月別アーカイブ / 2018年03月


 いつか20代半ばの若い友が

 今は不遇で と愚痴ったんだ

 いい大学を出ているんだけど

 就活に失敗して中小の

 将来の伸びしろも期待できないところに勤めた

 そこでは大事にされているらしい

 伸びしろが少ない中小企業と言っても

 安定した業界で特殊な技術を持っているところだよ

 
 20代半ばに不遇なんてないんだよ

 僕は一発かましてやった

 50代60代で報われていなかったら

 不遇をかこってもいいだろう

 20代でそんな気分でいたら

 この先も将来の芽はないよ

 野心を持てよ

 クラーク博士の言った野心アンビシャスだ

 若者らしい野心を持てば

 今がどんな状況だろうが関係ない

 雌伏のときだよ

 鋭気と力をを養い

 野心の牙を研いでいるときなんだから

 不遇なんかじゃない

 いちばん大事な時期なんだ

 第1 きみは恵まれている

 有名企業じゃないし

 業界的にも将来性に富んでいないが

 大事にされている

 将来を嘱望されている

 今の会社を将来性に富んだ業界に跨がせて

 大化けさせることだって

 素晴らしい野心じゃないか

 いいか

 20代に不遇はないぞ

 


 千載一遇のチャンスを逃した

 と死ぬまで言い続けている人っているんだよ

 どんな千載一遇のチャンスだったか訊いてみると

 千載一遇でも何でもないんだよ

 遠隔地の転勤を家族の反対で断った

 代わりに行かされた同僚が

 その五大出世して今や執行役員

 自分は定年を待つだけの身の上になった

 あのとき転勤を受けていれば・・・

 だって

 何だかわびしすぎるだろ

 同僚にそれだけの高い能力があっただけのことで

 遠隔地への転勤は

 能力発揮のきっかけになっただけだろ

 人生に千載一遇のチャンスなんてないんだ

 転機は幾度もあるよ

 転機を確実に小さなチャンスにして

 能力を出し1点取る

 ちゃんと見られていてね

 あいつはやれるとなるから大事なんだ

 千載一遇のチャンスなんて

 信じて狙っていたら

 人生のゴールがくるだけなんだよ

 人生はとれるところで確実に1点取っておく

 それなんだよ 人生は

  

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先日 
浜松へ仕事で行った。
大河をいくつ越えたろう。

多摩川
酒匂川
富士川
大井川
天竜川

1つ2つ漏れていないかなあ。

大河間には中小の河川が流れている。
用水などの水路を含めると無数になる。

分水嶺の向こうには
日本海に注ぐ大河もいっぱいある。
ゴボウのように長細い国なのに
そのゴボウを薄切りにするように
こんなに河川が流れている。

日本はつくづく水の国だと思った。
当然
生まれる文化も水の文化ということになる。
茅葺き 梁 柱 障子戸 畳 土間
に象徴される日本家屋も
豊かな水の裏づけがあってのことだ。
再生可能な自然に由来するものを素材にしている。

泉水のある寝殿造りも
池泉回遊式の庭園も
生け花も 茶の湯も
みんな水の文化である。

僕が今日までの人生の殆どを過ごした武蔵野も
水の生活と文化が息づく地だった。
武蔵野台地の落ちくぼんだところを
野川が流れている。
僕が小中学生の頃は
所々で水車が回っていた。

その河岸段丘では樹木がうっそうと茂り
随所で清水が湧いていた。
いくらでもすくって喉を潤すことができた。

飲料に適さない旨の注意書きが
とろとろと湧き方に力がなくなった
清水の縁に掲げられるようになって
60年前後が経過している。

今はどこへ行っても余程の山奥でなければ
こんこんと湧いていても
飲料には適さないとされている清水が多い。
清水の汚れは水文化日本の衰亡の前兆である。

自然エネルギーで
日本の全エネルギーが賄えるようになって初めて
日本の水文化は守られ新たな興隆が約束される。

本当は日本だけの問題ではなく
世界が再生可能な自然エネルギーの
恩恵に浴する時代の到来が必要だろう。


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