに活路を見いだせばいい


平尾さんにそうする自信をつけていただいた

 

 

vjUrTanjQu.jpgきみはキレることが多いのか。
まだ20代でも随分損をしてきたな。
そのことはきみも自覚しているんだ。
人間関係を損なってきた と。
それも大きな損失だけれど
もっと肝要なことは
キレる寸前に
とても大事な話がまとまりかけている。
10秒耐えればいいのだ。
お互いに白熱した口論をしていても
相違点は1点の場合が多い。
その点を折りあえばまとまる。
本当は九分通り決まっているので
その1点で必要以上に対立して
激論を闘わせてしまう。
だから 10秒耐える。
相手は何かを察してふっと冷静になる。

まとまるんだよ。

すばらしい結果が待っている。


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